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第24巻「パルバンの戦い」

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第21章 魔法軍団

69.魔法軍団・1

 「現れたぞ! 飛竜だ!」

 ディーラの街壁の上で見張っていた魔法使いが、東南東の空を指さしました。焦げ茶色の長衣を着た男性で、分厚い眼鏡をかけています。

 一緒にいた若葉色の長衣の娘が近くの兵士たちへ叫びました。

「敵よ! 早く知らせて!」

 ウー、と隣の魔法使いもうなるような声をあげました。こちらは赤錆(あかさび)色の長衣をすっぽり着込んだ大男です。

 空と城壁の間には守りの塔から発射された光の障壁が広がっていますが、その向こうの空に敵が姿を現していました。低く垂れ込めた灰色の雲から、次々と飛竜が出てきます。

「敵襲!」

「東南東に敵の飛竜部隊!」

 兵士たちの間で声が飛びかい、すぐに角笛が鳴り響きました。軍全体に敵の出現を知らせたのです。

 さらに街全体でも教会の鐘がいっせいに鳴り出しました。こちらは都の人間に敵襲と避難を呼びかける音です。

 ウポォォォーー、ウポォォーー……!!

 ガラーンゴローン! リーンゴーン! ドーンドーン……!!!

 都は騒々しい音でいっぱいになります。

 

 敵の飛竜は次々に現れていました。

 分厚い雲を突き抜けて落ちてくると、大きな翼をばさりと動かして水平飛行に移り、まっすぐこちらへ向かい始めます。

 その背中には敵の兵士が乗っていました。飛竜の長い首の根元に鞍を置いて手綱を握っています。

 城壁の兵士たちがいっせいに弓矢を構えたのを見て、若葉色の衣の娘はあわてて止めました。

「隊長たちが障壁を張っているから届かないわよ! 矢の無駄遣いをしちゃだめ!」

 それは二人の軍師の戦いの際にも活躍した若葉の魔法使いでした。赤の魔法使いの部隊に所属していて、精霊を使うことができます。

 その隣で大柄な魔法使いがまたウーとうなりました。赤錆色のフードを脱ぐと、白い長い毛におおわれた頭と顔があらわれます。こちらは赤の部隊に所属する雪男です。

 若葉の魔法使いは兵士たちに言い続けました。

「接近する敵には赤錆が攻撃するわ! 赤錆の魔法は障壁に関係なく飛んでいくし、闇の魔法で防がれることもないから!」

「急いだほうがいい。ものすごい数の敵だぞ」

 と焦げ茶色の長衣の魔法使いが言いました。こちらは深緑の魔法使いの部下で、非常に目が良いので、見張り役を買っているのです。

 飛竜の大群が向かってくるのを見て、雪男は右手を突き出しました。そこには大きな体に不似合いなほど小さな杖が握られていました。先端から次々と魔法の弾を繰り出します。

 そのひとつが先頭を飛ぶ飛竜に命中すると、飛竜は背中の兵士もろとも一瞬で凍りつきました。そのまま空から地上へ落ちていきます。

 

「どんどん迫ってくるぞ! 急げ!」

 と焦げ茶の魔法使いがまた言いました。顔にかけた眼鏡のレンズをつかんで回転させています。目が良すぎる彼は、眼鏡を調整することで近い場所を見ているのです。

「赤錆だけじゃ間に合わないわね――。スプリガン、出てきて! 敵が宝を奪おうとしてるわよ!」

 と若葉の魔法使いは言いました。それを聞きつけた兵士たちが、スプリガン? と怪訝そうな顔をします。

 すると、光の障壁の向こうで地面がぽこぽこと膨らみ、地中から小さな男たちが大勢現れました。ドワーフのようにずんぐりした体つきをしていますが、もっと醜い顔をしていて、ぼろ布のような服をまとっています。

 空から迫る飛竜部隊の兵士たちも、地面から現れた集団に気がつきました。あまり小さいので馬鹿にして笑います。

「なんだ、あのチビどもは!?」

「あんな連中で俺たちを防ごうっていうのか?」

「ふざけた奴らだ!」

「よぉし! 飛竜の餌にもならんが蹴散らしてやる!」

 と血の気の多い兵士が急降下を始めました。数騎がそれに続きます。

 若葉の魔法使いはまた声をあげました。

「スプリガン! そいつらを追い払って!」

 とたんに醜い小人たちが巨大化を始めました。街壁よりも背が高い巨人になると、太い腕で迫っていた飛竜をたたき落としてしまいます。

 あわてて上昇しようとした仲間の飛竜たちも、他の巨人に捕まってしまいました。まるで小鳥のように首をひねられ、背中の兵士ごと地面にたたきつけられます。

「すごい……!」

 とロムド軍の兵士たちは驚きました。

「あの巨人はゴーレムなのか?」

 と訊かれて、若葉色の長衣の娘は答えました。

「違うわ、あれはスプリガン。あれでも精霊の仲間よ。丘の中に住んでいて、宝の番をしているの。このディーラはロムドの宝だもの。ディーラがある丘にもスプリガンは棲んでいるのよ」

 巨人の精霊が彼らの目の前でまた飛竜をたたき落とします――。

 

