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第25巻「囚われた宝の戦い」

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5.正体

 「ちょ、ちょっと待て、ちょっと待てよ――!」

 誰もせかしてなどいないのに、ゼンはそんなことを言いました。

「ルルと同じ翼をパルバンで見たってぇのか? じゃあ、なんだ。フルートはルルが竜の宝だったと言いたいのか!?」

 ゼンのことばにポチとビーラーは思わず飛び上がり、レオンは眼鏡の奥で目を見開きました。

 ポチがまた反論を始めます。

「ワン、そんなはずないですよ! あのとき、ルルはもう具合が悪くて、ゼンに抱かれてぼくたちと一緒にいたんだから! ルルが竜の宝だなんて、そんなこと絶対にありえない!」

 牙をむいてほえるように言うポチに、フルートは静かに答えました。

「そんなことは言っていないよ。それに、あのときルルは白い翼に変わってしまったけれど、ぼくが見た翼は黒かったんだ。黒い翼は柱の上で何かを守っているようだった。きっと、その中に竜の宝があったんだ」

 レオンは疑わしい顔になりました。

「つまり、翼は宝の番人だったと君は言いたいのか。だが、そもそもそれが竜の宝だったという証拠はあるのか? パルバンは魔法でねじれた空間だ。この世界では見られないような奇妙なものも、きっとたくさんあるだろう。パルバンに迷い込んで翼に変わってしまった風の犬だって、いるかもしれない」

 けれどもフルートは引きませんでした。確信を込めた声で話し続けます。

「ぼくは闇大陸から出た後、セイロスと戦いながら確かめてみたんだよ。『黒い柱の上』と鎌をかけてみたんだ。そのとたん彼は激怒して、半分デビルドラゴンのような姿に変わった。そして、ぼくと戦いながら何度となく『あれをどこにやった』『あれをどうした』と聞いてきたんだ。ぼくが見たものが竜の宝なのは間違いない」

 それを聞いて、仲間たちはまた考え込んでしまいました。腕組みしたり地面や空を見つめたりして、フルートの話を反芻(はんすう)します。

 

 やがてビーラーが言いました。

「パルバンの番人は、竜の宝が誰かに持ち去られたと話していたけど、それは勘違いだったのか。竜の宝はまだパルバンにあったんだな」

「そういうことになる」

 とフルートは答えます。

 とたんにゼンが頭をかきむしりました。

「わかんねぇ! 俺の頭じゃ理解不能だ! おい、フルート! つまりルルはなんだっていうんだ!? ルルとパルバンの竜の宝にはどんな関係があるんだよ!?」

 すると、レオンも言いました。

「ぼくも君の見解を聞きたい。君はこのことをずいぶん前から推理してきたようだからな。ルルはこれまで頻繁に翼に変わってきたし、パルバンの竜の宝もルルと同じような翼に守られていた。それはどういうことだと、君は考えているんだ?」

 ポチは何も言わずにフルートを見上げていました。ポチは泣くことができないのですが、黒い大きな瞳は涙ぐんでいるように見えます。

 フルートは答えました。

「ぼくはルルが元々は犬じゃなかったんだろうと考えているよ。ルルの本来の姿は、きっとあの翼だったんだ」

 仲間たちは何も言いませんでした。まなざしだけで根拠をフルートに尋ねます。

 フルートは話し続けました。

「闇の声の戦いの時に、ぼくたちは魔王になったルルを助けるために地下迷宮に入り込んで、彼女の過去をあちこちで見た。その中に、彼女が生まれたときの場面もあったんだ。天空王が光に手をさしのべて『来たれ、守る者よ』と呼びかけたら、手の中に子犬の彼女が現れた。天空王は彼女にルルという名前をつけて、生まれたばかりのポポロを守るという使命を与えた。そこが彼女の記憶の始まりだ。ルルは、自分が元々は普通の犬で、それを天空王がもの言う犬に変えてくれたんだろう、と考えていたけれど、本当は彼女はパルバンの翼だったんだ。天空王がこの世界に呼び出して、ルルにしたんだよ」

 仲間たちはやはり何も言えませんでした。それぞれに、長い茶色い毛並みの雌犬を頭の中に思い出します。いくらその正体が翼だったと言われても、やはりとても信じられません――。

 ただ、ポチだけはフルートから目をそらしてうつむいてしまいました。彼は地下迷宮でフルートと行動を共にしていたので、ルルが天空王の呼びかけで生まれた場面も一緒に見ていたのです。ためらうように話し出します。

「ワン、ルルはよく言っていたんです……。自分は本当の両親も生まれた家もきょうだいも、何も覚えていない。だから、ポポロのお父さんとお母さんが自分の両親だし、ポポロは自分の妹なんだ、って……。初めのうちは、それを淋しそうに言っていたんだけど、今ではすごく誇らしそうに言うようになってて……」

 ポチはそれ以上続けられなくなってしまいました。こらえるように震え出した小犬を、フルートは優しくなでてやりました。

「元がなんであって、どんなふうにしてこの世界に来たとしても、ルルはやっぱりルルだよ。ぼくたちの大事な仲間だし、ポポロのお姉さんだ。それは変わらない。ただ、そんなふうに考えれば、ルルがパルバンで翼に変わって、その後もずっと体調不良でいる理由がわかる気がするんだよ」

