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第24巻「パルバンの戦い」

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86.海の王

 セイロスが逃げ去ったので、海王の三つ子たちはシードッグの上に座り込みました。戦闘が終わって気が抜けてしまったのです。

 海王が渦王の戦車からシィの上に移ってきたので、ペルラは首をすくめました。

「父上……」

 おてんばで気が強い海の王女も、海王には頭が上がりません。厳しい目で見下ろされて、おどおどした表情になります。

 一方フルートとゼンは海草の大亀へ飛びました。

「ルル!」

「ルル、大丈夫か!?」

「ワン、しっかりして――!」

 雌犬は亀の背中でまだぐったりしていましたが、少年たちが自分の元に駆けつけてきたのを見ると、犬の顔で笑い返しました。

「騒がないでよ、大袈裟ね……。海が荒れていたから気分が悪くなっただけよ。すぐ良くなるわ……」

 けれども、フルートが金の石を押し当てても、やっぱりルルは元気になりませんでした。苦しそうに浅い息を繰り返しています。

 その横へ戦車がやって来て、渦王が話しかけてきました。

「ルルはどうした。おまえたちは闇大陸で何を経験してきたのだ」

 その声が渦王にしては意外なくらい穏やかだったので、メールは尋ねました。

「父上、怒んないの? あたいたちは父上の結界を破って闇大陸に行ってたのにさ」

「叱られて海底の岩屋に閉じ込められたいのか?」

 と渦王に聞き返されて、メールはあわてて首を振りました。呼んでも叫んでも誰も来ない海底の牢獄は、メールがこの世で一番苦手な場所です。

 渦王はため息をひとつつくと、勇者の一行全員に向かって話し出しました。

「確かに闇大陸への入り口はわしの海のこの場所にある。ここを守り、結界を破ろうとするものがあれば排除するのが、代々の海の王に課せられてきた役目だ。そうやって、二千年もの間、闇大陸は世界から隠されてきた。だが、我ら海の王の役目は、結界を破ろうとするものを排除することだけだ。そのものたちが実際に結界を越えて闇大陸に行ってしまえば、もう我らの管轄からは離れてしまうのだ」

「つまり、父上たちはあたいたちを罰することができないわけ?」

 とメールは聞き返しました。

「てぇことは、海の王はただの入り口の番人なんだな」

 とゼンも言います。かなり失礼な言い方ですが、真実です。

 

 そこへレオンもやってきて言いました。

「闇大陸のパルバンの番人たちと同じなんだ。パルバンに人を近づけないのが役目だけれど、一度その人がパルバンに入ってしまえばもう関係なくなる、と岩の顔も言っていたからな」

「彼は誰だ?」

 と渦王が尋ねたので、メールが答えました。

「レオン、天空の国の魔法使いだよ。次の天空王の候補だから魔力がものすごいんだ」

「なるほど。それでわしの結界を越えて闇大陸へ行けたわけか」

 と渦王は言い、少し考え込んでから続けました。

「先ほどの質問に戻るぞ。闇大陸で何があった? 何故ルルはこんなに弱っているんだ?」

 すると、海王も話しかけてました。

「話に出てきたパルバンというのはなんのことだ? パルバンの番人とは? そなたたちは闇大陸で何を見てきた?」

 たたみかけるような質問に、勇者の一行とレオンは顔を見合わせてしまいました。

 フルートが言います。

「海王も渦王も闇大陸の入り口は守っていても、実際の様子は何もご存じなかったんですか?」

「当然だ。我らであっても入り口をくぐることはできないし、仮にできたとしても海の王が不在になってしまうのだから、そんなことをするわけにはいかない」

 と海王が答えます。

 そんな父へペルラが言いました。

「パルバンっていうのは、デビルドラゴンの宝が隠されている荒野のことよ。闇大陸には、そこを守っている番人たちがいたの」

「彼らは二千年前の戦いの後、竜の宝を守るために闇大陸に残った天空の民の末裔だと言っていました。魔法を使ってパルバンに近づく者を追い払い、戦いで荒れ果てた大陸を直そうとしていました」

 とフルートも簡単に説明します。モジャーレンの毛皮を着て槍を持ち、風が吹くたびに場所が入れ替わる大陸を渡り歩くパルバンの番人たちは、ひとりの人間を魔法で複製した人々でしたが、そんなところまで詳しく話している余裕はなかったからです。

 ふぅむ、と渦王はうなって腕組みをしました。

 海王が海の上を歩いてやってきます。

「我らは、先代の海王から海を受け継いだときに、この入り口のことを教えられ、そのときに初めて闇大陸のことも聞かされた。闇大陸とはどんな場所なのだろう、とリカルドと二人きりの時によく話し合ったものだ。だが、どんなに考えを巡らしても、闇大陸の実際の様子を想像することはできなかった」

