セイロスが飛竜を引き連れてディーラから退却した翌日、ロムド城に到着した勇者の一行は、オリバンたちと一緒に謁見の間(えっけんのま)でロムド王と再会しました。
到着したのはフルート、ゼン、メール、ポポロ、ポチ、ルル、オリバン、セシル、銀鼠、灰鼠、河童、オーダと吹雪、トウガリの十一名と三匹。
それを出迎える側もロムド王、リーンズ宰相、ユギル、ゴーリス、白、青、赤、深緑の四大魔法使い、エスタ国の魔法使いのトーラ、キースとアリアンの十一名でした。
あまり人数が多かったので、とても王の執務室には収まりきらなかったのです。
「ただいま戻りました、父上。大変なご心配をおかけしたうえ、都や城が危機に陥っていたときに駆けつけられず、本当に申しわけありませんでした」
とオリバンがロムド王へ言いました。鎧姿で片膝をついて詫びる姿は、いかにも武人らしい潔さです。
その隣には白い鎧姿のセシルもひざまずいていました。二人の兜は彼らの横に置かれています。
ロムド王はオリバンとセシルへ言いました。
「そなたたちこそ、よく無事で戻った。峠での激戦の様子は赤の魔法使いたちから聞いた。そなたたちが飛竜の来襲をいち早く知らせてくれたからこそ、ディーラは敵に備えることができたのだ。まことにご苦労であった。銀鼠の魔法使い、灰鼠の魔法使い、河童、トウガリ、そなたたちもよくオリバンたちを守ってくれた。オーダ殿も他国の兵ながらよくぞオリバンたちを助けてくれた。心から感謝する」
王から誉めら感謝されて、魔法使いたちとトウガリは喜びながら感謝の礼を返しました。
オーダは王の前で頭をかいて照れます。
「いやぁ、俺もロムド国とは何かと関わりがあるし、乗りかかった船ってやつだったからなぁ……」
四大魔法使いも、部下たちを王から直々に誉められたので、満足そうにうなずいています。
さらに王は話し続けました。
「それで、オリバンの目は? もう大丈夫なのだな?」
「はい。フルートに治してもらったので、また見えるようになりました」
とオリバンは答えて父王を見つめ返しました。その灰色の瞳には光が宿っています。
ロムド王は安心したようにうなずいてフルートへ目を移し、彼がまだ膝をついて頭を深く下げたままでいるのを見て驚きました。兜を脱いでいるので、少し癖のある金髪だけが見えています。
「何をそのようにいつまでも頭を下げているのだ、フルート? 顔を上げなさい」
けれども、フルートはやっぱり頭を下げたままでした。後ろに立つ仲間たちが心配そうに見守っていますが、何も言おうとしません。
代わりにセシルが言いました。
「陛下、フルートは責任を感じているのです。ロムド国やオリバンがセイロスによって危険な目に遭っていたのに、それを知らずに別な場所にいたと言って――」
それを聞いて、一段高い場所に立っていたロムド王は、壇から降りてきました。
自分も片膝をつくと、フルートにかがみ込むようにして言います。
「頭を上げるのだ、フルート。そなたたちに落ち度はない。そなたたちが竜の宝の秘密を知るために、クロンゴン海から闇大陸へ行っていたことはわかっている。だからこそ、我々はセイロスの破壊を免れることができたのだからな」
フルートは驚いて顔を上げました。
「どうしてぼくたちが闇大陸に行っていたことをご存知なんですか? それに、だからセイロスの破壊を免れたっていうのは……?」
それに答えたのはキースでした。
「アリアンの鏡で見ていたんだよ。なにしろ、セイロスが勝ち戦を放り出して、いきなり君たちのほうへ移動を始めたからね。海の上で君たちがセイロスと戦ったことも、その後、闇の森でオリバンたちを守って戦ったことも、陛下たちは全部見てご存知なんだ」
キースの隣ではアリアンがほほえんでいました。口に出しては何も言いませんが、みんなが無事で良かったわ、と表情で伝えています。
すると、リーンズ宰相が尋ねてきました。
「勇者殿たちと一緒だったお二人はどうなさったのですか? お姿が見当たりませんが」
