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第24巻「パルバンの戦い」

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90.味方

 口の中をオリバンの剣に貫かれて、飛竜は飛び上がりました。

 まだ剣が突き刺さっていたので、頭を振り回し、剣と一緒にオリバンを振り飛ばしてしまいます。

「殿下!」

 灰鼠はとっさにまた杖を振りました。オリバンが森の木に激突する前に魔法で受け止めます。

 ランジュールは飛竜の体で足踏みしながらわめきました。

「痛い、痛い、痛ぁいぃぃ!! なぁんてコトするのさ、皇太子くん! 口の中を怪我しちゃったじゃないかぁ!」

 ランジュールは地上からの攻撃を防ぐために飛竜の体を頑丈にしていましたが、口の中まで鍛えることはできなかったのです。よろめきながら立ち上がったオリバンを、半泣きの顔でにらみつけます。

「キミってほんとに意地悪だよねぇ! せっかく幽霊になって痛いとか苦しいとか感じなくなってたのに、またこんなひどい目に遭わせるなんてさぁ! 怒った! もぉ怒った! キミを殺したら、その後周りのみんなも全滅させちゃうから! 全員まとめてめーないちゃんのご飯に決まりだよ――お?」

 背後からいきなり馬の蹄の音が聞こえてきたので、ランジュールは驚いて振り向きました。

 彼らの下には道があり、東西に延びていましたが、その東のほうから馬が近づいてきたのです。みるみる蹄の音が大きくなって、馬に乗った長身の男性が現れます。

 男性は巨大な飛竜を見ても驚く様子がありませんでした。さらに突進してきます。

「あれ、キミだぁれぇ?」

 ランジュールがいぶかしがっていると、その顔の真ん中にいきなり丸いものがぶつかりました。男性が急に馬を停めて投げつけたのです。とたんに強烈な光が広がり、あたりが真っ白になります――。

 

 飛竜は光に目がくらんで立ち往生しました。

 セシルやオーダも目の前が真っ白になって何も見えなくなってしまいます。丸いものは光玉だったのです。反射的に目をおおいます。

 男性は馬の頭から自分の上着を払いのけると、まっすぐオリバンへ走りました。鞍から飛び降り、オリバンを助け起こしながら言います。

「殿下、しっかり! お怪我はありませんか!?」

「その声はトウガリか。何故こんなところにいる?」

 とオリバンは聞き返しました。目くらましの光玉が破裂しても、オリバンは目が見えないのですから、まるで影響なかったのです。

 ロムド城の道化間者は、今は化粧も派手な衣装もない普通の旅姿でした。ひょろりとした体は人並み以上に長身ですが、それ以外はこれといって目立つ特徴のない、ごく平凡な格好です。

 トウガリは話し始めようとして、オリバンの視線があらぬ方向を向いていることに気づきました。オリバンの顔の前で手を振っても反応しないのを見て、顔色を変えます。

「殿下、目が――」

 と言いかけ、すぐにオリバンを馬の上へ押し上げると、自分はその後ろにまたがりました。

「詳しい話は走りながらいたします。今はこの場を逃げましょう」

「ならん! セシルたちはどうするつもりだ!?」

 とオリバンが手綱をつかんで引こうとしたので、トウガリは言い続けました。

「大丈夫です。妃殿下には灰鼠殿がついております。――妃殿下、森へお入りください! 飛竜は森の中に入ることはできません!」

 セシルのそばには灰鼠の魔法使いがいて、光玉にくらんだ目を魔法で癒やしているところでした。目が見えるようになったセシルはすぐに道を外れて森に逃げ込みました。同じように目を治してもらったオーダも、吹雪や灰鼠と森に飛び込みます。

「ちょぉっとぉ! ドコにいるのさぁ、皇太子くん!? ああもぉ、生身の体に入るのって嫌んなっちゃうなぁ! 刺されれば痛いし、目くらましで目は見えなくなっちゃうしぃ!」

 とランジュールはわめいていました。飛竜が暴れ回っていますが、何も見えていないので、地響きを立てながら周囲の木々をへし折っているだけです。

 

 トウガリも馬を森に駆け込ませると、背後の気配に注意しながら話し始めました。

「ご無事でなによりでした、殿下。私は陛下のご命令でサータマンの動向を探っておりましたが、サータマン王が軍馬を買い集めてイシアード国へ送り出したと聞きつけたので、セイロスはイシアード国にいると踏んで東に向かっていたのです。ところが、エスタ国に入ったところで、上空を飛竜の大軍が西へ向かって飛んで行った、という噂を聞きつけ、急いでディーラへ戻るために闇の森の道を通っておりました。東の街道を行くより、こちらのほうが近道なのです。行く手で怪物と魔法使いが戦っているようだとは思いましたが、近くに来てみれば殿下たちだったので本当に驚きました」

