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第24巻「パルバンの戦い」

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第23章 帰還

77.変転

 「セイロスが突然攻撃をやめてディーラから離れ始めました! 東へどんどん離れていきます!」

 伝令係の魔法使いのことばに、執務室のロムド王やリーンズ宰相は呆気にとられました。ディーラはセイロスの黒い魔法で壊滅される寸前だったのに、一瞬でその状況が変わってしまったのです。

「どういうことだ?」

 と王が尋ねていると、白の魔法使いが執務室に現れました。キースもまた執務室にやって来て、交互に報告します。

「セイロスは巨大な黒い魔法を再びディーラに落とそうとしましたが、直前でそれを消して、いきなり戦場離脱しました」

「アリアンが言うには、ランジュールがまた戻ってきて、何かをセイロスに伝えたらしい。それが何かまではわからないんだが、セイロスはあわてて攻撃をやめて東へ向かい始めたっていうんだな」

「大急ぎで駆けつけなくてはならないことが東で起きたというのか。いったい何が起きたのだ」

 と言うロムド王の横で、リーンズ宰相はへたへたと床に座り込みました。たった今まで死を覚悟しながら王を避難させようとしていましたが、その必要がなくなったのです。安堵で全身の力が抜けてしまっていました。

 すると、ユギルが占盤から振り向いて言いました。

「セイロスが離脱を始めたのと同時に、東のクロンゴン海に強い象徴が現れました。金の光、銀の光、青い炎、緑の光、そして小さき星と白い翼――勇者の皆様方でございます。セイロスは勇者殿たちのいる場所へ向かったのだろうと思われます」

「フルートたちはそんなところにいたのか!」

 とキースは声をあげ、空中へ話し始めました。別室にいるアリアンに、さっそくフルートたちの居場所を知らせたのです。

 ロムド王はユギルに言いました。

「これがそなたの予言していたことなのだな。勇者たちは例の竜の宝を探し求めてクロンゴン海にいたのだろう。セイロスはそれを知って勇者たちの元へ向かった――。勇者たちがその場所にいてディーラに戻らなかったからこそ、我々は全滅を免れたのだ。そなたの占ったとおりだ」

「どうやら、そのようでございます」

 とユギルは言って深く頭を下げ、そのまましばらく頭を上げようとはしませんでした。長い銀髪に隠れた顔は、安堵していたのか、占いが示す意味を読み切れなかった自分を不甲斐なく思っていたのか。周囲の者にその表情は見えません。

 

 白の魔法使いも守りの塔の仲間たちと話をしていましたが、やがてロムド王たちへ言いました。

「上空に残された飛竜部隊がまた攻撃を始めました。ディーラへ直接攻撃するのが困難なので、周囲に散在する建物や森へ火をかけたり石を落としたりしています。都の外には家畜と共に避難をしている農民が大勢いますし、飛竜部隊が別の場所へ移動して攻撃を始めても大変です。全力で飛竜を撃墜いたします」

「うむ、頼むぞ」

 と王は言いました。セイロスがいなくなっても、飛竜部隊が危険な敵であることに変わりはないのです。女神官は魔法軍団を率いて戦うために守りの塔へ戻って行きます。

「そら、リーンズ」

 とロムド王は床に座り込んでいる宰相へ手を差し出しました。

「め、滅相もない! 陛下の手をお借りするなどとんでもございません! 自分で立てます!」

 と宰相はあわてましたが、王はその手をつかんで、ぐいと引き起こしました。そのまま引き寄せ、顔に顔を近づけて厳しい声で言います。

「わしだけを逃がして自分は死ぬつもりでいたな、リーンズ。断じて許さんぞ。そなたはわしの片腕だ。片腕がわしを置いてどこかへ行くなど、絶対にあってはならん。二度とあのような真似はするな。いいな」

「陛下……」

 宰相はことばに詰まると、顔を伏せてうなだれました。承知いたしました、とかすかな返事だけが聞こえてきます。感涙にむせんでいたのかもしれません――。

 

 すると、空中へ耳を傾けていたキースが王たちへ言いました。

「アリアンが海の上にフルートたちを見つけたらしい。全員揃っているけど、知らない少年と空飛ぶ犬が一緒で、ルルが怪我でもしているように見えると言ってる。セイロスが彼らのほうへ向かっているなら、フルートたちのところで新たな戦闘が始まるかもしれない。アリアンの鏡を通して様子を見ることができると思うんだけれど」

「よし、アリアンのところへ行こう」

 とロムド王は即答しました。次の瞬間にはもう、執務室の出口へ歩き出しています。

 キースは先に立ち、リーンズ宰相が急いでそれを追いかけていきました。家臣や召使いを全員地下に避難させて人気がなくなっている通路を、アリアンの部屋に向かって歩いていきます。

 執務室に残された伝令係の魔法使いは、同じく後に残ったユギルに尋ねました。

「占者殿はご一緒されないのですか?」

 ユギルは占盤の前に座ったまま、静かに答えました。

「透視と占いは大変近い存在です。アリアン様が千里眼を使っているところで、わたくしが占いをすれば、双方が影響を与え合って、明確な映像や象徴を見ることができなくなりますので――。そう言う魔法使い殿こそ、陛下にご一緒しないのでございますか?」

 すると、伝令係は苦笑しました。栗色の長衣からちらりとユリスナイの象徴を見せて言います。

「私はこう見えても神官です。私が同行して魔法を使うようなことがあれば、キース様やアリアン様たちに大怪我をさせてしまうかもしれませんから。キース様なら隊長たちと直接連絡が取り合えるので、私がいなくても大丈夫でしょう。私はここで占者殿の護衛役をさせていただきます」

「それはかたじけなく存じます。そうしていただければ、わたくしは安心して占いに専念することができます」

 とユギルは丁寧に言うと、また占盤をのぞき込みました。勇者たちの象徴が現れた海上へ占いの目を向けます。

 そこには新たな戦闘の予兆が出ていました。みるみる濃くなっていく闇の気配の中心にいるのは、フルートを示す金の強い輝きでした――。

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