「おいでなすったな。若葉と赤錆が戦闘を始めとるわい」

 と北の塔で深緑の魔法使いが言いました。

「敵はかなり南寄りのコースを取ってきましたな。てっきり東南東から来るものと思って身構えていたんですが。ちょっと外されました」

 と東の塔で青の魔法使いも言います。

 南の塔の白の魔法使いは、厳しい声で答えました。

「敵も馬鹿ではない。こちらが襲撃に備えていると気づいて、わざと少し進入路を変えてきたんだ――。準備しろ、深緑、青。セイロスが攻撃してきたら若葉たちでは対抗しきれないぞ」

「ほい、承知じゃ」

「いつでもいいですぞ」

 と老人と武僧が返事をします。

 

 街壁の際では魔法使いと飛竜部隊の攻防戦が続いていました。他の部署からも魔法軍団が駆けつけて、一緒に飛竜へ攻撃を繰り出しています。

 彼らの魔法は守りの障壁をすり抜けて外へ飛び出していきました。敵に命中して火花を散らし、飛竜を墜落させます。もちろん、雪男は冷凍魔法で飛竜を凍らせているし、精霊使いの娘もスプリガンで飛竜をたたき落としています。

 近づくと攻撃を食らってしまうので、飛竜たちは前進をやめて旋回を始めました。

 そこへ、雲の中からランジュールが出てきて、あれぇ、と言います。

「なぁに、なぁにぃ。スプリガンじゃないのぉ。珍しいなぁ。ディーラにスプリガンがいたんだぁ。へぇぇ」

「なんだ、スプリガンって? あの巨人のことか?」

 と後を追うように出てきたギーが尋ねると、最後に雲の中から出てきたセイロスが言いました。

「スプリガンは地下に棲む精霊だ。昔はドワーフより小さな姿をしていたのだが、二千年の間にずいぶん大きくなったようだな。ランジュール、あれを奪って敵の守りを切り崩せ」

「スプリガンを? うぅん、あれって魔獣じゃなくて精霊だからねぇ。うまくいくかなぁ」

 ランジュールは首をひねりながら飛んでいくと、巨大なスプリガンの間を飛び回りながら呼びかけました。

「はぁい、スプちゃんたちぃ、こんにちはぁ。ボクたち、ここを通って中に入りたいんだけどさぁ、ちょぉっとボクたちに協力してもらえないかなぁ――って、おぉっとぉ!!」

 ランジュールは幽霊なので、スプリガンがいくらつかみかかっても平気な顔でしたが、いきなり紫の光が飛んできたので、悲鳴を上げて飛びのきました。空中で光が網のように広がって消えていくと、顔をしかめて街壁に向き直ります。

「やっぱり出てきたねぇ、お嬢ちゃん。お子様はママのところでおとなしくしていてほしいんだけどなぁ」

 城壁の魔法軍団の中に、ひときわ小柄な少女が立っていたのです。紫色の長衣を着て黄色い巻き毛に細い紫のリボンを結んでいます。まだ七つか八つくらいなのですが、つんと顔を上げて、大人のように言い返します。

「もちろん、あたしが出てくるわよ。あたしは幽霊専門の魔法使いですからね。それに、あたしは親のところになんか帰らないわ。だって、そんな人たち、もうこの世にいないんですもの」

「あららぁ。じゃあ、孤独な身の上ってわけぇ? かわいそぉにねぇ。でも、ボクって公正だから、そんなことで同情したり手を抜いたりはしないんだなぁ。しかも、ボクはかわいい魔獣をディーラの近くに潜ませておいたんだよねぇ。うふふ、ボクってほんとにあったまいぃ」

 ランジュールはそんなふうに自画自賛すると、上空に飛び上がって呼びかけ始めました。

「みーちゃん、みーちゃん、長い間待たせてごめんねぇ! ついに出番だよぉ、出ておいでぇ!」

 紫の少女は驚き、思わず身構えました。近くにいた魔法使いが二人、彼女を守ろうと駆け寄ってきます。

 

 ところが。

「あれ?」

 ランジュールはひとつだけの目を丸くしました。いくら待っても、彼の魔獣が姿を現さなかったからです。

 紫の少女も拍子抜けした顔になりました。

「どうしたのよ? 魔獣を出すんじゃなかったの?」

「そのはずだったんだけどねぇ。みーちゃんったら、どこに行っちゃったんだろぉ? ボクの代わりにディーラを見張ってなさい、って言っておいたのにぃ。みーちゃん、みーちゃぁん――!?」

 少女は肩をすくめました。自分の杖を取り出してひと振りします。

 とたんにまた紫の光が飛び、どん、と音を立ててランジュールにぶつかりました。魔法の直撃です。

 ランジュールは光に絡め取られて、そのまま彼方へ飛んで行ってしまいました。あぁれぇぇ……という声が遠ざかり、それっきり見えなくなってしまいます。

「そのまま黄泉の門に飛んでいきなさい! もう二度と戻ってこないで!」

 少女はそう言ってから、幽霊が飛んで行ったほうへ思いきりあかんべをしました。

「それに、おあいにくさま。ママやパパがいなくたって、あたしには仲間の魔法使いがたくさんいるんだもの。全然淋しくなんてないわ」

 彼女の両脇で守っていた魔法使いたちは、それを聞くと顔を見合わせ、まるで彼女の姉や兄のように、小さな仲間の頭をなでました――。

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