ロムド王たちが事情をすっかり知っているとわかって、勇者の一行は本当にほっとしました。
メールが笑顔になって答えます。
「レオンとペルラのことだろ? あの二人なら帰ったよ。レオンは天空の国の規則で地上の人間とは話せないし、ペルラも長いこと海から離れてると具合悪くなっちゃうからね。レオンがペルラを海に送ってったのさ」
ロムド王は自らの手でフルートを立たせると、穏やかな声で話しかけました。
「セイロスは戦っている間にどんどん闇の力を増していったが、唯一、金の石の勇者たちのことだけは恐れていた。だから、そなたたちが闇大陸へ行っていたと知ったとたん、陥落寸前だったディーラを放り出して、そなたたちに向かっていったのだ。それによって、ディーラも我々も命拾いをした――。不在であったことを恥じる必要はない。そなたたちが不在だったからこそ、ロムドは守られたのだ」
「ユギル殿が予言していたとおりだったな」
とゴーリスが言ったので、隣にいたユギルは黙って一礼しました。占者の長い銀の髪が揺れて光ります。
ロムド王はさらに話し続けました。
「闇大陸というのは実に恐ろしい場所だったようだな。早くルルを治療してやらなくてはならんだろう」
ルルは謁見室でもまだゼンに抱かれていました。自力で立ったり座ったりすることができなかったのです。
リーンズ宰相が王の後を受けて言いました。
「普通の医者ではなく、魔法医が必要ですね。誰にお任せすれば良いでしょうか、白殿?」
「鳩羽が適任と思われます。彼は人間だけでなく、動物の病気にも詳しい医者ですので」
と女神官が答えたので、ルルはさっそく鳩羽の魔法使いの元へ連れていかれました。青の魔法使いがゼンからルルを受け取って運び、ポポロがそれに付き添っていきます。
心配そうに見送るフルートたちへ、ロムド王がまた言いました。
「彼らに任せておきなさい。きっとルルは元気になる。それより、そなたたちも休まなくてはならない。ここまでずっと戦い通し、移動し通しだったのだからな。一眠りして目を覚ましたら、精のつく食事を部屋に運ばせよう」
とたんにゼンは目を輝かせました。
「食事なら今すぐでも全然かまわねえぞ。いつだって俺たちは腹ぺこだもんな」
「やだね、ゼン。俺たちってなにさ? いつも腹ぺこなのはゼンだけだろ?」
とメールが文句を言ったので、ゼンは言い返しました。
「なぁに言ってんだ。食事ってぇと、おまえも人一倍食うくせによ」
「なんだって!? あたいがいつそんなに食べたって言うのさ!?」
「いつも食うだろうが! それとも食事なんかしたことねえとでも言うつもりか!? この前の祭りのときだって、おまえは――!」
「なにさ、いつの話をしてるのさ――!?」
二人が言い合いになってきたので、ゴーリスが雷を落としました。
「ここは陛下の御前だぞ! じゃれるなら自分たちの部屋でやれ!」
たちまちゼンとメールは首をすくめ、王や家臣たちはいっせいに笑いました。叱ったはずのゴーリスも笑い出します。長かった戦闘がようやく終わり、いつもの日々が戻ってきたのだ、と誰もが実感したのです。
「それでは失礼します」
とフルートは挨拶すると、ゼンやメール、ポチと一緒に謁見室を出ていきました。
オリバンとセシルも休息するように言われて退室したので、キースとアリアンがその後を追いかけました。フルートたちはもう部屋に行ってしまっていたので、オリバンたちと話をしながら通路を歩いて行きます。
「赤もだ。銀鼠たちを他の魔法使いたちが心配しているだろう」
と白の魔法使いが言ったので、赤の魔法使いは部下の魔法使いたちを連れて消えていきました。赤の部隊の詰め所へ飛んだのです。
オーダも宰相が呼んだ侍女の案内で部屋に休みに行きました。侍女が美人だったので、オーダは鼻の下を長くしていました。吹雪があきれ顔でついていきます。
後にはロムド王とリーンズ宰相、ユギル、ゴーリス、白と深緑の魔法使い、トウガリ、エスタ国の魔法使いのトーラという顔ぶれが残ります。
