「来るぞ! セイロスの黒い魔法だ!」
白の魔法使いは叫んで床から跳ね起き、よろめいて膝を突きました。こめかみから流れ出した血が頬を伝い、白い衣の胸元を汚していきますが、かまわず叫び続けます。
「青、深緑、動けるか!? 御具を使うぞ!」
すぐに起き上がったのは深緑の魔法使いでした。こちらも塔の床にたたきつけられたのですが、しわだらけの手で顔を拭って血と傷を消すと言いました。
「わしは大丈夫じゃ。だが、青はまともに食らったぞ」
セイロスが闇の剣で守りの魔法を切り裂いたので、四大魔法使いは強烈な反動を食らったのでした。特に障壁を切り裂かれた青の魔法使いは、塔の部屋の端から端まで吹き飛ばされ、石の壁に激しくたたきつけられていました。座り込むように壁にもたれたまま動きません。
「青! しっかりしろ、青! ――フーガン!!」
女神官が思わず本名で呼びかけると、武僧はぴくりと反応して頭を上げました。血に汚れた顔で、にやりとします。
「職務中に名前で呼ぶのは厳禁ではありませんでしたかな、マリガ?」
本名で呼び返されて、女神官は真っ赤になりましたが、すぐにどなり返しました。
「大丈夫ならさっさと返事をしろ! タヌキ寝入りをしている場合か!?」
「いやいや、麗しの女神が私の名前を呼んでくれたので、黄泉の門の前から呼び返されてきたのですよ。あなたの声は私には最高の癒やしの魔法だ」
それを聞いて女神官と老人はぎょっとしました。武僧は冗談のように言いましたが、本当に死にかけていたのだと気づいたのです。
「どれ」
老人が杖を振って、隣の塔の武僧の怪我を治します――。
その間にも都の上空ではセイロスが黒い魔法を肥大させていました。
さし上げた手に集まる闇の力は、ディーラ全体をおおうほどにまで育っています。
「来るぞ! 急げ!」
と女神官は南の塔で部屋の中央へ走りました。そこに台座に据えられた御具があったのです。
東の塔と北の塔でも、武僧と老人がそれぞれの御具へ走っていました。金属でできた柄を握ると、勢いよく台座から引き抜きます。
とたんに御具がビリッと音を立てて震えました。魔法使いたちから伝わる魔法の光が目に見えて明るくなって、御具全体が白、青、深緑に輝き出します。
彼らは何かに必死に耐える顔で御具をかざしました。食いしばった歯の奥から叫びます。
「出でよ――!!!」
すると、御具の先端からほとばしった光が、都をおおう障壁の上でうねり始めました。白、青、深緑の光が渦巻き、空へ昇り始めます。
三色の光が離れた後の障壁は、透き通ったガラスのようになりました。ガラスの丸天井越しに、空いっぱいに広がった黒い魔法が見えます。それは破裂寸前の円盤のように見えました。セイロスが腕を振ると、手の先から離れてゆっくりと落ち始めます。
城壁や城下で守りに就いていた魔法軍団は立ちすくみました。あまりにも巨大な闇魔法は、彼ら全員が力を合わせても、とても止めることはできません。
「うわぁぁぁ……!!!」
誰もが思わず頭を抱えて悲鳴を上げます。
すると、障壁から離れた光がふくれあがって形を変えました。それぞれに白い天使、青い熊、深緑色の鷲(わし)になって、さらに巨大になっていきます。それは四大魔法使いが御具で呼び出した守護獣でした。上空から降ってくる闇の円盤をにらみつけると、腕を伸ばし、宙を踏みしめ、翼を広げます。
とたんに守護獣たちの上には虹色の光の盾が広がりました。輝きながら闇の円盤にぶつかり、すさまじい音と火花をたてます。
「うぉ、な、なんちゅう重さじゃ――!」
と老人が北の塔で叫びました。細い杖のような御具をかざしているだけなのですが、まるで巨大な岩でも押さえているように、腕も膝も激しく震えています。
「こらえろ、深緑! 放せば闇魔法が都を直撃するぞ!」
と女神官が言いました。こちらも全身を震わせ、必死で御具を支えています。
一番力自慢のはずの武僧も、顔を真っ赤にして懸命に御具を掲げていました。セイロスの闇魔法はそれほど巨大で強力だったのです。
三人が呼び出した守護獣は、黒い魔法の円盤を完全に止めることはできませんでした。円盤が落ちる速度は鈍くなりましたが、それでもじりじりと下がり続けて、ガラスのような障壁に迫ってきます。
