「敵の飛竜が障壁を越えて都に侵入しました! 魔法軍団が高射魔砲で迎撃中です!」
王の執務室で伝令係の魔法使いが報告したとき、ロムド王や宰相はすでにその事態に気づいていました。城の外から激しい爆音や振動が伝わってきていたからです。
「被害の状況はわかるか?」
と王が険しい顔で尋ねると、魔法使いより先にユギルが占盤を見ながら言いました。
「都のあちこちで火災が起き始めております。敵の飛竜のしわざでございますが、ゴーラントス卿が率いる兵士と魔法軍団が駆けつけているので、拡大する前に鎮火すると出ております。セイロスが障壁にあけた穴がふさがれたので、敵はもう侵入も逃亡もできなくなっております。現在都にいる敵は、間もなく魔法軍団に駆逐されるものと存じます」
そうか、と王は安堵しましたが、宰相は心配そうなままでした。
「セイロスはどうしているでしょう? 例のとんでもない破壊魔法を使おうとしていますか?」
「セイロスはまだ様子を見ているようでございます。おそらく、飛竜の一部を都に送り込んで、こちらの反応を見ているのでございましょう」
「まずこちらの戦闘力を確かめているということか。慎重だな」
と王は考え込みます。
一方、宰相は少し明るい顔になりました。
「セイロスはこの都を占領して、城を自分のものにするつもりではないでしょうか? それなら、できるだけ都を破壊したくないはずですから、こちらにも勝利のチャンスが生まれます」
けれども、ユギルは首を振りました。
「この都をすさまじい闇の攻撃が襲うという予兆は変わりません。セイロスにディーラを温存するつもりはないのです。ただ、何かを用心しているようです。それで、即座には攻撃してこないのでございます」
「勇者たちか」
とロムド王はすぐに気づきました。
「セイロスは彼らが都にいないことをまだ知らないのだ。彼らが姿を現さないので、何か企んでいるのではないかと疑って、確かめようとしているのだろう」
宰相は一瞬絶句すると、おそるおそる聞き返しました。
「では……都に勇者殿たちがいないとセイロスが知ったら、どうなりますか?」
「遠慮なく破壊の黒い魔法を使ってくるだろうな。かといって、勇者たちが都にいるように見せかけても、彼らの作戦を実行させまいとして、やはり黒い魔法を使うだろう。勇者たちがいるかいないかわからないために、セイロスは慎重になっているのだ」
「では、結局いずれは破壊魔法を使われるということですか――!」
と宰相は叫び、すがるようにユギルを振り向きました。
「勇者殿たちの居場所はまだわからないのですか!? 勇者殿たちがこちらに向かわれているという兆候はないのでしょうか!?」
「残念ながら、勇者殿たちの象徴は占盤から隠されております。勇者殿たちの動きは見ることは誰にもかないません」
とユギルは答え、ひそかに唇をかみました。真剣な目で占盤を見つめ続けます。
「落ち着け、リーンズ」
と王は励ますように言いました。
「我々は負けずに持ちこたえることを考えているのだ。我々はまだ負けてはいない。魔法軍団も強く守り続けている。味方を信じるのだ」
そのとき、また大きな音がして、城が激しく揺れました。
今までになく間近な音に宰相が飛び上がると、伝令の魔法使いが言いました。
「ご安心を。中庭に敵の飛竜が入り込みましたが、青の隊長が駆逐しました」
ロムド王はうなずきました。不安がないはずはないのですが、動じる様子を見せずに執務室の真ん中に立っています。
ユギルはまた占盤をのぞき込んで、戦闘の行方を占っていました。
伝令の魔法使いは戦場にいる仲間たちと低い声でやりとりを続けています。
それを見て、宰相も少し落ち着きを取り戻しました。都では、大勢がそれぞれの立場で敵と戦っているのです。勝つためではなく、負けずに持ちこたえるために。自分も落ち着かなくては、と宰相は考え、大きく深呼吸してから王へ言いました。
「城内ではまだ一部の家臣や召使いが仕事をしております。どうしても必要な者以外は急いで地下室に避難するように言ってまいります」
「頼んだぞ」
と王がまたうなずきます。
執務室から出て通路を足早に歩きながら、宰相はまたつぶやきました。
「誰もが敵の暴力と恐怖に耐えています。どうか、皆が力尽きてしまわないうちに、早くお戻りください。どうか一刻も早く」
祈りにも似たそのことばは、居所がしれない勇者の一行に向けられていました――。