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第24巻「パルバンの戦い」

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84.激闘・2

 海王の三つ子が竜巻を起こしたのを見て、セイロスは冷笑しました。

「何度無駄なことをするつもりだ。愚か者たちめ」

 彼は竜巻がレオンの魔法に乗って迫ってきても、少しもあわてませんでした。剣を握り直して構え、竜巻がすぐ近くまで接近したところで横になぎ払います。

 とたんに巨大な竜巻は上下に真っ二つになりました。海水の渦がほどけて消えていきます。

 ところが、その中から風の犬のポチが現れました。背中にはフルートとゼンが乗っていて、白い光が彼らを包んでいます。

「!?」

 虚をつかれたセイロスへ、ポチはうなりながら飛びました。崩れた渦巻きが海水の雨を降らせていますが、白い光が弾きます。

「うまくいったわ!」

 とペルラは歓声を上げました。

 クリスとザフは驚いた顔をしていました。

「本当にあの渦の中にフルートたちを送り込んだのか」

「しかもゼンまで一緒に。ちょっとでもタイミングが外れたら、フルートたちまで渦に巻き込まれたぞ」

 彼らの元へ飛んできたビーラーが、それを聞いて憤慨したように言い返しました。

「レオンを見くびらないでくれ! 彼は将来天空王になる魔法使いなんだからな!」

 クリスとザフはいっそう驚きました。先ほどペルラからも同じことを聞きましたが、冗談だとばかり思っていたのです。

 レオンは恥じるようにたしなめました。

「ビーラー、それは言うなって」

 そんなレオンに、ペルラはまた、くすくすと笑っていました。意外なくらい好意的な笑顔です――。

 

 一方、渦巻きから出現したポチはセイロスへ突進しました。土砂降りの雨のような海水は、レオンの魔法が弾いているので危険はありません。

「デビルドラゴンへ行け!」

 とゼンがどなったので、ポチはセイロスの目の前で上昇しました。

 キェェ!

 襲いかかってきたデビルドラゴンの首を、ゼンはむんずと捕まえました。ポチと一緒に目一杯引っぱり、ねじり上げてしまいます。

 すると、その首が一瞬でばらばらになりました。ゼンの手の中で崩れて長い黒髪の束になったのです。ゼンが驚いていると、髪の毛が蛇のようにうねってゼンに絡みつこうとします。

 ところが、そこへ金の光が射しました。フルートがペンダントを外してかざしたのです。蛇のような髪が黒い霧になって消えていきます。

「金の石」

 とフルートは傍らを振り向きました。精霊の少年もまた姿を現していたのです。

「無茶な接近だぞ、フルート。いくら消しても、奴はすぐにまた闇の触手を伸ばしてくる」

 と少年が言ったので、フルートは答えました。

「いいや、それほど無茶ってわけでもない――。ゼン、頼む!」

「おう! ポチ、もう一度だ!」

 ゼンに言われて、ポチはまた突進しました。ゼンはセイロスが張った黒い障壁を拳で破り、さらにセイロスを殴り飛ばします。

「この――!」

 セイロスは背後の四枚翼を羽ばたかせて空中に留まりました。デビルドラゴンの頭は消えても、翼は残っていたのです。剣を振り上げてゼンに切りつけようとします。

 がつん。

 セイロスの剣は鈍い音と共に止まりました。

 フルートが剣で受け止めたのです。そのまま左へ受け流します。

 体勢を崩したセイロスを、ゼンがまた殴りました。

 横へ吹き飛びかけたセイロスが、ぐっとうめき声をあげます。

 その右の横腹にはフルートの左手が食い込んでいました。フルートが握っているのは、剣ではなく金の石のペンダントです。

 フルートは叫びました。

「光れ、金の石!」

 すると、フルートの背後に赤いドレスの女性も現れました。フルートの肩をつかんだとたん、セイロスに押し当てた金の石が爆発的に輝きます――。

 

 強烈な輝きに、大亀に乗ったメールとポポロは目をつぶってしまいました。

 見守っていた三つ子たちとレオンとビーラーも、思わず手をかざします。

 やがて、光が収まっていくと、空にまたフルートたちが現れました。その目の前にはセイロスもいます。

 セイロスの背後の翼は、強烈な光に焼かれてぼろぼろになり、四枚が二枚に減ってしまっていました。黒い鎧も、火に焼かれたように白っぽくなっています。

 その鎧の表面には赤い筋模様がくっきりと浮かび上がって、血管のように脈打っていました。鎧の中のセイロスは無傷です。

 金の石の精霊は細い眉をひそめました。

「願いのに力を借りても、あの鎧を貫通することはできないな」

「あれには私に対抗するよう改良されたフノラスドが取り込まれているのだ」

 と願い石の精霊が答えました。金の石の精霊に比べると冷静なもの言いですが、それでもなんとなく悔しそうな雰囲気が漂っています。

「おい、大丈夫か、フルート!?」

 とゼンが心配していました。フルートは願い石に大量の力を流し込まれて、全身に焼かれるような痛みを感じていたのです。上半身を抱えて前屈みになったまま、起き上がれずにいます。歯を食いしばった顔は脂汗でいっぱいです。

