時間の進み方の問題を解決するために過去のパルバンへ行こう、とフルートが言ったので、仲間たちは仰天しました。
「過去へ行くってことは、昔の時代に行くってことかよ!?」
「ワン、そんな魔法が現実にあるんですか!?」
ゼンやポチが聞き返すと、白い雄犬のビーラーが頭を振りました。
「古の時代には時間をさかのぼる魔法があったと言われているけど、今はもう忘れられて、どこにも残っていないよ。真実の間の窓から過去を見たり、占者が水晶玉に過去を映し出したりすることはできても、そこに行くなんてことは無理なんだ。そうだよな、レオン?」
ところが眼鏡の少年はすぐには返事をせずに、フルートを穴が開くほど見つめていました。
やがて、渋い顔になって言います。
「まいったな……。ぼくがさんざん悩んで考え出した解決方法を、どうして魔法使いでもない地上の人間の君が思いつくんだ?」
「君も過去に行けばいいと考えたのか」
とフルートが言うと、レオンは肩をすくめ返しました。
「時間の違いに邪魔されずにパルバンに行くには、その方法しかないだろう。ただ、ビーラーが言った通り、今の天空の国には時間を自由にさかのぼるような魔法は残っていない。天空王様は子どもの頃に三千年前の時代に行って、天空の国が成立した瞬間に立ち会ったと言われているけれど、それも強力な魔法と魔法がぶつかりあって偶発的に起きたことだったらしい。たとえ天空王様でも自分の思い通りに過去や未来へ移動することはできないんだよ」
「でも君は、提案がある、と言ってここに来た。ということは、時間をさかのぼって過去のパルバンに行く方法を見つけたんだな?」
フルートが確信を込めて言ったので、レオンは今度は苦笑しました。
「どうしてそんなふうに期待できるんだ? さっきから言ってるとおり、今はもう誰にも使えない魔法なんだぞ。天空王様にだって無理だと言っているのに」
「だけど、君は次の天空王だ」
何を言われても揺らがないフルートに、レオンのほうがたじろぎました。思わず赤面しながら言います。
「未来の天空王とかなんとかってのは、今回のことには関係ないだろう……。ただ、方法がないわけじゃない」
「それは!?」
仲間たちがいっせいに身を乗り出します。
レオンは何故か声を潜めながら答えました。
「天空の国には大昔に作られた魔法の扉がいくつもある。その大半は天空の国と地上のいろんな場所をつないでいるんだが、ひとつだけ、これまで開いたこともなければどこへ続いているのかもわからない、古い古い扉があるんだ。ぼくたちはそれを『忘れられた古(いにしえ)の扉』と呼んでいる。誰にも読めない古代文字が刻まれていて、世界にエルフが現れる以前に作られた扉だろう、と言われているからだ。でも、ぼくはふとしたことで、その文字を判読することができた。それが過去へ飛ぶための呪文だったんだ」
ビーラーは目を丸くしました。
「過去に飛ぶための呪文? 大昔に忘れられてしまったという魔法かい? でも、どうして誰にも読めない文字が君には読めたんだ? その眼鏡でも古代文字は読めないはずだろう?」
「同じ呪文を別な場所で見たからさ。時の翁(おう)が作った鏡の上にね……」
それを聞いて、フルートたちも目を丸くしました。
混乱したゼンが悲鳴を上げます。
「今度は時のじっちゃんか!? 頼むから、俺によくわかるように説明してくれよ!」
フルートは考えながらレオンに尋ねました。
「時の鏡の文字と同じものが古の扉にもあって、それが過去に行く呪文だったというわけか? でも、君はどこで時の翁に会ったんだ? 時の鏡ならぼくたちも何度か見ているけど、文字なんかどこにも書かれていなかったような気がするぞ?」
「ぼくは君たちの過去を鏡の泉で追いかけて、君たちが時の翁に出会った場面を見た。時の翁が君たちのために時の鏡に過去を映した場面も見たよ。時の翁は呪文の文字を崩して、模様のようにして鏡の縁に刻んでいた。きっと、それを刻むことで時の鏡になるんだろう。古の扉の文字とそれが同じだってことに気がついて、扉に呪文を唱えてみたら、扉が開いて過去とつながったんだ」
すると、フルートを押しのけるようにしてビーラーが身を乗り出しました。
「古代文字の呪文をどうやって読んだんだ? そういうのは文字だけじゃ魔法にならないはずだぞ」
「それも時の翁から知ったんだ。鏡に過去を映すために魔法を発動させていたからな――。耳には普通のことばに聞こえていただろうが、ことばの裏側で呪文を読み上げていた。それでぼくにもわかったんだ」
フルートたちはすっかり感心しました。
「すごいな、レオン。ポポロは実際に時の翁の呪文を聞いたけれど、そんなところまでは見破れなかったぞ」
とフルートに言われて、レオンは急に照れた顔になりました。
「ぼ、ぼくは考えるのが得意だからな……。とにかく、時の鏡と古の扉は同じ魔法で動いている。鏡は過去を見せることしかできないけれど、扉はくぐって過去へ行くことができる。それを使えば、昔のパルバンにも行くことができるんだよ──」
そのとき、ビーラーが急に耳をぴくっと動かしました。部屋の入り口を振り向いて言います。
「誰かがこっちに来る。さっき呼びに来た人物のようだぞ」
「ゴーリスが? ぼくたちが遅いから迎えに来たんだ」
とフルートがあわてると、レオンが自分たちの出てきた鏡を指さしました。
「あそこから出発しよう。詳しい話は行く途中でもできるし、パルバンから戻ってくる時間をこの直後に設定すれば、君たちはここからどこにも行かなかったことになるからな」
「そんなこともできるのか、レオン?」
とビーラーが驚く一方で、ゼンは頭をひねっていました。
「戻ってくる時間……? どこにも行かなかったことになるだと……?」
また混乱しています。
ポチはあきれて言いました。
「ワン、ゼンはもう考えなくていいですよ。後でちゃんとフルートがわかるように説明してくれるから」
「あ、なんだ、その言い方は? 生意気犬め!」
「ワン、いいから早く出発しましょう。ゴーリスが来ますよ」
そこでフルートとゼンは急いでベッドの下から武器防具や荷袋を引っぱり出し、レオンたちと一緒に鏡の前に立ちました。
レオンが呪文を唱えます。
「ベコーハエチグリイノクリイータミヤオナーミ」
とたんに鏡から光があふれて全員を包み、鏡の中へと運んでいってしまいました。部屋の中には誰もいなくなります。
ガチャリ、と音を立てて部屋の入り口の扉が開けられました――。