「そうか。奇遇だが助かった」

 とオリバンは言い、ランジュールのわめき声へちょっと耳を澄ましてから続けました。

「奴を振り切って城へ戻らねばならん。セイロスの飛竜部隊と激戦になっているはずなのだ。武器はあるか?」

 オリバンはこの状況でもまだ自分の大剣を握り続けていましたが、もう一本の剣は森の道へ置き去りにしていました。鎧兜は身につけていますが、それ以外の武器防具は何もありません。

 トウガリは答えました。

「残念ながら、私も護身用の剣を一本持っているだけです、殿下。光玉も先ほどの一発だけでした。ですが、東から我々の味方が参ります。そちらへ逃げるのが得策です」

「我々の味方だと? 何者だ?」

 とオリバンが聞き返しているところへ、セシルや灰鼠、オーダや吹雪が駆けつけてきました。

「トウガリ、どうしてあなたがここにいるんだ!? サータマン方面を調べに行っていたはずだろう!?」

 とセシルに尋ねられてトウガリは一礼しました。

「馬の上から失礼いたします、妃殿下――。セイロスがイシアードと手を組んだ噂を聞きつけて東へ向かう途中、飛竜の大軍を見かけて、城へ戻っていました。殿下や妃殿下の窮地に駆けつけられて幸運でした」

「あののっぽさんは誰だ? ロムド王の家来か?」

 とオーダは灰鼠に尋ねていました。

「そうだよ。彼はトウガリ殿。普段は王妃様付きの道化だけれど、正体は城で一番優秀な間者さ」

 と魔法使いが答えたので、トウガリは苦笑しました。

「そういうことは、できるだけ内緒にしておいてほしいんですがね、灰鼠殿。こっちは隠密行動が基本の仕事ですから」

「あ、す、すまない――」

 と灰鼠は頭をかきました。そばに姉の銀鼠がいたら、「なんて馬鹿なことを言うの! 軽率よ!」と叱り飛ばされたかもしれません。

 オリバンは一同に言いました。

「トウガリが言うには、東から我々の味方が来るらしい。私はこの通りの体だ。城まで逃げ切るのはとても無理だろうから、東へ行くぞ」

「ということは、闇の森を引き返すってことか」

 とオーダは言い、セシルと灰鼠は異口同音に尋ねました。

「東からの味方というのは?」

「いったい誰が……?」

 

 ところが、オリバンが急に、しっと言いました。それまで暴れ回っていた飛竜が、突然静かになったのです。ピピ、チチチ、という鳥の声が急に大きくなったように感じられます。

「いったいどうしたんだ?」

 とトウガリは飛竜が見える場所まで慎重に馬を進めました。セシルたちはその後に続きます。

 見れば、飛竜はまだ森の中の道にいました。周囲の木々はへし折られなぎ倒されていますが、もう暴れるのはやめてしまっています。

 その上に幽霊のランジュールが立っていました。飛竜の頭から抜け出したのです。透き通った両腕を組んで、ひとりごとのように話しています。

「そぉそぉ。ボクは幽霊なんだから、目くらましされたってホントは平気なんだよねぇ。めーないちゃんだって、元々目が見えないんだから、基本的には目くらましは平気。こぉしてボクが一度幽霊に戻って、それからまためーないちゃんに戻ればぁ――」

 ランジュールの体が、すぅっと飛竜に吸い込まれていきました。すぐにその長い首の先端にランジュールの顔が現れて、にんまりと笑います。

「ほぉら、また見えるようになったぁ! ボクってやっぱり頭がいいなぁ。天才魔獣使いだよね、うふふふふ……」

 それを聞きつけて、トウガリは言いました。

「奴が視力を取り戻しました。東へ逃げましょう」

「セシル、管狐に乗れるか?」

 とオリバンが尋ねたので、セシルは首を振りました。

「管狐は先ほどの戦闘で負傷した。時間がたてば治るが、今は大狐になるのは無理だ。私たちは歩いていく」

 そこでトウガリはオリバンを乗せた馬で移動を始めました。その後をセシルと灰鼠とオーダと吹雪が追いかけます。

「皇太子くん! 愛しの皇太子くんはどぉこぉ!?」

 闇の森にランジュールの声が響いていました――。

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