一時間後、ポポロとメールはルルと一緒に、ロムド城の塔の屋上から天空の国へ出発していきました。
ルルは毛布にくるまれ、ポポロに抱かれて花鳥に乗りました。茶色い顔だけを毛布からのぞかせて、見送るフルートたちに申し訳なさそうに言います。
「ごめんなさい、いつまでも元気になれなくて……。私のせいでポポロたちまで連れていっちゃって……」
すると、少年たちが答えるより先に、一緒に見送りに出ていた鳩羽が言いました。
「こちらこそ、ルル様をお元気にできなくて申しわけありません。ぼくの力不足です。すみません」
魔法医に頭を下げられて、勇者の一行はあわてました。彼が一生懸命ルルの治療に当たってくれていたことを、一行はよく知っていたのです。そんなことありません、と口々に言います。
ポチは花鳥の背中に飛び乗って、ルルの顔をなめました。
「ワン、早く元気になって帰ってきてよね。待っているから」
「ええ。ポチこそ後をよろしくね。フルートとゼンが無茶しないように、しっかり見張っていてちょうだい」
こんな状況になっても、ルルはやっぱり彼らのお姉さんでした。フルートとゼンは思わず苦笑いしてしまいます。
翼を広げて飛び立った花鳥を、フルートとゼンとポチと鳩羽は屋上から見送りました。メールが挨拶するように花鳥を城の上で旋回させたので、城の修理をしていた職人や労働者も作業の手を止めて見上げます。彼らは先のディーラ攻防戦でセイロスに破壊された尖塔の修復工事をしているのです。
全員で花鳥が空の彼方に飛び去るのを見送っていると、城内の階段から屋上へ若い男女が飛び出してきました。見るからに立派な体つきの美丈夫と、男装をした長い金髪の美女――ロムド皇太子のオリバンと婚約者のセシルです。空にもう花鳥が見えなくなっていたので、セシルが残念そうに叫びます。
「行ってしまったか! 間に合わなかった!」
オリバンのほうはフルートたちに文句を言い始めました。
「ポポロとメールがルルのために城を離れる、とユギルが言ったので、急いで見送りに来たのだぞ! 何故我々に知らせなかったのだ!?」
「え、いや、だって――もしかしたら、すぐに元気になって戻ってくるかもしれないし――」
とフルートが面食らっていると、オリバンはさらに迫って言い続けました。
「おまえたちの『すぐ』は信用ならん。それこそ、おまえたちは『すぐ』城からいなくなるからな。ポポロたちはどこへ行ったのだ? おまえたちも後を追うつもりなのか?」
これまで何度も勇者の一行に置いてきぼりにされたので、オリバンの追求は執拗でした。フルートの首根っこを押さえて勝手に飛び立たないようにしそうな勢いです。
フルートはまた苦笑しました。
「ポポロたちは天空王のところへ行ったんですよ。でも、ぼくたちは行きません。城を留守にして、その間にまたセイロスに襲われたら大変ですから」
それを聞いてオリバンもようやく険しい顔をやめました。うむ、と太い腕を胸の前で組みます。
「ちゃんとわかっていたようだな。セイロスは飛竜を率いてイシアード国に戻っていったようだと言われているし、サータマン国王がイシアードに駿馬の大群を送ったという情報も入ってきている。セイロスはまだ全然あきらめていないぞ。必ずまたロムドや世界を狙って襲撃してくる。その状況で総司令官のおまえがまた城を離れたら、今度こそ世界は奴の手に落ちるかもしれないのだからな」
すると、フルートも真剣な顔になりました。うつむき加減になって言います。
「それはわかってます……もう、あんな事態にはしません」
先の戦いでは、フルートたちが闇大陸へ行っている間にセイロスがロムド国に侵入して、いくつもの町を破壊していったのです。人も大勢死にました。フルートは世界を守る金の石の勇者として、また光の連合軍の総司令官として、ずっと責任を感じ続けていたのです。
フルートが急に元気をなくしてしまったので、セシルは急いで口をはさみました。
「そんな話より皆で一緒にお茶はどうだろう? フルートたちとこうして会って話をするのも久しぶりだからな。なんだったらキースやアリアンたちも呼ぼう」
けれども、オリバンは彼女の意図に気づきませんでした。生真面目に反論します。
「そんな話とはなんだ、セシル。非常に重要なことではないか。今度またフルートたちが勝手にいなくなって、セイロスの襲撃を防げなかったら、ロムドだけでなく世界までが大変なことになると言っているのだぞ。フルートは総司令官という責任ある立場の人間なのだから――」
すると、フルートがさえぎるように言いました。
「そんなことには絶対にしません。そのために、こうしてポポロたちだけで行かせたんですから。じゃあ、ぼくたちは部屋に戻ります」
彼がゼンやポチを連れて屋上から下りていったので、オリバンは怪訝(けげん)そうな顔になりました。
「なんだ、急にどうした。一緒にお茶にせんのか?」
セシルは思わず額を押さえました。オリバンは精神も非常に強靱なので、フルートの優しすぎて傷つきやすい気持ちが、なかなか理解できないのです。
「オリバン、フルートが気の毒だ。彼の気持ちも考えてやらないと……」
と婚約者に説教を始めます。
一方、ゼンとポチも歩きながらフルートに話しかけていました。
「そんなに気にすんなって。俺たちだって、長いこと城を留守にするつもりなんかなかったんだからよ。闇大陸とこっちとで時間の流れ方が違ってただけなんだ」
「ワン、オリバンも悪気じゃないんですよ。ただ、真面目だから、国や連合軍のことを心配しているだけなんです」
けれどもフルートは何も言いませんでした。下唇をかんで歩いていきます。
やがて、自分たちの部屋に戻って扉を閉めると、フルートはゼンたちを振り向いて、やっと口を開きました。
「ぼくたちはここを留守にするわけにはいかない。でも、パルバンにはどうしてももう一度行かなくちゃいけないんだよ。考えていて気がついたことがある。それをパルバンで確かめたいんだ」
フルートはきっぱりとした口調をしていました。ただ落ち込んでいたわけではなかったのです。とても強い表情で、仲間たちの向こうに何かを見据えています。
「そういや、さっきそういう話をしてたよな。だが、メールやポポロは天空の国に行っちまったぞ」
「ワン、それにパルバンに行ったら、また時間がどんどん過ぎてしまいますよ」
とゼンやポチがいうと、フルートは強い声で繰り返しました。
「それでも、なんとかして行かなくちゃいけないんだよ――。ポポロに頼もうと思ったけれど、彼女はしばらく戻らない。だから」
フルートは、くっと顔を上向けて、仲間たちに天井の方向を示しました。
「彼を呼ぼう。レオンを」
天空の国と地上のロムド国。
離れた二つの場所にいる少年たちが、再び一緒に行動を始めようとしていました――。