「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第24巻「パルバンの戦い」

前のページ

第27章 泥流

91.不和

 飛竜と合体したランジュールはオリバンたちを探して森を見回していました。

 見通しがきかないので空へ舞い上がりますが、木々の梢が緑の絨毯のように広がっていて、やはり見つけることができません。

 ランジュールはぶつぶつ文句を言いました。

「嫌んなっちゃうなぁ、ホントにぃ。皇太子くんたちがめーないちゃんの鼻を火傷させたから、いつもみたいに匂いで見つけられないし、飛竜は翼を完全にたためないから、枝に引っかかっちゃって森にもはいれないしぃ。どぉしたらいいかなぁ。ここまで追い詰めたのに逃げられるなんて、ありえないよぉ」

 けれども、オリバンたちは木々の密集しているところを選んで通っているので、ランジュールにはやっぱり見つけることができませんでした。まだ近くにいるのか、もう遠く離れてしまったのか、それさえもわかりません。

「ううん。こぉなったら、森の出口で待ち伏せよぉ。どうせ皇太子くんたちはロムド城に向かうんだから、森の西側で待ってれば、必ず出てくるよねぇ」

 その声は風に乗ってオリバンたちの元にも届きました。

「しめた、奴は俺たちと反対のほうへ行くようだぞ」

 とオーダが言ったので、灰鼠がささやき返しました。

「静かに。話し声を聞きつけられたら見つかる」

 そこで彼らはいっそう物音に気をつけながら、森を進んでいきました。トウガリも、馬が足音を立てないような場所を選んで進んでいきます。

 飛竜は西へ飛び始めます――。

 

 ところが、飛竜の目の前に、なんの前触れもなくセイロスが現れました。

 限りなく黒に近い紫水晶の鎧兜を身にまとい、地面に立つように空中に立っています。その背中にもうコウモリのような翼はありませんでした。長い黒髪は兜の後ろから背中へと流れています。

「こんなところにいたのか、ランジュール! ここで何をしていた!?」

 とセイロスからいきなりどなられて、ランジュールは目を丸くしました。

「あれれぇ、キミこそどぉしたのさぁ。勇者くんたちを追いかけて海に行ったんじゃなかったけ? あ、もしかして、また勇者くんたちに負けちゃったのかなぁ?」

 からかうような口調になったランジュールを、セイロスはにらみつけました。

「私が負けたりするものか。それより、おまえはここで何をしているのだ!? ギーと一緒にロムド城を攻撃しているはずではなかったのか!」

「なぁに言ってるのさぁ。キミがボクのみーちゃんを吸い取って急に東へ向かっていったから、みーちゃんを返してほしくて追いかけてきたんだよ。あれ、そぉいえば、ボクのヒンヒンちゃんもいないね? ヒンヒンちゃんはどぉしたのぉ?」

 ランジュールがヒンヒンちゃんと呼んでいるのは、セイロスが乗っていた空飛ぶ馬のことです。

 セイロスは冷ややかに答えました。

「馬ならば死んで海に沈んだ。だからおまえを探していたのだ。私が乗るための新しい魔獣を準備しろ。空を移動できて速いことが条件だ」

 一方的に命令するセイロスに、ランジュールは目をむきました。思わず飛竜の頭から上半身を乗り出して言い返します。

「ヒンヒンちゃんが死んだってぇ!? ちょっと、セイロスくん! キミってどぉしてそぉなのぉ!? ボクが捕まえてくる魔獣を片っ端からダメにしていってさぁ! ボクがどれだけ苦労して魔獣を手に入れて訓練してるか、わかってるぅ?」

 けれども、幽霊の苦情にもセイロスは表情ひとつ変えませんでした。

「私が乗れる魔獣がないのか。では、その飛竜を使う。こちらへよこせ」

 ランジュールはひとつきりの目をぎらりと光らせました。飛竜の頭の中に戻って行くと、顔だけをのぞかせて言い返します。

「ざぁんねんでした。この飛竜は生まれつき目が見えないめーないちゃんだよ。セイロスくんの魔法でも目が見えるようにできなかったじゃないかぁ。ボクがいなけりゃ、めーないちゃんは空も飛べないんだよぉ」

