ゼンが台所で受け取った昼食を抱えて部屋に戻ると、フルートがベッドに起き上がっていました。あぐらをかいた脚の上にはポチが載っていて、背中をなでてられて目を細めています。フルートがずっと考え事をしていたので、こんなふうになでてもらえるのは久しぶりだったのです。
「おう、やっと起きたな」
とゼンは言いながら、食事の盆をテーブルに置きました。別人のようにしっかりした顔つきになった親友を横目で眺めます。
「やあ、おいしそうだ。昼ご飯かい?」
とフルートはポチを抱いてベッドからやってきました。これも久しぶりのことです。ここしばらく、フルートはベッドで食事をしていたのです。
ゼンはちょっと笑いました。
「どうやらようやく結論が出たみたいだな。どうするつもりだ――と聞きたいところだが、まずは食おうぜ。料理長がせっかく熱々のところをよこしてくれたんだ。のんびりしていたら冷めちまわぁ」
「そうだな。なんだか久しぶりで食事をするような気がするよ」
「ワン、でもフルートは今朝もちゃんと食事をしたんですよ。厚切りのパンを四切れも食べたのに、覚えてないんですか?」
とポチが言いました。口ではあきれていますが、尻尾を嬉しそうに振っています。
二人と一匹の少年たちは、さっそくテーブルを囲んで食事を始めました。食べ盛りの彼らのために準備された昼食は、焼いた肉や揚げた魚、レバーのパテや腸詰め、野菜の煮込みやチーズや果物と、品数もボリュームも満点です。それらをパンに載せて食べたりそのままかぶりついたりしながら、フルートは話し出しました。
「ルルの様子はどう? やっぱり調子悪そうかい?」
「さっきメールと会って話したが、相変わらずのようだな。悪くはなってねえみたいだが、良くもなってねえ」
とゼンは答えて分厚い焼き肉を食いちぎりました。もぐもぐやりながら話し続けます。
「魔法医の鳩羽さんにも原因がわからなくてお手上げらしいぜ。ポポロがずっと付き添ってるとよ。もうすぐポポロの誕生日だから、誕生祝いをやってやるつもりだったんだがなぁ」
「ワン、ルルがこんな様子だと難しいかもしれないですね」
とポチはしょんぼりしました。彼は毎日見舞いに行っているのですが、ルルはたいてい寝ているので、ほとんど話もできずにいたのです。
「やっぱりそうか……」
とフルートは言いました。そのまままた考え事を始めそうな様子になりますが、すぐに我に返ると、湯で割った甘いワインをぐいと飲んで話し続けます。
「いろいろ考えて思いついたことがあるんだよ。ルルの様子も心配だし、これを食べ終わったら彼女たちの部屋に行こう」
「おう。おまえがそう言い出すのを待ってたぜ」
とゼンは即座に答えました。こちらは串に刺してあぶった腸詰めをがぶりとやります――。
すると、誰かが外から部屋の扉をたたきました。
「フルート、ゼン、ちょっといいかい?」
それがつい先ほど別れたメールの声だったので、ゼンはすぐに立ち上がりました。
「なんだ、どうした?」
と扉を開けて、メールの横にポポロまで立っていたので目を丸くします。
フルートとポチも入り口へ飛んでいきました。
「ポポロもメールも、どうかしたのか?」
「ワン、まさかルルの容態が急変したんじゃないでしょうね!?」
メールは首を振り返しました。
「そうじゃないよ。ルルは変わりなしさ。でさ、話ってのは――そら、ポポロ、あんたが自分で言いなよ」
お下げ髪の少女はここでも真剣な表情をしていました。メールに背中を押され、少年たちから見つめられて、思い切ったように言います。
「あの……あのね、あたしたちね、天空王様のところへ行こうと思うの」
「天空王の?」
と少年たちは聞き返しました。空飛ぶ天空の国に住む魔法使いたちの王です。
ポポロは真剣な顔で話し続けました。
「ルルの体はもうすっかり良くなっているのよ。鳩羽さんも、これでどうして元気にならないのか不思議だ、って言うわ。あたしもずっとルルの中を調べていたんだけど、本当に、もうどこも悪くはないのよ。でも、ルルは元気にならないわ。だからね、天空王様にルルを診ていただこうと思うの。あたしたちには原因がわからないけど、天空王様にならきっとおわかりになって、ルルを元気にしてくださるんじゃないかと思って……」
なるほど、と少年たちは納得しました。
「ワン、ルルは天空の国の生き物だから、確かに天空王様に診てもらうのが一番良さそうですね」
「よし、出発はいつだ? 俺たちはもうちょっとで飯を食い終えるから、そうしたらいつでもいいぞ」
やっと展望が開けてきたので、ポチやゼンが張り切り始めると、少女たちはまた首を振りました。
「いや、それがそうじゃないんだよ」
「天空の国には、あたしたちだけで行こうと思うの――」
少年たちは驚きました。ルルを心配する気持ちは自分たちだって同じなのに何故? と思わず憮然とします。
ポポロは顔を真っ赤にしながら一生懸命話し続けました。
「ルルが元気になるのにどのくらい時間がかかるかわからないんだけど、きっとそんなに簡単ではない気がするのよ。あたしたち全員が天空の国に行って、その間にこの前のようにセイロスがまた攻めてきたら大変だわ。だから、フルートたちにはこのまま地上に残っていてほしいの。あたしたちはメールの花鳥で天空の国まで行くわ」
「ワン、花鳥では無理ですよ。空の途中で凍って飛べなくなっちゃう。ぼくが風の犬になってみんなを運びますよ」
とポチが言うと、ポポロは初めて笑顔を見せました。
「それは大丈夫よ。あたしが花鳥に魔法をかけるから……。それに、ポチがいなかったら、どこかで何かあったときにフルートたちが駆けつけられないでしょう? お願い、あたしたちだけで行かせてちょうだい」
そんなふうに懇願されて、ゼンとポチはとまどってフルートを振り向きました。こういうときの判断は、リーダーの彼に任されているのです。
フルートは考える顔をしていましたが、全員に見つめられて口を開きました。
「そうだな……ポポロの言う通りなのかもしれない。セイロスはイシアード兵をひとり残らず捨てて逃げていったけれど、飛竜は全部連れていった。いつまた軍隊を再編して襲ってくるかわからない状況だからな……。ルルのことを君たちに任せてもいいかい?」
すると、ポポロは泣き笑いするような顔になりました。
「もちろんよ。ルルは犬であたしは人間だけど、あたしたちは姉妹なのよ。心配しないで。必ずルルを元気にして戻ってくるわ」
「寒くなって花が少なくなってるから、メノア王妃から温室の花を分けてもらうんだ。強い花鳥が作れるから、道中も心配ないよ」
とメールも言います。どうやらいろいろ手を打ってから少年たちの元へ来たようです。
「わかった。気をつけて行ってきてくれ」
と フルートはうなずきました。
「ワン、ルルをよろしくお願いしますね」
「メール、ちゃんと厚着していけよ。その格好で空を飛んだら凍えちまうからな」
とポチとゼンも言います。
「それもポポロが魔法をかけてくれるから大丈夫だよ。ゼンったら、ホントに心配性なんだからさ!」
とメールはあきれたように肩をすくめました――。