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第25巻「囚われた宝の戦い」

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第5章 ハーピー

13.途上

 「それにしても不思議なところだよな、闇大陸ってのは」

 パルバンを目ざして歩きながら、ゼンが話していました。

 彼らが出発したときには、周囲には溶けて曲がったような巨石の柱が林立していたのですが、今は場所が入れ替わって、分厚い苔(こけ)を一面敷き詰めた谷間になっていました。崖の上に生えた大きな木々が枝を張り出し、谷に影を落としています。

「どうして場所が次々入れ替わるんだろうな。いったいいくつ場所があるんだ?」

「ワン、しかも、どんなに場所が入れ替わっても、パルバンがある方向は変わらないですよね」

 とポチも言います。

 するとフルートが言いました。

「いくつくらいの場所があるのかは、パルバンの番人にでも聞かないとわからないけど、パルバンが同じ方向にある理由はわかるような気がするな。パルバンは大陸の中心にあって、それ以外の場所はパルバンを取り囲むように存在しているんだろう。ちょうど渦巻きのように、中心にあるパルバンの周囲を他の場所が回っているんだ、きっと」

「ワン、だから場所が入れ替わるんですか?」

 とポチが聞き返すと、レオンが眼鏡を押し上げました。

「渦巻きほど規則正しく動いてはいない気がするな。大陸の場所がこんなに別れているのは、過去に大きな魔法同士が激突して、空間を引き裂いてしまったからだ。でも、パルバンが中心で引き寄せているから、空間はちりぢりにはならなかった。逆に、空間同士が押し合いへし合いするようになって、入れ替わりを起こすようになったんだろう。入れ替わりの時には、空間が隣接した空間に押されていくけれど、そこに立っているぼくたちは空間と一緒には動かない。だから、移動していく場所の空気を風の流れとして感じる。それが二の風だ」

「へぇ。じゃあ、場所は必ず隣同士で入れ替わっていたのか」

 とビーラーは言って周囲を見回しました。隣にある空間を見れば、次にどんな場所が来るかを先読みできると思ったのです。でも、残念ながら周囲には苔むした谷の壁があるだけで、その先を見通すことはできませんでした。

 

 すると、ゼンが言いました。

「まあ、どんなに入れ替わっても、同じ方向にさえ歩けばパルバンに着くんだから、楽と言やぁ楽だがな」

「ワン、ゼンは今のレオンの話が理解できたんですか? けっこう高度な内容だったのに」

 とポチが驚くと、ゼンは胸を張りました。

「当たり前なことを聞くな! こんな難しい話が俺にわかるわけがねえ!」

 要するに、レオンの説明や理屈はどうでもいいことにしてしまったのです。思わず拍子抜けした仲間たちへ話し続けます。

「理屈はわかんねえが、とにかく、方向さえ間違わねえで進めばパルバンに着くのはわかってる。それに、それよりもっと重大な問題があるぞ」

「もっと重大な問題?」

 少年たちが聞き返すと、ゼンは自分の腹をたたきました。

「腹が減った! ここは太陽の位置が変わらねえから時間がわかんねえが、絶対に飯の時間は過ぎたぞ! なんか食おうぜ!」

「それが闇大陸の仕組みより重大なことなのか」

 とビーラーはあきれましたが、フルートとポチは真剣な顔でうなずきました。

「確かにその通りだな。もうずいぶん歩いた。そろそろ何か食べないと」

「ワン、さっき食料はほとんどないって言いましたよね。狩りをしますか?」

「おう、さっき鹿が谷の上のほうを登っていくのを見たんだ。獲物はあるぞ」

 とゼンは言って、さっそく弓矢を構えようとします――。

 

 そのとき、さぁっと涼しい風が渡っていきました。場所の入れ替わりを知らせる二の風です。

 たちまち一行の周囲から苔むした谷が消えていき、代わりに小石だらけの乾いた砂地が現れます。

 石と砂の大地は地平線まで延々と続いているように見えました。空は雲ひとつない快晴で、川も沼も木も草もまったく見当たりません。

「ああ、くそっ!」

 とゼンは足を踏みならして悔しがりました。

「やっぱり、さっき鹿を見かけたときに仕留めておくんだった! こんな場所に出ちまったぞ!」

 フルートも難しい表情になりました。

「ここは砂漠だな。でも、五さんと渡った砂漠とはまた別の場所だ。まずいな……」

 フルートは以前、ポチと一緒に砂漠を渡ったことがあるので、その厳しさはよく知っていました。水や食料がほとんど手に入らない上に、寒暖の差が激しくて、昼は灼熱、夜は極寒になる場所なのです。こんな場所を長時間さまよったら、たちまち動けなくなってしまいます。

