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第24巻「パルバンの戦い」

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76.知らせ・2

 セイロスがさし上げた手の上で、闇魔法が巨大な雲のように渦を巻いていました。何もかもを破壊して焼き尽くす黒い魔法です。

 その真下では、四大魔法使いに呼び出された聖守護獣がディーラを守っていましたが、そのうちの一体の様子が怪しくなっていました。赤い山猫が輝く体を濃くしたり薄くしたりしながら、次第に消えてきていたのです。

 闇魔法を育てながら、セイロスはまたにやりとしました。

「力尽きようとしているな。今度の攻撃はもう反撃できないだろう」

 その背後では四枚翼の黒い竜がいっそう姿をはっきりさせていました。長い首を伸ばして口を開けると、そこからも黒い闇を吐き始めます。

 黒い魔法はぐんぐん大きくなっていきました。またディーラの上空をすっかりおおうほどになります。

「さあ、これで終わりだ。私に逆らう者たちがどうなるかを、世界中の反逆者どもに見せつけてやれ」

 とセイロスは闇をディーラへ投げ落とそうとします――。

 

 ところがそこへ、はるか上空からギーの声が聞こえてきました。

「セイロス、あれを見ろ!」

 ギーは東の方角を指さしていました。振り向いたセイロスは、そちらの空から何かが猛烈な勢いで飛んでくるのを見ました。ユラサイの竜のような長い体をした生き物で、背中に人を乗せています。

「来たか」

 とセイロスは言いました。ついにフルートが駆けつけてきたのだと思ったのです。黒い魔法をそちらへ投げつけようとします。

 すると、飛んでくる人物が叫びました。

「ちょぉっとぉ! ちょっとちょっと、ちょぉっと待ったぁ! ボクだってばボク! 味方を見間違えないでよぉ!」

 セイロスは手を止めました。眉間にしわを寄せて言います。

「ランジュールか。紛らわしい真似をするな」

 やってきたのは本当に幽霊のランジュールでした。セイロスの目の前まで飛んでくると、口を尖らせて食ってかかります。

「ひっどいなぁ! 黄泉の門の前まで飛ばされちゃったから、大急ぎで抜け出して駆けつけてきたってのに、ボクを魔法で吹き飛ばそぉとするんだからぁ! 知的で優雅で上品なこのボクがどぉして敵に見えるのさぁ! よく確かめてよねぇ!」

 そう言う彼は、本物のユラサイの竜にまたがっていました。竜にしては小ぶりで、二本の角と長い赤いひげがあります。

「今回はケルベロスに乗ってきたのではなかったのか」

 とセイロスは言いました。以前、紫の魔法使いに黄泉の門まで飛ばされたときには、彼は黄泉の門の番犬のケルベロスに乗って戻ってきたのです。

 ランジュールは竜から降りながら答えました。

「この世まではケルちゃんに送ってもらったんだけど、戦争の真っ最中だから、ケルちゃんも大忙しでさぁ。ここまでは送れないって言って、すぐ戻っていっちゃったんだよねぇ。どぉしよぉかなぁ、自分で飛んでったら時間がかかりすぎるなぁ、って考えていたら、このみーちゃんにばったり会ってさぁ。みーちゃんに乗せてもらって戻ってきたってわけ。いやぁ、本当にラッキーだったなぁ。これも普段からのボクの行いがいいからだよねぇ。うふふ、よしよし」

 ランジュールは話している間に機嫌が直ったようでした。竜の頭をなでながら、話し続けます。

「このコは蛟(みずち)のみーちゃん。前にユラサイで捕まえたボクのかわいいペットだよぉ。体は小さいけど飛ぶのが速くて、いろんなモノに姿を変えることもできてねぇ。だから、ボクの代わりにこのディーラを見張ってるように、って言って、渡り鳥に変身させてディーラを見張らせてたんだ。さっき呼んでも全然来なかったから、どぉしたんだろぉと思っていたら、なぁんとクロンゴン海の真ん中で会ったんだから、ほぉんとびっくりだよねぇ。おかげで助かったけどさぁ、うふふふ……」

 

 ランジュールの話はまだまだ続きそうでしたが、セイロスは面倒になってきていました。黒い魔法も手の先で保留になっていたので、ランジュールをさえぎって言います。

「巻き込まれたくなければ離れていろ。これを都に落とすところだ」

「うふん、特大の黒い魔法だねぇ。昔、レィミ・ノワールって魔女のお姐さんもハルマスでそれを使ったけど、こっちのほうがだんぜん大きくて強力そぉだよねぇ。さっすがデビルドラゴンの権化――」