「ああ、そういえば、一頭だけ闇に近いために盲目の飛竜がいたな。あれか――。加減が面倒だが、この際そんなことは言っていられん。それをよこせ、ランジュール。私の竜にする」

「だから、それは嫌だって言ってるじゃないかぁ! セイロスくんったら、お年のせいで耳が遠くなってるんじゃないのぉ!? これはボクのめーないちゃん! 今、森に逃げ込んだ皇太子くんを探してるとこなんだから、邪魔しないでよね!」

 怒って言い返すランジュールは、セイロスに新しい情報を与えてしまっていました。

 泰然としていた顔が表情を変え、ランジュールへ身を乗り出します。

「今、なんと言った!? 皇太子というのは、ロムドの皇太子のことだな!? そうか、奴は生きていたのか! では、なおさら好都合だ――」

 

 セイロスがオリバンを探して森を振り向いたので、ランジュールは飛竜の首をぐんと伸ばして、セイロスの目の前に回り込みました。

 いぶかしそうに聞き返します。

「キミこそ、今なんて言ったぁ? 皇太子くんが生きていたのか、ってどぉいうことさぁ? まるで皇太子くんを殺したつもりだったみたいじゃなぁい? まさか――ねぇ――皇太子くんの目が見えなくなったのって、セイロスくんのしわざぁ? もしかしたらもしかして、この前の砦に皇太子くんたちがいたってわけぇ? どぉしてボクにそれを教えなかったのかなぁ?」

 ランジュールは話しながら確信する声になっていました。テト国とエスタ国の間の峠の砦でセイロスが戦闘を繰り広げたとき、ランジュールは幽霊よけの護符のために砦に近づくことができませんでした。彼がのけ者にされている間に、セイロスは砦にいたオリバンたちと戦い、彼らを全滅させたつもりでいたのだと察したのです。黙り込んだセイロスを見て、ふぅん、と言います。

「ボクは最初から言ってたよねぇ? ボクの望みは皇太子くんと勇者くんを美しく殺して魂をいただくことだ、って。そのためにずっと協力してたコトも、キミはよく知ってたよねぇ? そ・れ・な・の・に――ボクに一言も知らせずに皇太子くんと戦って殺してたってわけぇ? 皇太子くんが助かってなかったら、魂は今ごろとっくに黄泉の門をくぐって死者の国に行ってたよ。ボクのものにならずにさぁ。それって、ねぇ、セイロスくん、裏切りって言わないかなぁ? 仲間のはずのボクを裏切って、ボクの大事な魔獣たちも片っ端から死なせて――ねぇ、それでもまぁだボクを仲間だなんて思ってるのぉ?」

 ランジュールの声は妙にねちっこくなっていました。絡みつくように尋ね、首をくねらせながらセイロスの顔を見つめます。剣呑(けんのん)な雰囲気が漂っていますが、セイロスは平然と答えます。

「戦いに勝利するためには、時に味方も欺くことも必要だ。その飛竜をよこせ、ランジュール。ロムドの皇太子を見つけ出して人質にしたら、急いでロムド城へ戻るぞ」

 

 それを聞いて、ランジュールは、はっ! とあきれたように笑いました。すぅっと飛竜の中から抜け出してきて言います。

「セイロスくんは、ほぉんとにお馬鹿さんだねぇ。そぉやって命令すれば、世界中の誰もが言うことを聞くと信じてるんだから。数少ない大事な味方まで味方にしておけないくせしてさぁ。でもまぁ、それもしょぉがないかぁ。だって、キミの正体は闇の竜のデビルドラゴンだもんねぇ。闇ってのは、いつだって自分だけしか信じてなくて、他のものはみんな利用するだけ利用したら消していくんだもんねぇ。はい、めーないちゃん、戻った戻った。このままここにいたら、めーないちゃんまでセイロスくんに消されちゃうからねぇ。ついでに、ボクも逃げちゃおうっと。じゃぁねぇ、セイロスくん。ひとりで世界征服をがんばってねぇ――」

 ランジュールは一方的にそれだけ話すと、ひらひらと手を振りました。とたんに巨大な飛竜はかき消すように見えなくなり、ランジュール自身も薄れて消えていきました。うふふふ……と女のような笑い声が遠ざかります。