 けれども、すぐにゼンが伸び上がりました。岩のそばの砂地に目をこらして言います。

「あそこに生き物の痕があるぞ。長い尻尾を引きずった両脇に小さな足跡があるから、トカゲか何かだな。追いかけてみるか」

 えっ!? とレオンは顔色を変えました。

「ま、まさか、トカゲを食料にするつもりなのか……?」

「ん? 何をそんなに焦ってやがるんだ」

「ワン、毒トカゲは絶対食べちゃだめだけど、普通のトカゲなら心配ないですよ。鶏肉みたいな味がしておいしいんです」

 とゼンとポチが言ったので、今度はビーラーが鼻の上にしわを寄せました。

「信じられないな、トカゲを食べるだなんて! ゲテモノじゃないか!」

 フルートは首をかしげました。

「天空の国では犬もトカゲは食べないのかい? でも、砂漠は食料が少ないから、食べられるものはなんでも食べるんだよ。ぼくとポチは、砂漠を渡るキャラバンに混ぜてもらったときに、サソリの唐揚げを食べさせてもらったよ」

「サソリ? 毒がやばいんじゃねえのか?」

 とゼンが聞き返しました。

「ワン、もちろん毒針がある尻尾は切り落とすんですよ。サソリってエビとかカニみたいな味がするから、けっこういけるんです。ユラサイの南のほうでもサソリは普通に食べられていて――」

 レオンは真っ青になると、手を振ってわめきました。

「もういい! そんな話はもう充分だ! 食料ならここにあるから、これを食べよう!」

 そのとたん一行の前の地面に白い布が現れました。上にはパン、ソーセージ、蜂蜜、果物、香草と油で漬け込んだ魚、飲み物の入った瓶などが並んでいます。

 フルートたちは目を丸くしました。

「どうしたんだよ、このご馳走は?」

「ワン、どこから出したんですか?」

「魔法かい? でも、君は闇大陸ではほとんど魔法が使えないはずじゃ――」

「いざというときのために、こっちに来る前に準備していたんだよ! こっちのほうが断然いいはずだ。さあ、こっちを食べよう!」

 必死で話すレオンの足元で、ビーラーもしきりにうなずいていました。やはりトカゲやサソリは絶対に嫌なようです。

「ちぇ、おぼっちゃまな連中だな」

 とゼンは言いましたが、すぐに食べられる食料はありがたいに決まっていたので、さっそくそれで食事にすることにしました。料理の載った白い布を囲んで地面に座ります。

 

 ところが、ひとくちふたくち食べたところで、フルートは急に食べるのをやめてしまいました。空を見上げてから、食事のために脇に置いた盾を静かに取り上げます。

 その動きにポチが気づきました。

「どうしたんですか、フルート……?」

 しっ、とフルートは言って上空を示しました。

「妙な鳥が飛んでる。ぼくたちの頭上から離れないんだ」

「食料を横取りしようとしてやがるのか?」

 とゼンも空を見上げ、たちまち傍らの弓を取り上げて片膝立ちになりました。

「鳥じゃねえぞ。怪物だ」

 レオンは遠いまなざしになりました。すぐに、いぶかしそうな顔つきでつぶやきます。

「あれは……いや……」

 すると、それが急降下を始めたので、フルートたちは、はっとしました。跳ね起きて剣や盾や弓矢を構えます。

 ばさばさと羽音を立てて舞い降りてきたのは、人ほどの大きさの怪物でした。体の大半は青みがかった灰色の鳥で大きな二枚の翼がありますが、頭部から胸元にかけては鳥ではなく人間の女の姿をしていました。長い灰色の髪を垂らして、金色の猛禽類の目をしています。

「やべぇ、セイレーンだ! 歌を聞いたら惑わされるぞ!」

 とゼンはあわてて耳をふさぎました。以前セイレーンの群れに襲われて幻惑されたことを思い出したのです。

 けれども、ポチが言いました。

「ワン、セイレーンと少し格好が違いますよ。あっちは腕まで人間だったけど、こっちは腕が翼になってます」

「それに、セイレーンは水辺の怪物のはずだ」

 とフルートも言いましたが、警戒は解いていませんでした。少し離れた岩の上に舞い降りた怪物を、背中の剣の柄を握ったまま見据えます。

 レオンが言いました。

「あれはハーピーだな。セイレーンに似ているが別の怪物だ」

「歌をうたわねえのか?」

 とゼンは耳から手を外しました。

「ハーピーはことばを話せないと言われているよ」

 とレオンが答えます。

 すると、じっとこちらを見ていたハーピーが、おもむろに口を開きました。

「オマエたちは何者だ。ここでナニをしている」

 いやに平坦な口調で、怪物は一行に話しかけてきました――。

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