オリバンはフルートが金の石を押し当てると、すぐに目が見えるようになりました。
トウガリやセシル、オーダや吹雪も戦闘で大小の傷を負っていたので、次々と金の石で治してもらいます。
灰鼠と河童も凍った泥流のせいで軽い凍傷を負っていましたが、こちらは銀鼠が魔法で治療をしました。
「ほら、これでもう大丈夫よ。間に合って本当によかったわ。あのまま泥に押し流されていたら、殿下は人質にされたし、あんたたちは全員おだぶつだったわよ」
「セイロスの魔法が強すぎて、全然止められなかったんだよ」
「おらもだ。水っこがちっとも言うこと聞いてくんにがったからな」
と灰鼠と河童は口々に言いました。全員が無事だったので、本当にほっとした顔をしています。
レオンは一帯で凍りついていた灰の泥を魔法で消していきました。元の森はよみがえってこなかったので、土がむきだしになった空き地が森の中に広がります。
フルートは瀕死だったトウガリの馬も金の石で癒やすと、一行の元へ連れてきました。
地面に座り込んで周囲を見回すオリバンの前に立つと、うなだれてしまいます。
「すみません、オリバン」
ロムドの皇太子はフルートを見上げました。今にも泣き出しそうな顔を見て聞き返します。
「何故謝るのだ。我々はおまえたちに助けられたというのに」
「肝心なときに不在にしていたからです。こんなとんでもない状況になっていたのに……」
フルートは唇をかみました。悔しさと後悔の涙が頬を伝い始めます。
すると、勇者の一行が話し出しました。
「俺たちには、たった三日だったんだよ」
「ワン、二つの世界の間で時間の流れが違っていたんです。戻ってきてみたら、こっちの世界ではもう三カ月もの時間が過ぎていたんです」
「おまえらはどこに行っていたんだ? それに、そっちの二人は誰だ?」
とトウガリが聞き返したので、メールが答えました。
「天空の国の魔法使いのレオンと、海王の三つ子のひとりのペルラだよ。あたいたちと一緒に封印された闇大陸へ行っていたんだ」
セシルは身を乗り出しました。
「闇大陸! ということは、例のデビルドラゴンの宝を探しに行っていたのか! 宝は見つかったのか!?」
フルートは黙って首を振りました。悔し涙はまだ止まりません。
ポチが代わりに答えました。
「ワン、竜の宝を隠したっていうパルバンは、恐ろしい魔法の風が吹く、とんでもない場所だったんです。おかげでルルが――」
それを聞いて、オリバンたちもようやくルルの具合が悪いことに気がつきました。茶色の雌犬はぐったりした様子でポポロに抱かれています。
ところが、そのルルが頭を上げて言いました。
「大丈夫だって言ってるじゃない。少し休めば元気になるわよ……。それよりロムド城に早く行かなくちゃ。セイロスがまた襲いに行ったんでしょう? ぐずぐずしていられないわよ……!」
フルートは、はっと顔を上げました。悔し泣きしている場合ではなかったのです。急いでディーラへ駆けつけなくてはなりません――。
すると、レオンが急に一行を止めました。
「待った、どうやら急ぐ必要はなさそうだぞ」
「え、どうしてさ!?」
「セイロスはロムド城へ飛んでったんだぞ。やべぇだろうが!」
と仲間たちは憤慨しますが、フルートはレオンが遠い目で西を見ていることに気がつきました。
「ロムド城が見えているんだな!? どんな様子なんだ!?」
「セイロスが城の近くに現れた。でも、ちょっと面白いことになっているんだ」
とレオンは言い、魔法使いの目に映る光景を一同に話し出しました――。
セイロスはディーラに近い空中に姿を現し、一帯を見渡して眉をひそめました。
彼がこの戦場を離れたとき、ディーラは飛竜部隊の攻撃でぼろぼろになり、黒い魔法で破壊されようとしていました。都が陥落する寸前に、セイロスはフルートたちがいる海へ移動してしまったのですが、飛竜部隊はギーの指揮の下で戦い続けているはずでした。魔法の障壁に守られた都を直接攻撃するのは無理でも、近郊の町や村を攻撃することは可能なはずです。
ところが、彼が戦場に戻ってきたとき、空に飛竜はほとんど見当たりませんでした。代わりに鋭い竜の鳴き声と人の悲鳴が、地上付近から響いてきます。
そちらを見たセイロスは、ぎょっとしました。飛竜が翼を広げて地上すれすれの場所を飛んでいたのですが、竜が追いかけているのは、つい先ほどまで飛竜を操っていたイシアード兵だったのです。
イシアード兵は死にものぐるいで飛竜から逃げていましたが、すぐに飛竜に追いつかれました。背中から竜に食いつかれて倒れると、たちまちそこに数頭の竜が集まってきて、一緒に兵士を引き裂いてしまいます。
地上ではそんな光景が至るところで繰り広げられていました。飛竜が自分に乗っていたイシアード兵を襲っているのです――。
「いったい何事だ、これは!?」
とセイロスが思わずどなると、どこからか空飛ぶ馬が現れて、ギーの歓声が響きました。