「どけと言っているのだ。吹き飛ばされても知らんぞ」

 とセイロスはまたぶっきらぼうにさえぎりました。彼はデビルドラゴンの名前を出されることを好みません。

 ランジュールは、くすくすと女のように笑い続けました。

「はぁい、どきます、どきますよぉ。ボクは幽霊だけど、魔法を食らえばダメージを受けちゃうからねぇ。ただ、ひとつだけ警告があるんだなぁ。んん、警告っていうよりお知らせかなぁ。あの都に勇者くんたちはいないよぉ。勇者くんたちはクロンゴン海の真ん中から、どっかに行っちゃったんだからさぁ」

 セイロスはまた顔をしかめました。

「奴らがあそこにいないことくらい、とっくにわかっている。これ以上邪魔するなら、おまえもその竜ごと――」

 そこまで言って、セイロスは急に顔つきを変えました。一瞬考え込むように沈黙すると、ランジュールを見つめ直して聞き返します。

「今、なんと言った。フルートたちはどこからどこへ行っただと?」

「んん? どこへ行ったのかはわからないよぉ。みーちゃんがディーラを見張ってたら、勇者くんたちが空を飛んで抜け出してきたらしくてねぇ。みーちゃんは一生懸命追いかけたんだけど、振り切られそうになったから鳥から竜に戻って追いかけたら、クロンゴン海の真ん中で急に姿が見えなくなったんだってぇ。たぶん、どこか別の場所に魔法で移動したんだと思うよぉ。お嬢ちゃんとは別の、天空の国の魔法使いも一緒にいたって、みーちゃんが言うしさぁ」

 ランジュールが言う「お嬢ちゃん」とは、ポポロのことです。

 

 すると、セイロスの手の先で急に黒い魔法が縮み始めました。

 空をおおうほど巨大だった渦巻く闇が、たちまちセイロスの手に吸い込まれて消えていきます。

 同時に、セイロスの背後から黒い竜も薄れて消えていきました。元の長さになった黒髪が、ふわりと広がりながら降りてきて、鎧の背中を流れます。

 ランジュールは目を丸くしました。

「あれぇ? 黒い魔法を使うんじゃなかったのぉ? かっこいいデビルドラゴンのお帽子も消えちゃったしぃ」

 けれども、セイロスはそれには答えずにランジュールに迫りました。

「もう一度聞くぞ。フルートたちはどこからどこへ行った? クロンゴン海とはどこのことだ?」

「え、クロンゴン海を知らないのぉ? ああ、そぉっか。セイロスくんは二千年前の古代人だったっけねぇ。クロンゴン海っていうのは、この中央大陸の東側にある大きな海でぇ――」

「ではやはり西の大海のことか! 西の大海のどこだ!?」

 セイロスにいきなりどなられて、ランジュールはまた目を丸くしました。

「どこって、海の上に目印はないからねぇ。とにかく海の真ん中。そう言うしかないよぉ」

 セイロスは焦れたように顔を歪めました。

「その竜はその場所まで追いかけていったのだな! 直接聞くぞ!」

 とたんに、元に戻ったセイロスの髪が一束、触手のように伸びました。宙を飛んで、ランジュールの横にいた蛟の胸を貫きます。

「ああっ、ボクのみーちゃんに何をするのさぁ!?」

 ランジュールは金切り声を上げましたが、竜の蛟はみるみるしわだらけになると、小さくしぼんで消えていってしまいました。セイロスに吸収されてしまったのです。

 それと同時にセイロスが言います。

「やはりあの場所か――。フルートめ、ついに気づいたな。そうか、それで奴はここにいないのだな。私をこの場所に引きつけておいて、その間に『あれ』を奪うつもりか。そうはさせん!」

 フルートが竜の宝のある闇大陸へ行ったと気づいたセイロスは、それ故に大きな勘違いをしました。このディーラでの戦いを、フルートが仕組んだ陽動作戦だと思い込んだのです。まんまとはめられたと考え、怒りに身震いしながら空飛ぶ馬の横腹を蹴ります――。

 

「セイロス、急にどうした!?」

 上空で見守っていたギーは、セイロスが突然ディーラに背を向けて駆けだしたので驚きました。

「こらぁ! ボクのみーちゃんを返してよぉ!」

 とランジュールがセイロスの馬の尻尾をつかんだので、彼までがセイロスと一緒に遠ざかっていきます。

「セイロス! どこに行くんだ!?」

 ギーもあわてて後を追いかけましたが、セイロスを乗せた馬は信じられないような速さで駆けて、あっという間に見えなくなってしまいました。尻尾にしがみついたランジュールも一緒です。

 振り切られてしまったギーは立ちつくしました。

「急にどうしたっていうんだ、本当に? これから俺たちにどうしろっていうんだ……?」

 そこにはまだ百数十頭の飛竜がいて、障壁を張ったディーラの上で旋回を続けていました。あともう少しで彼らの勝ち戦になるはずだったのに、大将のセイロスがいきなり戦場を離脱してしまったのです。

 取り残されたギーと飛竜部隊は、セイロスが去っていった東の空を呆然と眺めました――。

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