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第24巻「パルバンの戦い」

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85.激闘・3

 海の彼方から現れた渦王は、一同の前まで来ると、ぴたりと戦車を止めました。波の馬はみるみる小さくなって海に戻っていきます。

「父上……」

 とメールは言いました。それ以上ことばを続けることができません。つい先ほどまで真っ暗になっていた空からは闇が消え、荒れ狂っていた海は青く穏やかに輝いています。渦王が現れたとたん、空と海が秩序を取り戻したのです。

「渦王!」

 とフルートとゼンも言いました。渦王のほうでも彼らを見回して言います。

「やはり、わしの結界を破って闇大陸に行っていたのはおまえたちだったな。もしやとは思っていたが、ペルラも一緒だったか――。そして、その男が人となってこの世によみがえった闇の竜なのだな? こともあろうに、わしの海を荒らすとは何事だ。さっさと立ち去れ!」

 渦王がどなったとたん、青く晴れていた空に稲光が走り、近くの海に稲妻が落ちました。どどーん、と音が響き渡って、海面から白い煙が立ち上ります。

 けれども、セイロスは動じる様子もなく渦王を見返しました。

「海の王の片割れか。貴様などに私をどうにかできると思っているのか。私は世界の王になる男だぞ。この海もいずれ私の支配下になるのだ」

「戯れ言(ざれごと)を」

 と渦王は言いました。次の瞬間、今度は海水が槍のようにそそり立ち、鋭い切っ先でセイロスを貫こうとします。

 ところが、セイロスが海面をにらみつけると、水の槍は崩れました。しぶきを立てて海に落ちていきます。

 あぁ! と三つ子たちは思わず声をあげました。渦王の攻撃でさえ、セイロスにはかき消されてしまうのです。

 レオンも唇をかんでその様子を見つめていました。この海の王である渦王もかなわないのならば、セイロスを止めることは不可能です――。

 

 すると、フルートの声が響きました。

「ぼんやりするな! 渦王を援護するんだ!」

「俺たちは魔法が使えねえんだからな! 魔法が使える奴が応援しろ!」

 とゼンもどなります。

 三つ子たちは、はっと我に返りました。すぐさま呪文を唱えます。

「ラー・ラーイ・リィー……セイロスを倒せ、大渦巻き!」

 海から立ち上った竜巻がまたセイロスへ向かっていきました。

 レオンは今度は別の方向へ飛び、そちらから魔法を繰り出しました。

「テウオキテヨウホーマノリカーヒ!」

 白く輝く光の魔法がセイロスへ飛んでいきます。

 渦王は戦車の上で三つ叉の矛(ほこ)を構えました。空中のセイロスめがけて投げつけます。

「くだらん!」

 とセイロスはまたどなると、全身から大量の魔弾を発射しました。

 魔弾は三つ子の大竜巻やレオンの光の魔法とぶつかって爆発を起こし、さらに一同へと降り注いでいきます――。

 

 やがて爆発は収まり、海上を渡る風がもうもうとした白い水煙を吹き払っていきました。海がまた青く輝き始めます。

 一同は無事でした。

 大亀に乗ったメールとポポロとルルには、風の犬のポチが駆けつけ、フルートが金の光を広げて守っていました。

 シードッグに乗った三つ子たちには、ビーラーに乗ったレオンが駆けつけて、やはり魔法で彼らを守っています。

 戦車に乗った渦王は濃い青い光に包まれていました。自分の隣へ言います。

「ご助力感謝します、兄上」

 戦車の上には渦王とよく似たもうひとりの王が現れていたのです。金の冠と青いマントを身につけ、青い髪とひげを風になびかせていますが、こちらの王には青い口ひげもありました。渦王の双子の兄の海王です。

 海王は海の魔法で自分と渦王を守っていました。深い青い目で海上を見渡して言います。

「こちらこそ、娘が迷惑をかけていたようだな。どこを探しても見つからんと思っていたら、勇者たちと闇大陸へ行っていたか」

 父から鋭い目で見つめられて、ペルラは思わず首をすくめました。一見穏やかそうな海王ですが、怒れば渦王にも負けないほどの激しさになることを、彼女は知っていたのです。

 すると、空から海へ、ぽたりと赤黒いものがしたたりました。

 血です。

 空中でセイロスが渦王の矛を握りしめていました。三つ叉になった先端はセイロスの鎧を貫いて腹に突き刺さっています。

 渦王がそれを見上げて言いました。

「見くびっていたな、闇の竜! 海上で海の王に勝てるはずがなかろう! しかも我々は二人揃っているのだ!」

 矛が突き刺さったセイロスの腹からは、血と共に黒い霧のようなものが噴き出していました。セイロスの背後の黒い翼が次第に薄くなっていきます。

 それを見てフルートがポチに言いました。

「もう一度セイロスへ飛ぶんだ! 今なら金の石の光も効くはずだ!」

「え、でも……」

 とポチがとまどうと、両脇に浮いていた精霊たちが言いました。

「フルートは願いのにまた力を借りるつもりでいるな? 無茶だ!」

「守護のの言う通りだ。今また守護のを爆発させれば、フルートの体も分解してしまう」

「大丈夫だ! 今なら鎧のほころびから金の石の力を流し込めるんだよ! 行ってくれ――!」

 フルートが頑固に言い張るので、ゼンが後ろから押さえ込みました。

「この野郎、また無茶苦茶言いやがって!」

 フルートはもがきましたが、怪力の友人をふりほどくことはできません。

 

 その間にセイロスは矛を両手でつかんで引き抜いていきました。血しぶきと共に黒い霧が噴き出し、うなり声がほとばしりますが、力任せに抜いていきます。

「往生際が悪いぞ!」

 海王と渦王が攻撃の魔法を繰り出しましたが、それは黒い障壁にさえぎられてしまいました。ついに矛が引き抜かれて海へ落ちてきます。

 噴き出す血と黒い霧はすぐに止まりましたが、セイロスは腹を押さえたまま青ざめた顔をしていました。背後ではばたく二枚の翼はぼろぼろにちぎれています。

 渦王はさっと手を伸ばしました。とたんに海中に沈んだ三つ叉の矛が手の中に戻ってきます。

 それが再び自分を狙っているのを見て、セイロスはついに戦いをあきらめました。

「いずれにしても、フルートたちは『あれ』を手に入れることはできなかった……。そうとも。『あれ』はいずれ私が取り返す」

 半ばひとりごとのようにそう言うと、空の中で薄れていって、見えなくなってしまいます。

 あとには勇者の一行とレオンたち、シードッグに乗った三つ子、渦王と海王が残されました。

 セイロスが海上から逃げていって、その場所での戦闘は終結したのでした――。

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