「セイロス! セイロスなんだな!? ああ、よかった! 戻ってきてくれた――!」
ギーが涙を流して泣き出したので、セイロスはまたどなりました。
「何故、飛竜が兵を襲っている!? いったい何があった!?」
「飛竜が腹を減らしたんだよ」
とギーは腕で涙を拭いながら答えました。
「ところが、敵の奴らが家畜を隠してしまったから、このあたりでは餌がほとんど見つからなかった。そうしたら飛竜が暴れ出して、兵士を背中から振り落として襲い始めたんだ。前にランジュールが言っていた通りになってしまったんだよ」
なに!? とセイロスは言って歯ぎしりしました。以前ランジュールから聞かされたことばを思い出したのです。
「セイロスくんは急がば回れって諺を聞いたことがないのぉ? お腹がすいた飛竜が兵隊さんを食べちゃったって知らないよぉ……?」
けれども、そのランジュールも今はもうここにはいませんでした。ランジュールに命じて飛竜をおとなしくさせることができません。
「森だ!」
「森の中に逃げ込めぇ!」
イシアード兵たちは口々に言いながら森へ飛び込んでいました。飛竜が森の中に入れないことに気がついたのです。死にものぐるいで森の奥へと逃げて行きます。
すると、何頭かの飛竜が空にいるセイロスやギーを見つけました。キィィィと鳴くと、舞い上がって襲いかかってきます。
「くだらん! くだらん状況だ!」
セイロスは怒りを込めてどなると、群がってくる飛竜をにらみつけました。
「控えろ! 私を誰だと思っている!?」
とたんにセイロスの長い黒髪が広がって巨大な竜を形作り、飛竜たちはぴたりと停まりました。空中で羽ばたきながら、怯えたようにセイロスを見つめます。
セイロスは地上の飛竜たちにも命じました。
「来い! 腹が減っているならここに集まるのだ!」
すると、地上でイシアード兵を追いかけ回していた竜たちも、次々空に舞い上がってセイロスの周りに集まってきました。どれも背中には空っぽの鞍を乗せています。ロムド城の魔法軍団にかなりの数を撃墜されましたが、それでも百頭以上生き残っていました。
声もあげずに見つめてくる飛竜たちに、セイロスは言いました。
「おまえたちをもっと巧く使いこなせる奴を見つけてやろう。もちろん餌もやる。ついてこい!」
とたんにばさばさと羽音がいっせいに湧き上がりました。飛竜たちがセイロスに向かって飛び始めたのです。
セイロスは、その中でもひときわ大きな飛竜の上に現れ、首元の鞍に座って手綱を握りました。
「行くぞ! ギーもだ! ついてこい!」
「あれ? そういえばランジュールはどうしたんだ、セイロス……?」
とギーが尋ねていましたが、その声もすぐに遠ざかってしまいました。セイロスはギーと飛竜を引き連れてディーラから離れていったのです。その髪はまた元の長い黒髪に戻っていました。飛竜の大軍と共にどこかへ飛び去っていきます――。
「行きましたな」
と言った青の魔法使いに、深緑の魔法使いがうなずきました。
「ああ、行った。セイロスがまた戻ってきたときには、どうなることかと思ったがの。セイロスめ、兵士を残して飛竜だけ連れて行きおったわい」
すると、白の魔法使いがそれに応えて言いました。
「飛竜は飢えていた。陛下が都の周りの農民に家畜を隠すようにお命じになったからだ。イシアードの兵士たちには飢えた竜を制御できなかったんだ」
四大魔法使いが守りの塔から見守る間に、セイロスと飛竜たちは完全に見えなくなりました。それきり姿を見せなくなります。
魔法使いたちは、ほっと肩の力を抜きました。戦闘がやっと終結したことを確信したのです。
赤の魔法使いは先ほどからずっと床に座り込んで休んでいましたが、ようやく体力が回復してきたので立ち上がりました。急に聞き耳を立てるような様子になると、一言二言何かを言ってから、仲間たちへ話しかけます。
仲間たちは驚きました。
「なんと! 勇者殿たちがこちらへ向かってくると、銀鼠たちが言っているのですか!?」
「勇者の一行は殿下たちと一緒じゃったのか」
「そんな報告はまったく聞いていなかったが、いつの間に。だが、よかった」
と女神官は言うと、すぐにまた厳しい声になって魔法軍団へ呼びかけました。
「セイロスと敵の飛竜部隊は、竜の乗り手のイシアード兵を置き去りにして退却していった! 城の外へ出てイシアード兵をひとり残らず捕まえろ!」
「了解!!!」
どこからともなく大勢の返事が聞こえてきました。魔法軍団がいっせいに返事をしたのです。
「どれ、私も応援に行きますか」
と武僧も守りの塔から消えていきます。
やれやれ、と老人は腕組みしました。
「これでようやっと本当に戦闘は終結じゃな。ディーラや陛下たちがご無事で本当によかったわい」
「ダ」
とムヴアの魔法使いも賛成します。
「あとは殿下や勇者殿たちがお戻りになるのを待つだけだな」
と女神官は言って窓の外を眺めました。そっと浮かべた笑顔を、夕日混じりの赤い光が照らしました――。