セイロスがまっすぐこちらへ向かってくると知って、海上の少年少女たちは顔色を変えました。
「セイロスっていうのはこの世に復活した闇の竜のことだな!? 襲ってきたのか!?」
とクリスやザフが尋ねます。
フルートは素早く仲間たちを見回しました。ここには自分たち勇者の一行の他に、レオンとビーラー、海王の三つ子とシードッグたちがいますが、ルルはパルバンで三の風に吹かれてから、ずっと弱ったままでした。海にはメールが使える花がないし、ポポロもパルバンで今日の魔法を使い切っています。彼らは戦闘に加わることができません。
フルートは即座に言いました。
「ポポロはルルを抱いてシィに移れ! メールもシードッグのどれかに乗せてもらうんだ! レオン、ゼンをビーラーに乗せてくれ! セイロスは必ずぼくを狙ってくる。ポチを身軽にしないとかわしきれないんだ!」
それは反論の余地のない絶対的な命令でした。誰もがただちにフルートの言うとおりに行動します。
ポポロはゼンからルルを受け取ってシードッグのシィの上に降り、ゼンはレオンを乗せたビーラーに飛び移ります。メールはゼンと入れ替わりにビーラーから降りましたが、シードッグの上には行きませんでした。海原へ落ちていきながら言います。
「あたいは海と森の花使いだよ。海にだって花はあるんだからさ――。おいで、海の花たち! 水蛇になって、あたいを乗せとくれ!」
すると海面の色が急に変わり始めました。青かった海が赤や緑、褐色や黄色に染まり、ぐぅっと持ち上がってきます。
次の瞬間海中から姿を現したのは、色とりどりの海草でできた水蛇でした。大きな鎌首を伸ばしてメールを受け止め、頭の上に乗せます。
「どうだい! これであたいも戦えるよ!」
とメールが嬉しそうに言ったので、ゼンが言い返しました。
「んなこと言って、武器はどうすんだよ!? 丸腰じゃねえか!」
すると、メールより先にクリスが言いました。
「メールは槍の名手だ。これを使えばいい」
と魔法で出した槍を投げます。メールはそれを受け取ると、くるくると両手で回して、びしりと構えてみせました。
「久しぶりだなぁ! いいね、この手応え!」
「ったく。渦王の鬼姫め」
とゼンは苦笑します。
一方、レオンは不安そうに自分の手を見ていました。
闇大陸では彼の魔法はほとんど力を発揮しませんでした。元の世界に戻ってきたのだからもう大丈夫だ、とは思うのですが、いまひとつ確信が持てなかったのです。
けれども、その間にもセイロスは迫っていました。海上に浮かぶ三頭のシードッグと空中の二匹の風の犬を見つけたのです。その上に乗った一行も認めて叫びます。
「貴様たち、そこで何をしていた!?」
とたんにフルートたちの上へ稲妻が降ってきました。いきなりの攻撃です。
レオンは反射的に手をさし上げて呪文を唱えました。
「セエカー!」
とたんに稲妻は一同の上から吹き飛びました。細い稲妻に分かれて四方八方へ飛び散り、ばりばりばりと空を裂きます。
ひゅう! とゼンは口笛を吹きました。
「やるな、レオン。こっちに戻ってきて力を取り戻したな」
「あら、そうなの? それじゃあ、あたしも!」
と言ったのはペルラでした。シードッグのシィの上に立ち上がると、青い髪をなびかせながら両手をさし上げ、ゆっくり回転させながら呪文を唱えます。
「ライ・リー・アラ!」
すると、海上に渦巻きが現れ、あっという間に海面から持ち上がって竜巻になりました。ペルラがさっと手を振ると、うなりながら宙を飛んでセイロスへ襲いかかっていきます。
セイロスは自分の前に黒い障壁を張りました。竜巻が障壁に激突して四散します。
「防がれたぞ!!」
とクリスとザフは言いましたが、ペルラは歓声を上げました。両手を打ち合わせて空中のレオンを見上げます。
「あたしもまた魔法が使えるようになったわよ! やったわね!」
「あ、ああ……」
とレオンはうなずき返しました。ペルラの嬉しそうな笑顔に、何故かちょっと顔を赤らめますます――。