「待て、ランジュール! まだ用件はすんでいないぞ!」

 とセイロスはどなりました。

 すると、ランジュールが再び空中に現れました。セイロスに呼び戻されてしまったのです。

「おまえは私の家来だ。家来が王を裏切ることは許さん」

 とセイロスの声が空に響きます。確かにそれは王者の声でした。

 けれども、ふふんとランジュールは笑いました。セイロスの目の前で透き通った指をくるくる回してみせると、ひょいと背後を示して言います。

「皇太子くんたちはあのあたりに隠れてるからね。逃げられないうちに早く見つけて捕まえたほぉがいいよぉ」

「なに?」

 セイロスが思わずそちらへ目を向けた瞬間、ランジュールはまた姿を消してしまいました。それきりもう現れません。セイロスの隙を突いて逃げてしまったのです。

 

 セイロスは、ぎりっと歯ぎしりしましたが、すぐに冷静さを取り戻してつぶやきました。

「いい。どうせ最初から信用できない奴だった。それよりロムドの皇太子だ。皇太子を人質にすれば、ロムド城の戦闘が有利になる」

 今になってこんなことを言っているのは、それだけセイロスが追い詰められてきている証拠でした。ぐずぐずしていれば、東からフルートたちがやってくる。セイロスにはそんな確信があったのです。

 空に浮いたセイロスの下には、濃い緑の森がうっそうと広がっていました。闇の森と呼ばれて長年恐れられ、ほとんど人の手が入らなかった原生林です。この中からオリバンを探し出すのは、セイロスにも手間のかかることでした。

「えぇい、時間が惜しい! 私の行く手を邪魔するものは徹底的に排除するだけだ!」

 セイロスが手を向けたとたん、その向こうで森が色を失って白くなり始めました。波紋のように広がり、土砂降りの雨に似た音を立て始めます。火事があったわけでもないのに、森の木々が一瞬で白い燃えがらに変わり、自分の重さで崩れ始めたのです。

 木々は崩れて白い灰になり、煙のようにもうもうと立ち上りました。闇の森が崩れて一面灰の煙になっていきます。

 すると、その一カ所からいきなりつむじ風が湧き起こりました。風が灰の煙を追い払っていきます。

 その中心には半球形の魔法の障壁があって、中に数人の人々が立ちつくしていました。オリバンとトウガリ、セシル、灰鼠、オーダと白いライオンの吹雪――。魔剣でつむじ風を起こしたのはオーダでした。灰鼠にどなられています。

「ぼくが障壁を張るから大丈夫だって言ったじゃないか! それなのに風を起こしたりして! おかげで見つかったぞ!」

「馬鹿言え、その前にみんな灰を吸って苦しんでただろうが! 俺は命の恩人だぞ! 感謝しろ!」

 とオーダが言い返したので、灰鼠と口論になります。

「そこにいたか」

 とセイロスは言うと、空中から姿を消し、すぐに一行の前に現れました。

 灰鼠は口論をやめて杖をかざし、オーダとセシルも剣を構えました。その後ろにはトウガリと一緒に馬に乗ったオリバンがいます。オリバンは自分の剣を握っていますが、相変わらず何も見ることができません。

 灰鼠が守りの障壁を強めたのを見て、セイロスは冷笑しました。

「こんなもので私を防げると思っているのか。いくらグルの魔法でも力不足だぞ」

 セイロスは無造作に手を伸ばして、灰鼠の障壁に触れました。とたんに障壁がしぼんで消えていってしまいます。

 オーダは大きく踏み出して風の剣を振りました。

「そぉら、退魔旋風剣――!」

 ごごぅ、とまたつむじ風が生まれました。セイロスめがけて突進していきます。

 ところが、それが到達する前にセイロスは消えました。どこにも姿が見えなくなってしまいます。

「奴はどこだ!?」

「どこに行った!?」

 セシルたちがあわてて敵を探していると、いきなり吹雪が馬の後ろへ走りました。とたんに何かに弾かれて、地面に激しくたたきつけられます。

「吹雪!?」

 オーダは驚き、馬の後ろに巨大な影が現れているのを見て息を呑みました。

 煙のように立ち上る灰に映った影は、四枚翼の竜の形をしていました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク