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第25巻「囚われた宝の戦い」

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第2章 翼

4.翼

 「レオンも天空の国にいるじゃねえか。どうやって呼ぶんだよ?」

 とゼンがフルートに尋ねました。ポポロとメールがルルと一緒に天空の国へ行ってしまったので、代わりにレオンを呼ぼう、とフルートは言ったのです。ポチは、きっとベランダか屋上に出て空へ呼びかけるんだろう、と考えて部屋の出口を見ます。

 ところが、フルートは部屋の片隅の鏡を示しました。

「前回、彼はあそこから現れた。たぶん今回も呼べるはずだ」

「だが、あれはただの鏡だぞ」

「ワン、レオンが魔法を使ってるわけじゃないから、無理じゃないですか?」

 とゼンやポチは言いましたが、フルートはさっさと鏡の前に行ってしまいました。そこには彼の姿と部屋が映っているだけでしたが、ためらいもなく呼びかけます。

「レオン、手伝ってほしいことがあるんだ! 頼む、ここに来てくれ!」

 

 とたんに銀色の鏡面に波紋のようなさざ波が広がり、中心に少年の顔が現れました。短い銀髪に水色の瞳、黒縁の眼鏡をかけたレオンです。ゼンやポチが驚いていると、いきなり鏡からごぅっと風が吹き出して、部屋の中の物を吹き飛ばしました。カーテンがはためき、窓が音を立てて揺れます。

 風が収まって彼らが顔を上げると、部屋の中は元に戻っていて、真ん中に鏡を抜け出したレオンが立っていました。白い雄犬のビーラーも足元にいます。

「ワン、本当に鏡で呼べた!」

 とポチが驚くと、レオンは黒縁の丸い眼鏡を指で押し上げて、ふん、と言いました。

「前回来たときに、鏡の中に天空の国とここをつなぐ道を残しておいたんだ。そんなに驚くようなことじゃない。ただ、そっちから呼んでもらえたのは良かった。どうやって君たちにぼくを呼ばせようか、と思案していたところだったんだ」

 そんなつもりはないのですが、どうもお高くとまったような雰囲気がつきまとうレオンです。

 ゼンは口を尖らせました。

「んな魔法のことが俺たち一般人にわかるか。それよりどうしたんだよ、その眼鏡。魔法使いのくせに目を悪くしたのか?」

 今度はレオンがむっとしました。

「魔法使いが目を悪くしたりするもんか。これは魔法の道具だよ。これをかけると、どんな国や時代の文字でも読めるようになるんだ。天空城の図書館でずっと調べものをしていたから、面倒がないようにかけっぱなしにしているんだ」

「ワン、その眼鏡ならぼくも使ったことがありますよ。白い石の丘にしばらく身を寄せていたときに、エルフから借りて書庫の本を読みまくったんです」

 とポチが言うと、フルートも口をはさみました。

「闇の国の戦いの後のことだな。あのときにもルルは闇の国で体調を崩して、元気になるまでエルフの元で治療を受けたんだ――」

 とたんにフルートから非常に真剣で強い感情が伝わってきたので、ポチはまた驚きました。レオンが到着したからではありません。ルルの話を出したとたん、フルートの感情の匂いが変わったのです。

「ワン、いったいどうしたんですか?」

 と尋ねますが、フルートはそれには答えずに、全員に言いました。

「とにかく、みんな座ろう。レオンの要件は? 早急なことなのか?」

「いや、ぼくのは提案だ。そっちの話が終わってからでいい」

 とレオンが答えたので、全員は部屋の床に座りました。分厚い絨毯が敷き詰められているので、座り心地は悪くありません。

 フルートは二人と二匹の仲間たちを見回しながら言いました。

「ぼくはレオンに手伝ってもらいたいことがあって呼んだ。でも、その前にかなり長い話をしなくちゃいけないんだ。疑問があったら遠慮なく聞いてくれ。ただ、反論したいことが出てきたら、それは最後までちょっと留めておいてほしいんだ。とにかく、ぼくの話を聞いてくれ。頼む」

「なんだ、そりゃ? いったいなんの話をしようっていうんだよ?」

 とゼンも他の仲間もいぶかしがりましたが、とにかく話を聞かないことには始まらないので、全員がフルートに注目しました。

 フルートは片膝を立てた上に腕を置き、少しの間目を閉じると、また目を開けておもむろに話し出しました。 

 

「ぼくたちは半月前に西の大海から闇大陸に渡って、パルバンに足を踏み入れたよな」

 フルートの話はそんなところから始まりました。

「みんなが承知してるとおり、あそこはものすごい場所だった。闇大陸全体も、しょっちゅう場所が入れ替わっていて、うまく渡らないと危険だったけれど、大陸の中心にあるパルバンは危険のレベルが違った。人が足を踏み入れることを拒むような激しい場所だったんだ――」

「竜の宝を巡って、光の陣営と闇の竜があらゆる魔法を使ったから、魔法同士が干渉し合って嵐を起こしていたのさ。どんな魔法使いでも、あれを分離して収めるのは不可能だ」

 とレオンは口をはさみ、すぐにまた黙りました。フルートの話の続きを待ちます。

 フルートはうなずきました。

「その嵐が寄り集まって吹くのが三の風だったんだろう? 生き物を怪物に変えてしまう強烈な魔法の風だ。その風に吹かれて、ルルは姿が変わってしまった」

「ワン、ルルは白い翼になってしまったんです。でも、頭も体もない、二枚の翼だけの姿だったから、やっぱり怪物って言っていいんだろうな」

 とポチは言って、ぶるっと体を震わせました。あのときは金の石の精霊と願い石の精霊が力を合わせてルルを元に戻してくれました。もし彼らの助けがなかったら、今ごろルルはどうなっていたんだろう、と考えてしまったのです。

 すると、レオンが急に首をかしげました。

「待てよ、そういえば、ルルは以前にも翼に変わったことがあったんじゃないのか……? 確か、闇の国で闇王の城に潜入したときだ。地下通路の中でルルが急に翼に変わってしまっただろう」

 うん? とゼンも考え込み、はたと膝を打ちました。

「そうだ、そんなことがあった! ただ、あんときのルルは黒い色の翼になったけどな――って、おい、レオン! 一緒にいなかったはずのおまえが、なんでそんなことを知ってるんだよ!?」

「ぼくは天空城の鏡の泉で、君たちの旅を全部たどらせてもらったからな。そこで見たんだよ。ゼンのほうこそ、実際に見たのに忘れていたのか? 記憶力が悪いな」

「るせぇ! 俺たちは勇者の仲間になってからこっち、どえらい経験を数え切れねえほどしてきたんだ! あんまりいろいろありすぎて、いちいち細かく覚えてなんていられねえんだよ!」

 とゼンは憤慨して言い返しましたが、ポチのほうは真剣な顔で考え込んでしまいました。

「ワン、そうだ。あのときにもルルは翼になった……。それに、その前にもルルが黒い翼で現れたことがありましたよね? 影のデビルドラゴンに取り憑かれて魔王になったときに、ユギルさんの占盤から……。だいたい、ユギルさんの占いでは、ルルの象徴は翼です。ぼくたちは光とか星とかメールなら青い炎って言われて、どこか似た象徴なんだけど、ルルだけはいつも翼って言われてきました。ワン、フルート、これってただの偶然なんですか? それとも、何か意味があるんですか……?」

 不安そうに尋ねるポチを、フルートは見つめ返しました。ことばを選ぶように少し考えてから、こんなことを話します。

「ぼくはそれ以外の場面でも翼になったルルを見てきたよ。天空の国から海に駆けつけてきたポポロの後ろに、天使の翼みたいに黒い翼を見たことがあるし、ルルに操られたポポロに首を絞められたときにも、夢の中で黒い翼を見た。ルルがデセラール山の地下に作った迷宮の中でも、やっぱり翼になった彼女を見かけたんだ――」

 それは明確な肯定でした。仲間の少年たちは思わず絶句してしまいます。

 

 やがて、ゼンが言いました。

「それってどういうことなんだよ? ルルは犬だぞ。風の犬になって空は飛べるが、翼なんかじゃねえだろうが」

「ワン、そうですよ! ぼくは同じ犬だから、それははっきりわかります! ルルは本物の犬ですよ!」

「そうだな。彼女は天空の国の犬だ。それは匂いでわかる」

 とポチとビーラーも言います。

 すると、フルートは片手を挙げてさえぎりました。

「ごめん。そういう反論はまだ待っていてほしいんだ。他にも話さなくちゃいけないことがあるから」

 レオンはまた眼鏡を指で押し上げました。

「君は他にも何か重大なことを知っているんだな。よし、聞こう」

 それを聞いて他の仲間たちも口をつぐんだので、フルートはうなずきました。

「ありがとう――。実は、パルバンを脱出するときにも、ぼくは翼を見たんだよ。三の風の嵐が迫っていたから、みんなは気がつかなかったけど、ぼくは嵐の切れ間にそれを見た。高い黒い塔が枯れ木みたいに立っていて、そのてっぺんに黒い翼があった。頭も体もない、二枚だけの翼だ。それが翼に変わったルルとそっくりに見えたんだよ」

 少年たちはとまどってしまいました。それぞれに、フルートが語った場面を頭の中に思い描き、首をひねったり眉をひそめたりします。

 やがてレオンが言いました。

「まさか、それが竜の宝だと言いたいのか? 君の見たものが?」

「そうだ」

 とフルートは答えると、呆気にとられた顔になった仲間たちをまた見回しました――。

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