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第25巻「囚われた宝の戦い」

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10.入り口

 「ワン、ここが過去なんですか?」

 古(いにしえ)の扉をくぐったポチは、思わずそう言ってしまいました。

 目の前には見渡す限り青空と海原が広がっていました。雲の位置は違っていますが、先ほどまでいた場所とほとんど変わりがありません。

 ただ、海上から見送っていたペルラとシィの姿が消えていました。一行の後ろに白い一枚板の扉が浮いているだけです。

 ビーラーに乗ったレオンが言いました。

「そう、ここは十六年九ヶ月前の西の大海だ。でも、そんなに昔のことじゃないから、景色もあまり変わらないな」

 すると、ポチの上でゼンが身を乗り出しました。

「十六年九ヶ月前といやぁ、ちょうどメールの奴が生まれる頃だ。渦王の島まで飛んでいったら、あいつが誕生する瞬間が見られるのかもしれねえな」

 ゼンがすぐにもそちらへ飛んで行きたそうにしているので、フルートが言いました。

「北の山脈に行けば生まれたての君も見られるだろうね。シルの町に行けば、やっぱり赤ん坊のぼくがいるんだ。でも、それを見て回っている暇はない。ぼくたちはこれから闇大陸のパルバンに行くんだよ」

「ちぇ、んなことはわかってるって。冗談の通じねえ奴だな」

 とゼンは口を尖らせました。過去に来ているということは、その気になれば興味深いものがいろいろ見られるということなのですが、今の彼らにはそんな時間の余裕はないのです。

 

 そのとき、レオンが、あっと声をあげました。海上に浮いていた古の扉が、音もなく崩れ始めたのです。白い扉が白いかけらになり、さらに細かい粒子になって空中に消えていきます。

「一度しかくぐれない扉だったのか」

 とつぶやく間にも扉は崩れ続け、とうとうすっかり崩壊してしまいました。跡形もなく消えてしまいます。

 不安そうな顔でそれを見守っていた仲間たちへ、フルートが言いました。

「心配いらない。ぼくたちはあれをくぐって元に戻るわけじゃないんだ。闇大陸で時間を過ごして、元の時間に合わせて戻るんだから」

「ワン、そ、それはそうなんだけど……」

 とポチはまだ不安そうに言いました。本当に闇大陸から元の時間に戻れるのかしら、と考えてしまったのです。理屈ではうまくいくはずでも、本当に大丈夫かどうかはわかりません。

 ゼンのほうはまた首をひねってフルートの話を理解しようとしていましたが、やがて面倒になったのか、ポチの背中をばん、とたたいて言いました。

「腹をくくれ、ポチ! ここまで来たらやるしかねえんだからな! 一回こっきりの真剣勝負だ! 決めてやろうぜ!」

「ワン、わかりましたよ。ゼンは乱暴なんだからなぁ」

 とポチは顔をしかめました。風でできた体ですが、友だちに対しては実体として存在しているので、力任せにたたかれると痛かったのです。

 フルートは改めて仲間たちを見回しました。自分の下には風の犬のポチ、後ろにはゼン、風の犬のビーラーの上にはレオンが乗っています。今回の旅の仲間はこれで全員でした。最近にしては少ない人数です。

「ぼくたちはこれから闇大陸に渡ってパルバンに行く。そして、竜の宝を見つけ出して破壊するんだ。破壊できないようなものだったら、消滅させる。それが今回の目的だ。時間はたっぷりある。焦らず確実に行こう」

「なにしろ二百日間だからな」

 とゼンが言いました。こちらは、いつになく長い制限時間です。

「知らせ鳥の卵を作動させるぞ」

 とレオンが言って、ポケットから卵を取り出しました。呪文を唱えると、青みを帯びた灰色の殻が赤っぽい灰色に変わります。

「これでよし。ちょうど二百日後に雛がかえる」

「ワン、闇大陸での二百日後が、こっちの十六年九ヶ月後なんですね。絶対に雛の声を聞き逃さないようにしなくちゃ」

 とポチが言うと、ビーラーが笑いました。

「その心配はないよ。知らせ鳥は必ず時間を知らせてくる。うるさくて、絶対無視なんかできないんだ」

 扉が消えて不安そうにしていたビーラーも、やっと落ち着きを取り戻したようでした。

 