 リカルドというのは渦王の本名です。

「へんてこりんな場所だったぜ。それでも湖以外は割と安全だった。まじでやばかったのはパルバンだ。三の風ってのに吹かれて、ルルは具合が悪くなったんだ」

 とゼンが話すと、渦王は納得したようにうなずきました。

「二千年の間には、結界を破って闇大陸へ行く者もまれにいないではなかった。だが、その大部分は生きてこの世界にもどってこなかったのだ。おまえたちはよく生還してきた」

 それを聞いて、一行はまた顔を見合わせました。苦しそうに横たわっているルルを見つめてしまいます。

 ポポロはルルの横に座り込んでまた涙をこぼし始めました。ポチはルルの顔をなめます。

 

 すると、ルルが目を開けて言いました。

「みんな、何をしてるのよ……。私たちが闇大陸に行ってる間に、こっちではずいぶん時間がたっていたんでしょう? ロムド城や世界がどうなってるか心配よ……早く確かめなくちゃ……」

 あっ、と一行はその事実を思い出しました。彼らが闇大陸に行っていたのは、たった三日間のことでしたが、その間に外の世界では三カ月もの時間が過ぎていたのです。

 フルートは海の王たちに尋ねました。

「セイロスが今どこで何をしているかわかりますか!? 世界のどこかで大きな戦いは起きていますか!?」

 とたんに海王や渦王だけでなく、王子のクリスとザフまでが深刻な表情に変わりました。

「早く君の国に戻ったほうがいい」

「飛竜兵の大軍がロムドに攻め込んだという噂が、海まで聞こえてきたからな」

 とクリスたちに言われて、勇者の一行は仰天しました。

「飛竜兵の大軍!? なにさ、それ!?」

「ワン、サータマンの飛竜部隊がまた攻めてきたんですか!? でも、サータマンに飛竜はもうほとんど残ってないはずなのに!」

 すると、フルートが青ざめて言いました。

「セイロスだ。セイロスが新しい飛竜部隊を編成してロムドに攻め込んだんだよ――。そうか、だから副官のギーが姿を見せなかったし、ユギルさんはロムド中の領主や貴族に出兵準備をさせていたんだ。やっとわかった……」

 闇大陸へ出発するまで、ずっと頭の中にひっかかっていた疑問が、ようやく解けたのですが、だからといって安心できる状況ではありませんでした。いくら出兵準備を整えたロムド国であっても、飛竜部隊に攻め込まれたのでは、ただではすみません。

 フルートは仲間たちに言いました。

「すぐにロムドに戻るぞ! レオン、悪いんだけど、もう少しだけつきあってくれ。メールをビーラーに乗せてほしいんだ。ここは海で、メールは花鳥が作れないからな。ペルラ、ポポロとルルを頼む。ロムドの戦闘を収めたら、必ず迎えに来るから」

 とたんに跳ね起きてウゥゥとうなったのは、弱って起きられないはずのルルでした。驚くフルートたちに牙をむいて言います。

「私とポポロに後に残れって言うわけ……!? 冗談じゃないわ! 私たちも行くわよ! ねぇ、ポポロ……!?」

 ポポロも泣きながら何度もうなずきます。

 一方、彼女たちを頼むと言われたペルラも、怒ってどなっていました。

「あたしこそ、そんな願いは聞けないわよ! みんなロムドに行くんでしょう!? ここまで一緒だったんだもの、あたしも行くわよ!」

 これには勇者の一行だけでなく、クリスとザフも驚きました。

「無茶を言うなよ、ペルラ! 海の民が陸に上がれるわけないじゃないか!」

「しかも、ロムドは海に全然面してない内陸の国だっていうじゃないか! ひからびて死ぬぞ!」

「大丈夫よ! 現にメールだって平気でいるじゃない!」

 とペルラは言い返し、メールは海の腕輪を持っているから……と説明しようとするフルートを無視して、レオンを見上げました。

「あなたは次の天空王になる魔法使いなんでしょう? だったら、あたしを一緒に連れていって。できるはずだわ」

 レオンはペルラの前に舞い降りました。ちらっとフルートのほうを見てから、ささやくように言います。

「彼が心配だから行きたいんだな?」

 とたんにペルラはかっと赤くなり、怒った顔でレオンをにらみ返しました。

「あなたたちみんなが心配だからに決まってるじゃない! ここまで一緒だったのに、あたしだけ置いてきぼりはひどいって言ってるのよ!」

 と言って、さっさとビーラーの背中によじ登ってしまいます。レオンはペルラに後ろからぎゅっと抱きつかれて思わず顔を赤らめ、そんな自分に気がついてとまどいました。

「ちぇっ」

 何故か面白くないような気分に襲われて、舌打ちしてしまいます――。

 