竜巻が消えると、セイロスが再び姿を現しました。フルートたちを見回し、特にレオンやペルラたちをつくづくと見てから、思い出したように言います。
「天空の国の魔法使いのレオンか。それに、おまえたちは海王の三つ子の王子と王女だな。貴様らがフルートたちに加勢していたのか」
「加勢ってなんのだ?」
とクリスとザフは首をひねりました。
「後で説明するわ」
とペルラが答えます。
一方、ゼンはセイロスに向かって悪口を言っていました。
「レオンとも海王の三つ子たちとも、てめぇはさんざん戦ったはずだぞ! 影の竜の時代によ! そんなのもすぐに思い出せねえなんて、頭がぼけたんじゃねえのか!?」
けれども、セイロスはそれには答えませんでした。さらに彼らを見回し、フルートやゼンたちの背後に闇大陸の入り口を見つけて、にらみつけてきます。
「貴様ら、やはりパルバンを見つけたな。油断のならん連中だ」
すると、今度はセイロスから魔弾が飛んできました。何十という黒い光の塊が尾を引きながらフルートたちに襲いかかります。
「ロケダーク!」
レオンがまた呪文を唱えると、白い光が流星のように飛び、魔弾に絡みついていきました。魔弾を砕いて輝きに変えていきます。
ところが、そこにルルの声がしました。
「気をつけて! セイロスが行くわよ!」
海上は炸裂する光でいっぱいになっていましたが、ポポロに抱かれたルルは、シードッグの上から懸命に見上げて、移動していくセイロスを光の合間に見つけたのです。
フルートやレオンたちが、はっと身構えたところへ、炸裂する光を突き抜けてセイロスが現れました。空飛ぶ馬がばさりと翼を打ち合わせると、もうフルートの目の前に来ています。
「貴様らはパルバンで何をしてきた! 言え!」
以前は透明な紫色だったセイロスの水晶の防具は、今ではけむるような黒色に変わっていました。兜の後ろから長い黒髪が幾筋か生き物のように伸びてきて、うねうねとフルートに絡みつこうとします。
とたんに、フルートの胸でペンダントが輝きました。金の光が広がって、触手のような髪を消滅させます。
セイロスは大きく飛びのくと、憎々しげな表情で金の石をにらみつけました。
「消え損ないの古ぼけた石が、いつまで私に逆らうつもりだ。さっさと消えろ!」
再びセイロスから魔弾が発射されました。今度はあたりを埋め尽くすほどの量がフルートへ押し寄せます。
けれども、またレオンの呪文が響きました。
「ロケダクテベスヨウホーマキシーア!」
魔弾は空中で次々砕け、光と熱に変わっていきました。強烈な熱波が押し寄せてきたので、シードッグは三つ子と一緒に海中に潜りました。ポポロやルル、海草の水蛇に乗ったメールも海中に避難します。
ジュゥゥ……と熱風を浴びた海面が蒸発の音を立てるのを聞きながら、クリスとザフはペルラに尋ねました。
「あいつはいったい何の話をしているんだ?」
「ペルラたちはどこに行っていたっていうんだよ?」
「闇大陸よ。入り口がここにあったの。パルバンって場所に竜の宝が隠されてるっていうから、それを見つけに行ったのよ──」
ペルラがこれまでの経緯と竜の宝についてざっと説明すると、クリスとザフは、なるほどと納得しました。
「それで奴はここに駆けつけてきたんだな。ペルラたちが闇大陸に行ったと知って」
「で、その竜の宝ってのはどんなものだったんだ? フルートが持ってるのか?」
ペルラは首を振りました。
「結局見つけられなかったの。パルバンはとんでもない場所だったのよ。でも、セイロスはあたしたちが宝を見つけたんじゃないかと疑ってるわ」
海面から今度はバリバリと何かを引き裂くような音が響いてきました。セイロスが攻撃を続けているのです。
すると、遠いまなざしで上を見ていたポポロが、急に息を呑みました。自分の前に座っているペルラに言います。
「お願い、海面に上がって! フルートが……!」
三つ子たちも、はっとすると、すぐにシードッグを上昇させ始めました――。