「よくも――取るに足らない連中がよくも私に――」

 セイロスは歯ぎしりをしていました。瞳が血の色を濃くすると、剣を握っていない手をさし上げます。

 すると、その指先に闇が集まり始めました。黒い霧のような渦が寄り集まり、光に焼かれて白くなった鎧がみるみる黒く染まっていきます――。

 

 海上からそれを見上げていたポポロが叫びました。

「黒い魔法だわ! フルート、ゼン、ポチ、逃げて!」

 海上の別の場所では、海王の三つ子たちが話し合っていました。

「なんだ、黒い魔法って?」

「奴にものすごい闇が集まっていくぞ」

「セイロスはあれをどうするつもりなの?」

 レオンは真っ青になっていました。

「黒い魔法ってのは、巨大な闇の塊を一気に破裂させる魔法だ! セイロスの力だと、とんでもない爆発が起きるぞ! 止めないと!」

「もう一度大渦巻きを起こすわ!」

 とペルラが言って、クリスやザフと一緒に呪文を唱えました。レオンがそこに光の魔法を乗せて、セイロスへぶつけます。

 けれども、光の渦巻きはセイロスの闇の渦に触れたとたん、弾かれて一瞬で消滅してしまいました。反動で発生した突風に大波が湧き起こり、フルートたちもペルラたちも吹き飛ばされてしまいます。

 願い石の精霊は空を飛びながら金の石の精霊に言いました。

「セイロスに黒い魔法を使わせてはまずい。この一帯の海が吹き飛ぶし、フルートたちも無事ではすまない」

「わかってる。でも、フルートにもう一度ぼくを使わせるのは無理だ。フルートの体が分解して消滅してしまうぞ」

 と精霊の少年が答えました。いっそう焦った声になっています。

 荒れ狂う海の上では大亀が波と共に上下していました。

 苦しそうに目をつぶっていたルルが、薄目を開けてポポロを見上げます。

「あなたはパルバンで魔法が三度使えるようになったでしょう……? もう一回だけ、使えないの……?」

 ポポロは泣きながら頭を振りました。どんなに自分の中を探しても、魔力はもう残っていなかったのです。

 メールも青ざめて黒い魔法を見上げていました。セイロスの手の先で闇の渦が育つにつれて、青かった海が暗い鈍色に変わり、波はますます激しくなっていきます。

「父上……父上の海が大変なことになるよ……どうしよう」

 血の気の失せた唇でつぶやいて立ちすくんでしまいます――。

 

 すると、セイロスが突然後ろを振り向いてどなりました。

「何者だ!?」

 けれども、そちらに人影はありませんでした。ただ、いきなり海がその方角から鎮まり始めます。

 荒れ狂っていた波が静かになり、鈍色だった水面がまた青くなっていきました。やがて彼らがいる場所でも風がやみ、波が穏やかになります。セイロスが掲げていた闇の渦が小さくなっていったのです。

 降り注ぐ日差しに青く輝き出した海に、ドドドド……と新たな水音が聞こえ始めました。水平線の彼方から一直線に並んだ波が押し寄せてきます。

「ワン、津波だ!!」

 とポチが叫び、フルートも顔色を変えました。やっと体の痛みが治まったのです。海上の仲間たちへ、逃げろ、と叫ぼうとします。

 ところが、それより早くゼンが歓声を上げました。

「ひゃっほう! やっとかよ、遅いぜ!」

 三つ子たちもシードッグの上で同じように歓声を上げていました。

「来た! 来たぞ!」

「そうさ、来るに決まってる!」

「ここは西の大海だものね!」

 大亀の背中では、メールが両腕を広げ、近づいてくる波に向かって笑顔で叫んでいました。

「父上! 父上、父上……!!」

 迫る波は津波ではなく、海の水でできた何千頭という波の馬でした。とどろきながら海原を渡ってきます。

 その後ろには二頭の大きなホオジロザメに引かれた戦車がいました。戦車の手綱を握っているのは、青い髪に金の冠をかぶり、緑がかった青いマントを海風になびかせた渦王でした――。

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