 海王は娘の様子を見て頭を振りました。

「これは止めても無駄なようだな。言いだしたら聞かないところは妃にそっくりだ。しかたない」

 海王が手をかざしたとたん、ペルラの周りに薄青い光が集まり、すぐに見えなくなっていきました。

 レオンが振り向いて言います。

「彼女の周りに海の気を与えたのか」

「これでしばらくは陸にいられるはずだ。だが、どの程度長持ちするかは、やってみなくてはわからない。ペルラに海の気が足りなくなりそうなときには、海に強制送還してくれ」

 海王のことばに、レオンだけでなく勇者の一行までがうなずきました。海の民から海の気が失われるとどうなるかを、メールで嫌と言うほど経験したからです。

 一方、そのメールは大亀の上で騒いでいました。

「ペルラがビーラーに乗っちゃうんなら、あたいはどうなるのさ!? ポポロやルルは!? ここで留守番なんて、あたいたちだって死んでも嫌だよ!」

 ルルはポポロに支えられてまだ立っていました。風の犬に変身することはできませんが、固い決心の表情で仲間たちを見上げています。

「ワン、ぼくとビーラーに分乗してもらうしかないかな。大勢になるから速度は落ちるだろうけど」

 とポチが言うと、フルートが言いました。

「いや、もっといい方法がある――。レオン、亀を作っている海草を花に変えてくれ。そうすればメールは花鳥が作れる」

 ひゅぅ、とゼンは口笛を鳴らし、レオンは驚いた顔になりました。

「君はよくそんな方法を思いつくな」

 とレオンが半分あきれながら呪文を唱えます。

「レーナニナーハヨウソイーカー!」

 とたんに海に浮いていた亀の体が崩れ始めました。緑や赤や青、褐色といった海草が、色とりどりの花に変わったのです。

 メールは歓声を上げました。崩れていく亀の上で両手を挙げて呼びかけます。

「花たち、あんたたちなら空を飛べるね! 鳥におなり! そして、あたいたちを運んでおくれ!」

 ざざぁぁ……と音を立てて海面から花が浮き上がり、巨大な鳥になっていきました。メールとポポロとルルを乗せて、軽々と空に舞い上がります。

 

 フルートは海王と渦王、そしてクリスとザフに向かって言いました。

「それじゃ行きます。ペルラは必ず安全に海に連れ帰りますから」

 海王がうなずき、渦王は無事を祈ってくれました。

「海と空の加護がおまえたちの上にあるように」

 結局留守番になったシードッグのシィは、海上からペルラを見上げていました。

「気をつけてね、ペルラ。怪我したりしないで、必ず帰ってきてちょうだいね」

「もちろんよ。じゃ、いってくるわね!」

 ペルラは元気に答えましたが、シィはぽろぽろと涙をこぼして泣き出してしまいました。シードッグと主人の結びつきは強いのです。

 灰色のシードッグのカイが泳ぎ寄って彼女を慰めました。

「泣くな、シィ。ぼくがいるじゃないか」

 その光景に、ビーラーが空の上で、あれ、という顔をしました。ちょっと考えてからひとりごとを言います。

「うぅん。ルルといいシィといい、どうしてぼくは相手がいる娘ばかりなのかな……」

「何か言ったか?」

 とレオンが聞きつけて尋ねましたが、ビーラーはもう何も言いませんでした。拍子抜けした表情で黙っています。

「行くぞ! ロムドに急げ!」

 フルートの号令に一行は飛び始めました。ポチに乗ったフルートとゼン、ビーラーに乗ったレオンとペルラ、花鳥に乗ったメールとポポロとルルです。あっという間に西の空に遠ざかり、水平線の彼方に見えなくなってしまいます。

 

 後に残されたクリスとザフが父王たちに尋ねました。

「ペルラを行かせて本当に良かったんですか? ぼくたち海の民は、陸の人間の世界に関わっちゃいけないって決まりのはずなのに。それに、叔父上の結界を破って闇大陸に行ったことも、おとがめなしだなんて」

「あのレオンって奴もそうだ。天空の民だって、人間の世界のことに手を貸したりしちゃいけないはずですよ」

 自分たちは置いてきぼりにされたので、文句を言う口調になっています。

 すると、海王が重々しく答えました。

「これは人間の世界の戦いではない。闇の竜を宿したセイロスは、陸、空、海、すべての世界を征服してその王になろうとしている。フルートたちは光の戦士としてそれを防ごうとしている。これは闇と光の戦いなのだ。我々もすでにその戦いに加わっている」

 すると、渦王も言いました。

「闇の竜がこの世に再来するとき、闇大陸も再び世に明らかになる、と大昔の占者は予言した。その予言通り、闇大陸は金の石の勇者たちによって明らかにされた。すべては進むべきとおりに進んでいるということなのかもしれない」

 二人の海の王はフルートたちが飛び去った西の水平線を眺めました。

 その彼方には今まさに戦闘を繰り広げている国々があるのですが、戦いはまだこの海まではやってきていませんでした。

 海の彼方から渡ってきた風が、フルートたちの後を追うようにうなりながら吹き過ぎていきました――。

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