闇大陸の入り口があった海域から西に向かったフルートたちは、海風に乗って飛び続け、やがて陸にたどり着きました。
濃い緑の森におおわれた大地に上陸しながら、ビーラーが言いました。
「ずいぶん速かったぞ。普通なら丸一日以上かかるはずなのに」
「ワン、後ろからずっと風が吹き続けていたからですよ。おかげでものすごく時間が短縮できたけど、本当に速かったな」
とポチも驚いていると、ペルラが言いました。
「父上と叔父上がずっと風を送ってくれていたのよ。あたしたちを一刻も早く陸に送り届けるために」
「うん。ずっと父上たちの匂いがしてたよね。応援してくれてるんだ」
とメールも笑顔になります。
けれども、フルートは厳しい顔で行く手を見つめ続けていました。
「ぼくたちは三カ月もの間、この世界を不在にしていた。セイロスが攻撃の準備を整えるのには充分な時間だ。ロムドを襲撃した飛竜兵の大軍っていうのは、どのくらいの規模だろう? 戦闘はいつから始まってどのくらい続いているんだ? こんな状況になっていたのも知らずに、ぼくは闇大陸で――」
フルートが自分自身を責め始めたので、ゼンが後ろから言いました。
「しょうがねえだろう。こっちとあっちで時間の流れが違うなんて、俺たちは誰も知らなかったんだからよ。それに、まだ遅すぎちゃいねえはずだ。焦るな」
「そうだ。セイロス自身は海にやってきて、ぼくたちと戦ったんだからな。ということは、セイロスがロムドでの戦争を放り出してきたってことだ。きっとロムドはまだ大丈夫だよ」
とレオンも言います。
すると、フルートはレオンを鋭く振り返りました。
「君の魔法使いの目でロムドの様子が見えているのか? ポポロもだ。君たちはさっきから何度もロムドのほうを透視しているけれど、何も言わないじゃないか。どうしてだ?」
切り込むような質問にレオンとポポロは息を呑みました。
「あなたにはさっきから見えてたの? どうして教えてくれないのよ!」
とペルラもレオンの後ろから身を乗り出します。
いや……とレオンは口ごもりました。
「よく見えないんだよ。ロムド国のあたりまでは見通せるんだけれどね、その先になると急に……」
すると、ポポロも言いました。
「セイロスが闇の結界を張っているわけじゃないのよ。ただ、ロムド国のあちこちに、強烈な闇の残滓(ざんし)があって、それがあたしたちの透視を邪魔しているの」
「残滓って?」
とフルートは聞き返しました。
「闇の爆発の残りかすよ……ロムド国の中でとても大きな闇の爆発が何度もあったみたい……」
ポポロの話も歯切れが悪くなってきました。それがセイロスの黒い魔法が爆発した痕だということに、ポポロとレオンは気がついていたのです。
メールは顔をしかめました。
「やだね、ホントにロムドは無事なのかい? ロムドが敗れたからセイロスがこっちに来た、なんてことじゃないんだろうね?」
「おい、焦るなって、フルート!」
とゼンはあわてて繰り返しました。一瞬フルートの体が赤く光って見えたのです。
すると、ペルラがまた身を乗り出しました。
「あたしが聞いてあげましょうか? 西風の吹く場所に行ってちょうだい。そうすればシルフィードを見つけて様子を聞くことができるわよ」
「西風が吹く場所というと……」
とビーラーやポチが考え込むと、花鳥の上に横になったルルが口を開きました。
「悩む必要はないわよ。上に行くの――。空の上にはいつも西風が吹いてるわ」
偏西風のことです。
そこで一行は空高い場所へ上昇していきました。じきに気温が下がり始めますが、レオンが呪文を唱えると寒さは感じなくなりました。正面からごうごうと音を立てて西風が吹きつけるようになります。
「前進は難しいな! 押し流されないように留まっているのがやっとだ!」
とビーラーが言うと、ペルラが答えました。
「それでいいわよ! で、みんなちょっと静かにしていてね! シルフィードの声はとても小さいから、話をされると聞き取れなくなっちゃうのよ!」
どちらも風の音に負けないように話しているので、どなるような声です。
そこで一同は口を閉じました。そうしていても周囲ではごうごうと風が鳴り続けているのですが、ペルラにはその音はうるさいと感じられないようでした。ビーラーの背中で大きく身を乗り出し、長い髪をなびかせながら吹きつける風を見つめています。
それを見守っていたレオンは、風の中に透き通った女性たちがいることに、急に気がつきました。風の精霊のシルフィードです。ペルラが呼びかけると、次々に彼女のところへやってきて、一言二言かわしては通り過ぎて行きます。風なので一瞬も留まることがありません。ペルラの長い青い髪は、青空の中に溶けるようになびいていました。まるで彼女自身が空の精霊のようです。
「この世界に空と海がある限り、空と海は大切な友であり続ける。これは世界が続く限り守られる約束である」
レオンの脳裏に、天空の国の学校で習う古(いにしえ)の契約が浮かんできました。何故だかまた顔を赤らめてしまいます――。
やがて、ペルラは身を引くと一同へ下に降りる合図をしました。ビーラーとポチと花鳥は、すぐに下降を初めて偏西風を抜け、風が穏やかになる地表付近まで降りていきます。
「それで!?」
とフルートは勢い込んで尋ねました。焦るなと言われても、ロムドが心配でたまらないのです。
ペルラは話し始めました。
「ちょうどロムド国の都の上空を吹いてきたシルフィードを捕まえることができたわ。都はたくさんの空飛ぶ竜と戦闘中だそうよ。竜と魔法が攻撃し合って、大混乱になっているんですって」
フルートはますます青ざめました。
「どっちが優勢だ!?」
「シルフィードがそれを見極めるのは無理よ。すぐに通り過ぎちゃうんだし。ただ、都は守りの魔法に包まれていて、竜は入り込めなくなってたって。あの感じだと、ロムドはまだ負けてないみたいね」
一同は本当に、ほっとしました。
「魔法軍団がディーラを守っているのか……」
とフルートもようやく少し安堵します。
すると、ペルラはちょっと首をかしげ、考える顔になって話し続けました。
「それでね、これは全然関係ないことなのかもしれないんだけどね、シルフィードがロムドとは別の場所の戦闘のことも教えてくれたのよ。やっぱり、ここからもっと西のところでも戦いが起きていて、大きな怪物が二匹、森の中で戦っていたんですって。そのうちの一匹は人間が乗った馬車を守っていて、灰色の狐の姿をしてたらしいわ」
フルートたちは飛び上がりました。灰色の大狐の怪物といえば、それは間違いなくセシルの管狐です。
「ワン、セシルが怪物と戦っているんですか!?」
「どこでだよ!?」
「ってか、セシルは今ロムドにいないのかい!? 飛竜がディーラを攻めてるってのにさ!」
「もしかしてオリバンも一緒なの……!?」
フルートはペルラに詰め寄りました。
「管狐はどこで戦っていたって!? 場所をもう一度教えてくれ!」
もうひと組、まだ事態の解決を見ていなかった人々のところへ、戦いの舞台は移っていたのでした――。