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第25巻「囚われた宝の戦い」

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9.古(いにしえ)の扉

 光の通り道が薄れるにつれて、あたりは明るさを増し、遠くから波の音が聞こえ始めました。潮の香りがぷんと鼻を突きます。

「海か!」

 とゼンが言ったとたん、フルートとレオンが声をあげました。

「ポチ、変身しろ!」

「ビーラーも風の犬になれ! 早く!」

 二匹が言われたとおり変身したとたん、周囲から光の通り道が完全に消え、青い世界が広がりました。晴れた空と海の真ん中に、彼らは飛び出したのです。三百六十度さえぎるものが何もない空間に、白い雲を浮かべた青空と輝く青い海が広がっています。

 と、フルートたちは落ち始めました。海面は彼らの数十メートル下にあったのです。たたきつけられれば無事ではすみませんが、すぐに犬たちが飛んできて彼らを拾いました。ポチの上にはフルートとゼンが、ビーラーの上にはレオンが乗ります。

 

「ここは西の大海か」

 と周囲を見渡してゼンが言うと、レオンが答えました。

「闇大陸の入り口がある海域だよ。そら、あそこが入り口だ」

 けれども、レオンが指さしたほうへ目をこらしても、フルートたちに入り口は見えませんでした。空を飛んでいって、間近まで迫ったところで、やっとゼンが言います。

「ああ、あったあった! ったく、相変わらずわかりにくい入り口だぜ!」

 海面から十メートルほどの空中に、小さな卵ほどの丸いものが浮いていたのです。透き通っているので、ほとんど目には見えません。

 フルートはレオンに尋ねました。

「十六年と九ヶ月前のこの場所から闇大陸に行くんだな? 過去に行く魔法の扉っていうのは?」

「今ここに呼ぶよ。呪文を知っている人間の呼びかけに応えて飛んでくるんだ」

 とレオンは言って透き通った入り口へ手をさしのべ、すぐにその手を引っ込めてしまいました。海の上を風が渡ってきたのですが、目の前を横切った風の中に、薄いドレスをなびかせて飛ぶ、透き通った女性たちが見えたからです。風の精霊のシルフィードです。

 レオンは思わず顔を輝かせ、あわてて目一杯渋い顔になると、周囲を見回しました。

「君だな、ペルラ!? どこにいるんだ!?」

「ペルラだって!?」

「また、あいつが来てるのかよ!」

 とフルートやゼンが驚いているところへ、近くの海面が盛り上がり、しぶきを立てて巨大な怪物が現れました。頭と体の前半分が犬、体の後ろ半分が魚の尾になっているシードッグです。ぶちの毛並みの頭の上には、青い長い髪とドレスをなびかせた少女が立っています。

「また来て悪かったわね、ゼン! あなたたちこそきっとまたここに来ると思って、シィと一緒にずっと待ってたのよ!」

 と少女は言い返しました。海王の王女のペルラと、彼女のシードッグのシィです。前回も彼らと一緒に闇大陸に行ったのに、ゼンに邪魔者のように言われて、おかんむりでしたが、すぐに意外そうな顔になって尋ねてきます。

「メールはどこ? ポポロやルルもいないじゃない」

「彼女たちは天空の国に行ったよ。ルルがなかなか元気にならなくてね。天空王に診てもらいに行ったんだ」

 とフルートは答えました。ルルがパルバンの翼だろう、という話はペルラには聞かせません。

 

 ふぅん、とペルラは言うと、フルートを見上げてからかうように言いました。

「残念ね、ポポロが一緒じゃなくて。魔法も使えないし、困るんじゃないの?」

 ちょっぴり意地悪な言い方はやきもちでした。ペルラはフルートに片思いしているのです。

 けれども、フルートはそんなことには気づいていないので、生真面目に答えました。

「ルルが元気になることのほうが大事だよ。それに、レオンがいるから大丈夫さ」

 海の王女はたちまち口を尖らせました。

「それ本気で言ってるの? レオンは闇大陸に行くと、とたんに魔法が使えなくなっちゃうのよ」

 これにはレオンもむっとしました。

「そう言う君だって、闇大陸では魔法が使えなくなるじゃないか。他人をけなすのはやめてくれ」

「けなしてなんていないわ。心配してるだけよ」

 とペルラは言い返し、急に口ごもると、目を伏せて続けました。

「それに……あたしは今回は一緒に行けないんだもの」

 少年たちは全員が驚きました。

「どうして!?」

 とレオンが大声で聞き返します。

 ペルラは肩をすくめました。丸みを帯びた肩に豊かな胸、長い青い髪の彼女は、実際の年齢よりずっと大人っぽく見えます。

「父上に闇大陸に行くのを禁じられちゃったのよ。魔法も使えなくなるような場所に行ってはいけない、海からも離れるのだから絶対にだめだ、って……。魔法で拘束されちゃったから、海から離れられないの。海上に飛び上がることさえできないのよ」

 そう言って笑った顔は淋しそうに見えました。レオンも何も言えなくなって、彼女を見つめてしまいます。

 

 フルートはポチやゼンと一緒にペルラの目の前に舞い降りました。

「海王が君を心配して魔法をかけたんだね――。でも、今回はそれが正解かもしれないな。ぼくたちは今回はかなり長い間、闇大陸に行くんだよ。過去にも行く。そうしないと、向こうに行っている間にこっちの時間がどんどん過ぎてしまうからね。海の民の君が同行したら、海の気が不足してしまうかもしれない。やっぱり君は行かないほうがいい」

