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第24巻「パルバンの戦い」

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75.知らせ・1

 一方、王の執務室では、ユギルが占盤を見ながら知らせていました。

「黒い魔法は光の魔法に跳ね返されて、ディーラの上から消滅いたしました。赤の魔法使い殿が東から駆けつけてくださったおかげでございます」

 ロムド王はリーンズ宰相と共に不安そうに上を見ていましたが、それを聞いて、ほっと肩の力を抜きました。黒い魔法がロムド城の尖塔を押しつぶしていたので、執務室も地震のように揺れていたのです。

「赤の魔法使い殿が戻られたのですか。これで四大魔法使いが城に揃いましたね」

 と宰相が冷や汗をぬぐって安堵すると、伝令役の魔法使いが言いました。

「隊長たちが繰り出した四体の守護聖獣が都を守っております。東西南北欠けているところはありません」

 こちらも安堵の表情です。

 王はユギルを振り向きました。

「駆けつけてきたのは赤の魔法使いだけか? オリバンたちは一緒ではないのだな?」

 赤の魔法使いは、テトとエスタの国境に当たる峠で、オリバンたちと一緒に守備に当たっていました。先に敗戦の知らせを伝えてきたときにも、オリバンたちと一緒にいると報告していたのです。

「赤の魔法使い殿だけでございます。赤殿は戦場になった東の峠から、魔法で移動を繰り返して駆けつけてくださったようでございます。それは殿下やセシル様には無理な移動手段ですから――」

 そこまで話して、ユギルはふと占盤を見つめ直しました。

 赤の魔法使いがディーラへ駆けつけてきた軌跡の出発点に、オリバンたちが見当たらないような気がしたのです。

 銀鼠の魔法使いを表す火狐の象徴は峠近くにあって、ディーラめざして移動を始めていますが、その周辺にオリバンを象徴する青い獅子やセシルを象徴する金葉樹は存在しませんでした。銀鼠の弟の灰鼠の象徴もありません。

 ユギルの中を不吉な予感がよぎっていきました。占盤の象徴よりもっと深い場所で、占者の直感が警告を鳴らしたのです。占盤上にオリバンたちの象徴を探し求めようとします──。

 

 ところが、そこへいきなりキースが姿を現しました。扉を開けずに、直接魔法で部屋に飛び込んできたのですが、その姿はねじれた二本の角と黒い翼がある闇の民になっていました。驚く王たちに早口で言います。

「こんな格好で申し訳ない! 黒い魔法の爆発のせいで、闇の姿が呼び出されてしまったんだ! セイロスが上空でまた闇の力を呼び集めた、とアリアンが言ってる! 警戒してくれ!」

 ユギルは、はっとして、急いで占盤を見つめ直しました。確かにディーラの上空には強大な闇が渦巻いていますが、その中心にいるはずのセイロスを見ることはできません。過去からやってきたセイロスは、ユギルの占盤に象徴として現れないのです。

 彼は即座に占う対象をロムド城と城下町の人々に切り替えました。こうすることで、セイロスが次に何をしようとしているのかを知ることができます。差し迫った事態に、オリバンたちの行方や様子を占うことは忘れてしまいます……。

「どうだ、ユギル!?」

 と王に尋ねられたとき、彼は無表情なくらい冷静な顔に変わっていました。厳かに言います。

「セイロスは二発目の黒い魔法を使おうとしております。二発目も防がれたときには、三発目を。彼はなんとしても都を破壊するつもりでございます」

 執務室の人々は青ざめました。

「で、でも、こちらには隊長たちが揃っています! セイロスが何度黒い魔法を使っても、きっと防いでくれます!」

 と伝令役の魔法使いが強く言い返すと、ユギルはいっそう厳かな表情になりました。はるか彼方から響いてくるような声で言います。

「いいえ、四大魔法使いにも次の黒い魔法は防げません。強大な闇は城を押しつぶし、都全体を吹き飛ばしてしまうでしょう。地上の人々は誰ひとり助かりません。全滅いたします」