 そこで、フルートたちは海の上に浮かぶ透き通った球体へ行きました。そこが闇大陸への入り口です。

 レオンが言いました。

「出発前に全員に守りの魔法をかけるよ。入り口のトンネルを無事に通るのに必要だし、闇大陸に出たとたん墜落したり怪物に襲われたりしたら大変だからな」

「湖の上にだけは出たくねえよな。あそこは飛び越えることも泳いで渡ることもできねえんだからな」

 とゼンが言えば、フルートも言いました。

「これが君の最後の魔法になるんだな、レオン。またこっちの世界に戻ってくるまで、君は魔法がほとんど使えなくなるんだから。二百日間続くように、みんなにしっかりかけておいてくれ」

「これから入り口を開けるのにも魔法を使うけれどね。守りの魔法は、特にフルートに念入りにかけてやるよ。君はいつも人一倍危ない目に遭うからな」

 とレオンが言ったので、まったくだ、とゼンとポチがうなずきます――。

 レオンは全員へ守りの呪文を唱えると、次にいよいよ入り口を開きました。透き通った球体がふくれあがり、人より大きくなると、内側に落ち込んで透き通ったトンネルを作ります。

「さあ、これが最後だ。ここをくぐれば闇大陸に行ける」

 とレオンが言ったとたん、青い空に雷鳴が鳴り、若い男の声が響き渡りました。

「誰だ、許されざる場所に近づく者は!? 即刻立ち去れ! 立ち去らなければ命はないぞ!」

 一行は思わず飛び上がりました。

「やべぇ、渦王だ」

「ワン、声がずいぶん若いですね」

「十七年前だからな――急ごう、レオン」

「よし! ぼくから離れるな!」

 レオンはそう言ってビーラーとトンネルに飛び込みました。フルートとゼンを乗せたポチも後に続き、すぐにトンネルは縮んでいきました。また透き通った球体に戻ります。

 

 そこへひとりの青年が姿を現しました。青い髪とひげ、金の冠をかぶり、青緑色のマントをはおった渦王です。気性の激しそうな顔に怒りと不審の表情を浮かべながら、海を見渡します。

「確かにこの場所で魔法を使った輩(やから)がいる! いったいなんだと言うんだ!? 立て続けだぞ! まさか、兄上がこの大切な場所を奪おうとしているんじゃないだろうな――!?」

 この当時、渦王は双子の兄の海王と敵対関係にありました。声も姿も、考え方も、まだまだ若い十数年前の渦王です。

 渦王の怒りに合わせて黒雲が押し寄せ、海が荒れ始めました。海面に黒い波が立ち、白いしぶきが飛び散ります。

 

 けれどもそれはすぐに収まり、雲の切れ間からまた日の光が差し始めました。

 若い渦王は思い出したようにひとりごとを言いました。

「そうだ、フローラもいよいよ臨月なんだから、こんなところでぐずぐずしているわけにはいかない。こうしている間にも、出産が始まっているかもしれないんだ。早く城に戻って、そばについていてやらないと」

 気持ちの切り替えが早いのは海の民の特徴です。あたりに怪しい人影も見当たらなかったので、渦王は引き上げることにしました。海上から姿を消し、まっすぐ城へ戻っていきます。

 ところが、渦王は急ぐあまりに小さな変化を見逃していました。海上に浮かぶ透き通った球体から、白いものがちょっとはみ出していたのです。

 それは薄い布のように見えました。渦王が立ち去ると、まるで、はさまったマントを引っ張るように球体の内側に向かって引っ張られ、やがて、すぽんと球体の中へ消えていきました――。

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