 フルートは真剣に話したのですが、ペルラはにらみ返してきました。青い瞳に涙をにじませて言います。

「あなたって、優しそうなくせに、やっぱり意地悪よね。一緒に行けないって言ってるんだから、そんなふうに念押ししなくてもいいじゃない」

 フルートは面食らった顔になりましたが、ペルラはかまわずレオンを招きました。なに? と下りてきた彼の上着をつかまえると、ぐいと引き寄せてささやきます。

「あなたたち、かなり危ないことをするつもりでしょう? へましないように気をつけなさいよ。無事に帰ってこなかったら承知しないんだから」

 レオンは苦笑しました。やることや言うことは少し乱暴ですが、ペルラなりに心配してくれているのです。

「わかってるよ。今回は前回の経験を踏まえて、ちゃんと準備してきたからな。たとえ君が来たって大丈夫なくらいだったんだ――」

 つい口を滑らせて、レオンはあわてて口をつぐみました。思わず赤くなってしまいます。

 ペルラは目を丸くしましたが、やがて穏やかな表情に変わると、笑って言いました。

「ありがとう、レオン。嬉しいわ。でも、父上の拘束の魔法は本当に強力なの。無理にほどこうとすると、このあたりの海が全部不安定になって、あなたたちが闇大陸に行けなくなるかもしれないのよ。本当に残念だけど、あたしは今回は留守番するわ。メールやポポロも行かないんだから一緒よね。悔しいけど、ちょっとだけ慰められたわ」

 それから彼女は自分の左の耳からピアスを外すと、それをレオンの手に落とし込みました。彼がとまどっていると、またにっこりして言います。

「お守りよ、持っていって。あたしの代わり」

 少年はますます面食らいました。しずくの形をした青い石のピアスと少女を見比べながら、聞き返します。

「ぼくが持っていていいのか……? フルートに渡したほうがいいんじゃないのか?」

 とたんにペルラは、かっと顔を赤くしました。尖った声になって言います。

「いいのよ! あなたのほうがドジだから、あなたに渡すんだから!」

「ドジとはなんだ? ぼくがいつドジを踏んだって言うんだよ!?」

 とレオンも言い返してしまいました。

「何度も踏んだじゃない! 本当にドジだからドジだと言ってるのよ!」

「闇大陸で魔法が使えなかったことを言ってるのか!? だとしたら、君だって同じだ! 君もドジだということだ!」

「なぁんですってぇ!?」

 売りことばに買いことばで、とうとう口喧嘩になってしまいます。

「なぁにやってんだ、あいつら?」

 とゼンがあきれて言いました。フルートもどうやって仲介したものかと困惑しています。

 二匹の風の犬だけが互いに顔を見合わせて、やれやれ、と頭を振っていました――。

 

 やがて、レオンとフルートたちはまた海上に飛び上がり、闇大陸の入り口の前に行きました。レオンが手を突きつけて呪文を唱えると、空中に大きな木の扉が現れます。白い一枚板でできていて、周囲には模様のような文字が刻まれています。

「これが古(いにしえ)の扉か」

 とフルートとゼンとポチは扉を見つめました。壁も支えもない空中に扉が浮かんでいる様子は、かつて彼らがくぐった真実の窓に似ています。

「どうやったら目的の昔に飛べるんだい?」

 とビーラーが尋ねると、レオンが答えました。

「強く念じればいいんだよ。十六年九ヶ月前に行きたいってね。それだけで扉は理解するんだ」

 それから、レオンは確かめるように後ろを振り向きました。とたんに、海上にいるペルラと視線が合って、思わずまた赤くなってしまいます。ペルラはもう悪口など言っていませんでした。心配そうに彼らを見守っています。

 レオンはピアスをしまった上着のポケットを、黙ってたたいて見せました。ペルラのほうでも何も言わずにうなずき返します。

 レオンは扉に向き直って言いました。

「ぼくたちは十六年九ヶ月前に行きたい! 頼む、ぼくたちを案内してくれ!」

 そのことばの裏側では古の呪文も唱えているのですが、それは他の誰にも聞こえませんでした。レオンの呼びかけに応えて、扉がゆっくり開いていきます。

 ビーラーに乗ったレオンと、ポチに乗ったフルートとゼンは、ためらうことなく扉の中に飛び込んでいきました。二本の風の尾が、風の音と共に扉の奥に消えていきます。

 

 扉がまたゆっくり閉まるのを見守りながら、ペルラはため息をつきました。

「どうしてあたしは海の民なのかしらね。天空の民だったら一緒に行けたのに」

 シードッグのシィが慰めるように言いました。

「きっとすぐに帰ってくるわよ。あの人たちは本当に強いんだもの」

 それでもペルラは扉を見つめ続けていました。音もなく扉が閉じて、空中に浮かぶ一枚板に戻ります。

 すると、急にペルラが、あらっ? と言いました。

「今の何かしら? 何か白いものが扉へ飛んだわ」

「白いもの? シルフィードじゃないの?」

 とシィが聞き返しますが、ペルラは首を振りました。扉の下へ行って、前に後ろに回って眺めますが、それらしいものは見当たりません。

「変ね。あたしの見間違いかしら?」

 ペルラは不思議そうに扉を見つめました――。

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