退出した人々の足音や話し声が遠ざかって聞こえなくなると、ロムド王はおもむろに話し出しました。
「このたびの戦闘は勇者たちのおかげで最悪の結末を免れることができた。だが、まだ安心することはできん。セイロスはまだ強大な戦闘力を抱えているからだ」
すると、それまでずっと黙っていたトーラが口を開きました。
「エスタ城にいる弟のケーラから、先ほど連絡が入りました。我が国の北西部で、上空を飛びすぎていく飛竜の大軍が目撃されたそうです。西のほうから飛んできて北へ飛び去ったというので、セイロスが我が国の上空を迂回してイシアード国へ戻ったのだろうと思われます」
ロムド王はうなずき、考え込みながら話し続けました。
「我々はセイロスを撃退したが、奴はいまだに百頭を超す飛竜を抱えている。世界中のどの国も、空からの攻撃には非常に弱い。セイロスが再び空から攻撃をしかけてきたら、たちまちまた危機に陥るだろう」
すると、トウガリも言いました。
「サータマン王が東へ大量の軍馬を送ったという情報もつかんでおります。サータマンは東のイシアードの後ろ盾になろうとしているのかもしれません」
「サータマン国とイシアード国が連合してセイロスを応援しようとしているのですか! かの者の正体は闇の竜だというのに!」
と白の魔法使いが怒りをあらわにすると、深緑の魔法使いが言います。
「目先の欲に目がくらんだ連中は、自分の身が食われていることにも気がつかんのじゃよ。愚かなことじゃ」
すると、ユギルが厳かに言いました。
「出動しているワルラ将軍の部隊を、一刻も早く呼び戻してくださいますように。どこで、という場所まではまだわかりませんが、次なる大きな戦闘の予感が強まっております」
老将軍のワルラはこの場にはいませんでした。当初はセイロスがテト国を襲うと考えられていたので、大軍を率いてテト国に向かっていたのです。
すると、トウガリがまた言いました。
「将軍は事態を知って、すでにロムドへ引き返している途中です。私は闇の森に入る手前のエスタ領内で、将軍の部隊を追い越しました。それで、森の中でランジュールに襲撃されたときにも、ワルラ将軍の部隊がいる方角へ逃げようと考えたのです。結局、将軍の部隊に合流する前に、フルートたちに助けられたのですが」
なるほど、とロムド王はうなずき、改めて一同を見回しながら重々しく言いました。
「勇者たちが自分の秘密に迫ったというので、セイロスは危機感を強めて、一刻も早く決着をつけようとするだろう。ディーラから撃退したからと言って、決して安心はできぬ。皆、最大限に周囲へ情報網を張り、不穏な動きや気配に敏感になって、敵の襲撃に備えるのだ」
「御意!!」
と家臣たちはいっせいに返事をしました。エスタ国の魔法使いのトーラもロムド王へ深く頭を下げます――。
それと同じ頃、フルートたちは自分たちの部屋で休もうとしていました。
メールは自分の部屋に行き、ゼンはベッドに倒れ込んだとたん、大いびきをかき始めました。フルートも自分のベッドに横になります。
ポチはフルートのベッドの下に潜り込んで丸くなりました。ルルのことはとても心配でしたが、鳩羽の魔法使いやポポロがいるからきっと大丈夫、と自分に言い聞かせて目をつぶります。
ベッドの上は静かでした。フルートももう眠ってしまったのでしょう。ポチも眠りに落ちていこうとします。
すると、頭上からつぶやくようなフルートの声が聞こえてきました。
「やっぱり確かめなくちゃいけない。もう一度行かなくちゃ……パルバンに……」
ポチは思わず跳ね起きました。
「ワン、今なんて言ったんですか?」
とベッドの下から這い出して尋ねますが、フルートの返事はありませんでした。
たぬき寝入りか、それとも本当に寝てしまったのか。静かな寝息の音だけが、ベッドの上から聞こえていました――。
The End
(2016年4月19日初稿/2020年5月2日最終修正)