「障壁に触れる!」
と見守る魔法軍団が叫んだ瞬間、本当に闇の魔法が障壁に触れました。丸天井の頂上部分が吹き飛び、どぅぅん、と爆発します。
「セ――セイロスの力が以前より強くなっていますぞ――!」
「障壁に触れても止まらんわい!」
と武僧と老人が叫びました。あまりに強大な魔力に、さすがの彼らも抵抗しきれなくなっています。
女神官は叫び続けました。
「がんばるんだ! 我々が止めなければ、闇魔法が都を破壊して焼き尽くす! ディーラの街と人間がすべて焼き尽くされてしまうんだぞ! こらえろ――!」
けれども、そう言う彼女も滝のような汗を流しながら、死にものぐるいで御具を支えていました。息が上がって、それ以上は声が出せなくなります。
都の外では彼らの分身である天使と熊と鷲が光の盾を掲げ続けていました。闇魔法の円盤は光の盾より巨大です。盾がじりじり下がっていくと、盾の周囲で闇魔法が障壁を砕き爆発が起きます。
「城にぶつかる!」
と魔法軍団がまた叫びました。
ロムド城は丘の上に建つ城なので、都で一番高い場所にあります。その中央にそびえる尖塔に光の盾が触れたのです。塔の頂上にあった見晴台ごと、塔が押しつぶされていきます。
そこは戦闘の見張り台にもなっていました。逃げ遅れた見張りの兵士が、崩れた塔と一緒に墜落していきます。
こらえろ――! と女神官は声にならない声でまた叫びました。
城の中にはロムド王をはじめとする、大勢の大切な人々がいます。自分たちがいる守りの塔も、城を囲む城壁にあります。
守りの塔がつぶれ御具の力が働かなくなったら、その瞬間に守護獣たちは姿を消し、闇魔法を防いでいる光の盾も消滅してしまいます。そうなれば、黒い魔法は都の真ん中で炸裂し、王も家臣たちも都の人々も避難してきた住人も吹き飛ばし、激しい炎となって都を焼き尽くしてしまうのです。
そんなことをさせるわけにはいかない……!
そうは思っても、やっぱり黒い魔法を押しとどめることはできませんでした。ずずん、ずずずん、と不気味な音を立てながら、城の尖塔がつぶれて崩れていきます。
「も、もうだめじゃぁ!」
ついに老人が絶望の声をあげます――。
そのときです。
今まで光を発していなかった西の塔から、赤い光がほとばしりました。
光の盾のすぐ下まで空を駆け上ると、渦を巻いてふくれあがり、赤く輝く巨大な山猫に変わります。
ガァァァァ……ッ!!!
山猫は大きくほえると、空中で四本の脚を踏ん張り、金色の目で光の盾をにらみつけました。
とたんに、光の盾が、ぐん、と巨大になり、いきなり下降が止まりました。盾と黒い魔法の力が釣り合ったのです――。
四大魔法使いたちは驚きました。もう一体の守護獣が現れた西の塔へ叫びます。
「赤!」
「赤ですな!?」
「いつの間に戻ってきたんじゃ!?」
西の塔の最上階では、赤い長衣を来た黒い小男が御具を高く掲げていました。金色の猫の目を光らせながら、白い歯をむき出して笑います。
「ダ――ッタ」
赤の魔法使いは肩で息をしていました。はるか東の場所から移動を繰り返してきて、ぎりぎりのところで間に合ったのです。
ディーラの上空に広がる闇の円盤は、輝く光の盾に止められて、それより下がることができなくなっていました。盾は天使、熊、鷹、山猫の四体に、がっちり支えられています。
「よし、跳ね返すぞ!」
女神官の声に、守護獣たちがいっそうまぶしく光り出しました。白、青、深緑、赤の四つの光が入り混じり、虹色の盾がまばゆく輝き出します。
すると盾は上昇を始めました。闇の円盤を乗せたまま空をぐんぐん昇っていきます。
「障壁よ戻れ!」
と女神官がまた言うと、都をおおう障壁が復元していきました。透明な半球が再び都をすっぽりと包みます。
やがて、はるか上空で爆発が起きました。光の盾が黒い魔法を打ち砕いたのです。光と闇がぶつかり合った火花が、熱や光と共に降り注いできて障壁の上を流れ落ちますが、都に影響はありません。
四大魔法使いはセイロスの黒い魔法を撃退することに成功したのでした――。