 ふむ、とレオンはまた眼鏡を指で押し上げました。

「確かに、魔法で姿を変えられたものは、元々その姿だったものより存在が不安定だ。いろいろなものの影響を受けやすくなるし、魔法の力が弱いときには、正体を見破られただけで本来の姿に戻ったりする。まあ、天空王様の魔法なら、正体を知られたって元に戻ってしまうことはないと思うけれどね」

「ルルの場合は闇の影響を受けやすいんだろう。だから、闇の強い場所にいるとすぐに調子が悪くなってくるし、強力な闇に出会うと翼に戻ってしまったりするんだ」

 とフルートは言いました。もうずいぶん長いこと仮説と検証を繰り返してきたので、話にためらいはありません。

 

 ゼンはまた頭をかきむしりました。それから腕組みをして考え込み、腕をほどいて大きなため息をつきます。

「やっぱりダメだ、俺にはわかんねぇ! フルート、ルルが元々パルバンの翼だったとして、その翼ってのはいったい何ものなんだ? 今もパルバンにある翼とルルは、どういう関係なんだよ?」

「さっきも言ったとおりだ。翼は竜の宝を守っているんだよ――。二千年前、光の軍勢は竜の宝をセイロスから奪って、それを闇大陸のパルバンに隠した。パルバンにはセイロスを捉えるために数え切れないほどの魔法がかけられたけれど、翼もそのひとつだったのかもしれない。これは推論なんだけれど、セイロスが宝のところまでたどり着いたときに、宝を奪われないように守るのが役目だったんじゃないかと思うんだよ。ルルもきっと以前はパルバンで竜の宝を守っていたんだ」

「だが、ルルはこっちの世界で犬になったし、パルバンでは今も黒い翼が宝を守ってる――てぇことはつまり、ルルと今パルバンにいる翼は兄弟分ってことか!」

 やっとわかった、というようにゼンが言います。

 ビーラーはレオンを見上げました。

「それが本当だとしたら、ルルが天空王様のところへ行ったのは大正解だな。彼女を魔法で犬にしたのは天空王様なんだから、きっとまた彼女を安定させてくれるだろう。とはいえ、彼女の正体がパルバンの翼だったっていうのは、かなりショックだけどね。次に彼女に会ったときに、前と同じようにできるかどうか、正直あまり自信がないな――」

 そのとたんポチが跳ね起きました。牙をむいてビーラーへどなります。

「さっきフルートも言ったじゃないか! 元が何でも、どんなふうにして今の姿になったとしても、ルルはルルだ! 前となんにも変わってなんかいない! それなのに偏見の目で見て差別しようって言うのか!?」

「わ、わかったわかった、悪かったよ……ぼくが悪かった」

 従兄弟の剣幕にビーラーはたじろぎ、すぐに謝りました。レオンにも頭をこつんとやられて、しょげてしまいます。

 

 すると、ゼンが舌打ちしました。

「ちぇ。てぇことは、天空王はパルバンのことも竜の宝のことも知っていたんだな。そんならそうと、最初から教えてくれればよかったのによ。そうすりゃ俺たちはこんなに面倒なことをしなくてすんだんだぜ」

「天空王だけじゃない。白い石の丘のエルフだって、パルバンの番人の石の顔だって、竜の宝のことは知っていたんだ。だけど、それは教えられない約束になっていた。だから、ぼくたちは自分たちで探して見つけなくちゃいけなかったんだ」

 とフルートは答えました。ゼンと違って、こちらには恨みがましい響きはありません。

 ゼンはまた口を尖らせました。

「相変わらず優等生過ぎるぞ、おまえ――。でもよ、天空王はなんでわざわざルルをパルバンから呼んだんだ? 竜の宝を守ってる奴を呼び寄せたらまずいだろうが」

「数が多ければ、一匹くらいこっちに来てもらっても大丈夫なはずさ」

 とフルートは言いました。パルバンにはルルのような翼が他にも複数いて、竜の宝を守っているのだろう、という意味です。

「ワン、竜の宝を守っていたくらいだから、守りに特化した生き物だったのかもしれませんね」

 とポチも言ったので、やれやれ、とゼンはため息をつきました。

「あいつらが天空の国に行っててよかったぞ。こんな話を聞かせたら、ルルだけでなくポポロもショックを受けただろうし、メールも大騒ぎしたに違いねえからな」

「ルルに教えるつもりはなかったよ。ルルは自分が翼だった頃のことは覚えていないけど、パルバンに足を踏み入れたときに、あそこをものすごく嫌がっていたからな。ただ、ポポロだけには話さなくちゃいけないと思ってた。彼女の魔法が必要だったから――」

「ところが、彼女たちは天空王様のところへ行ってしまったってわけか。理(ことわり)が働いたのかもしれないな。ルルの正体はおおっぴらにするべきことじゃないんだろう」

 とレオンは言いました。

 大の苦手の「理」ということばを聞かされたゼンが、げっと声をあげます。

 

 ところがそのとき、部屋の入り口を誰かがたたきました。

「フルート、ゼン、ポチ、中にいるな? 入るぞ」

 ゴーリスの声でした。

 がちゃりと音をたてて、部屋の扉が開きました――。

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