 冷酷な宣言に一同は立ちすくみました。ロムド王でさえ、すぐには声が出てきません。

 

 すると、宰相が頭をかきむしりました。

「勇者殿! 勇者殿たちはどちらにいらっしゃるのですか!? 城が――ディーラがこんな状況に陥っているというのに!」

「フルートたちか」

 とキースは言って、何かを尋ねるように空中へつぶやいてから、一同に首を振って見せました。

「だめだ。アリアンにもやっぱりフルートたちの居場所はわからない。この周辺にはいないんだ」

「彼らが近くにいれば、とうに駆けつけているだろう」

 と王は言って唇をかみました。その顔は蒼白になっています。

「いったいどうすればいいのですか!? 黒い魔法が我々を全滅させるのを待つしかないというのですか!?」

 とリーンズ宰相は叫び続けました。ここまで冷静でいようと必死にがんばってきたのですが、それももう限界だったのです。

 それに答えようとしたキースが急に、うっと顔をしかめ、頭上へ目を向けました。

「セイロスの闇を呼ぶ力がいちだんと強くなった。城の中にいても奴のほうへ引き寄せられるのを感じる。アリアンやグーリーたちが心配だ。悪いけど、ぼくは部屋に戻るよ」

 そう言うなり、執務室から姿を消していきます。

「セイロスがまた巨大な闇魔法の準備を始めた、と白の隊長から報告がありました!」

 と伝令役の魔法使いも言いました。セイロスが二発目の黒い魔法をディーラに落とそうとしているのです。

 ロムド王はまたユギルへ目を向け、占盤をのぞき続けている彼に尋ねました。

「今度の黒い魔法は四大魔法使いにも防げないと言うのだな?」

「左様です――」

 と占者は答えました。先ほどの厳かな冷静さは消えて、今は必死の表情で助かる道を探し続けています。

 

 すると、半狂乱で頭をかきむしっていた宰相が、急にその手を下ろしました。

 ふぅぅ、と大きく息をすると、今までの狼狽が嘘のように冷静な声になって、伝令役の魔法使いに言います。

「もはや、ここは安全ではありません。魔法で人を運ぶことができますね? 陛下を地下の避難所へお連れしてください。もうひとりを同時に運べるならば、ユギル殿を。おふたりをここで死なせるわけにはまいりません」

「何を言っている、リーンズ!? そなたはどうするのだ!?」

 とロムド王は驚きました。宰相は自分も地下室へ避難させてくれとは言っていません。

 宰相は微笑しました。青ざめきった顔ですが、落ち着いた声で言います。

「たとえ都を焼かれ城を破壊されても、王さえご無事であるなら国は再建できます。ユギル殿もそれを助けるために絶対必要な方。どうか、ただちに地下室へ避難なさってください。私は階段でまいりますので」

 けれどもそれは、自分には助かる時間の余裕がないと覚悟を決めてしまっている表情でした。リーンズ! と王がまた言いますが、それを無視して魔法使いに言います。

「陛下とユギル殿を早く地下室へ。黒い魔法がやってきます」

「わかりました」

 と魔法使いはうなずきました。王と占者を避難させるために杖を握り直します――。

 

 そのとき、ユギルが声をあげました。

「未来が動きます! 戦況が変わっていきます!」

 一同は、はっとしました。

「早く陛下たちを地下室へ!」

 と宰相が叫びましたが、王は聞き返しました。

「勇者殿たちがついに来たのか!?」

 すがるような期待の声でした。ここまで口に出さなくても、心の中ではフルートたちの到着を待ち続けていたのです。

 ユギルは占盤から顔を上げました。

「いいえ、勇者殿たちはいらっしゃいません。そのために、わたくしたちは救われるのです」

 あの不可解な予言を繰り返して、占者は一同を見つめました――。

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