「どぉぉも納得いかないなぁ。なぁんでかなぁ。不思議だよねぇ」
空を飛びながら大声でそんなひとりごとを言っていたのは、幽霊のランジュールでした。
空はすでに夜が明けて、すっかり明るくなっています。
明け方に一戦終えてきたセイロスの飛竜部隊は、今はまたディーラを目ざして西へ飛んでいました。彼らの下に広がっているのは一面の雲の海です。雲の上に太陽が昇ってきたので、前方の雲の上に彼らの影が落ちています。
ランジュールが聞こえよがしにひとりごとを言い続けているので、ギーが顔をしかめてどなりました。
「うるさいぞ、幽霊! 何をそんなに不思議がってるんだ!?」
ランジュールはすぃっと速度を上げてギーの馬に並びました。
「さっきの戦いのコトさぁ。ボクたちはこうして雲の上を飛んでるのに、地上に降りたら、とたんにロムドの兵隊たちが襲ってきただろぉ? どぉしてあんなにタイミング良く攻撃してこれたのかなぁ? まるでボクたちがそこで下りるのを知ってたみたいだよねぇ」
「それがどうした。あの敵もセイロスが魔法で吹き飛ばしたんだから、全然問題ないだろう」
とギーが言い返すと、ランジュールは大きく肩をすくめました。
「島育ちのお兄さんは呑気だよねぇ。ボクたちは雲の上を飛んでるのに、降りたとたんに攻撃されたんだよぉ。それってボクたちの行動が向こうにお見通しになってるってコトだろぉ? どうしてそんなコトができるのか不思議だし、こっちにものすごく不利じゃないかぁ」
すると、セイロスが前方から振り向きました。
「おまえにしては珍しくまともなことを言っているな、ランジュール」
幽霊は口を尖らせました。
「ボクはいつだってまともだってばぁ。それに、これからいよいよボクの飛竜くんたちがロムド城を攻撃するんだからさぁ。雲の上を飛んで奇襲するつもりだったのに、こっちの動きが敵に知られてたら、奇襲なんてできないよねぇ」
「向こうには千里眼を持つ闇の娘がいるし、先読みが得意な占者もいる。そのあたりのしわざだろうな」
とセイロスが言ったので、ランジュールは今度はそちらの馬に並びました。
「こんなにピンポイントでボクたちの降りる場所がわかるわけぇ? 降りるたびに襲われて戦闘してたら、ボクの飛竜はどんどん減っていっちゃうよぉ。さっきだって、戦いの間に二頭やられちゃったしさぁ」
「心配はいらん。敵の城は目前だ。もう地上へ降りる必要はない。奇襲ができないというなら、正面からぶつかって敵を圧倒するだけだ」
それを聞いて、ランジュールはまた肩をすくめました。
「ほぉんと、セイロスくんって意外なくらい正攻法の人だよねぇ。こっちの動きがばれてるんだから、敵が罠を仕掛けてくるとか考えたりしないのぉ?」
「確かに、あいつの作戦は侮ることができん」
とセイロスは答えました。あいつというのは、もちろんフルートのことです。
「だが、そのときには作戦ごと連中を吹き飛ばすだけだ。ここはロムドではなく要(かなめ)の国、そして私はその王だ。私の邪魔をするものは、どんなものであっても排除するのだ!」
いつになく力を込めて言い切るセイロスに、ランジュールはちょっと目を丸くすると、ふふん、と笑いました。
「まぁ、せいぜい頑張ってよねぇ。力みすぎて、今回も勇者くんの策にきりきり舞いさせられないよぉにね」
とたんに、セイロスはじろりと幽霊をにらみました。こんな皮肉にまともに反応するあたりにも、フルートを用心する気持ちが表れてしまっているのですが、本人は気づいていません。
すると、後方の飛竜部隊から急に声が上がり始めました。
ギーも行く手を指さして言います。
「セイロス、あれはなんだ!?」
彼らの下に広がる雲海が、指さす先で不思議な色合いに染まっていたのです。日の光を浴びて白く光る雲の谷間が、その部分だけ青や緑に輝いています。
セイロスは、すっと目を細めました。
「いよいよだな。あの下にあるのが、我々の目ざすロムド城だ」
「あれって魔法の光だよねぇ。やれやれ、やっぱりボクたちがやってくるコトは、向こうにお見通しだったってわけかぁ」
とランジュールはため息をつきます。
セイロスは飛竜部隊を振り向くと、魔法で声を広げながら命令を下しました。
「あの光の下に目標がある! 全軍、雲の中に突入! 地上に降りて攻撃を開始するぞ!」
おおぅ!!!
飛竜の背中から男たちがいっせいに応えました。イシアード国からやってきた兵士たちです。
セイロスの馬が羽ばたきながら雲海に飛び込んでいくと、ギーとランジュールが後に続きました。飛竜たちも次々に雲の海に沈んでいきます。
ロムド軍とセイロス・イシアード軍による王都攻防戦は、いよいよ戦いの火ぶたが切って落とされたのでした――。