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第24巻「パルバンの戦い」

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66.守る者たち・1

 「都を囲む街壁の門が全部閉まったぞ、白。これでディーラには誰も入れんようになったわい」

 と深緑の魔法使いが言いました。深い森の色の長衣を着て、自分の背丈より長い樫(かし)の杖を持った、白い髪とひげの老人です。

 そこはロムド城を囲む四つの塔のひとつの、北の塔の中でした。彼が話しかけた女神官は、居城をはさんだ向こう側の南の塔にいるのですが、すぐに厳しい返事が聞こえてきました。

「都の門を閉じても敵は上空から侵入できる! 都を完全に障壁で包むまで油断するな!」

 彼らは心話で話しています。

 老人は肩をすくめました。

「ほい、もちろん油断なんぞしとらんよ。これから御具(ごぐ)を使って都全体を包むんじゃからの。ただ、そうなるともう外の者は完全に都に逃げ込めなくなるのぉ」

 すると、東の塔にいる青の魔法使いが心話で加わってきました。

「都の周りの住人はゴーラントス卿が都の中へ避難させましたよ。それに、都からある程度離れた場所にいる人は、むしろ都から距離をとったほうが安全だ。ユギル殿が空から見つけられないように森へ逃げ込めと言われたので、皆、森の奥に避難しておりますよ」

「そういうことだ。御具を使うぞ。息を合わせろ」

 と女神官に言われて、老人はうなずきました。

「ほい、そういうことなら、遠慮なくいこうかの。赤がおらんから、西の守りはわしと白とで半分ずつじゃな」

 そう話しながら、長い樫の杖で、どんと石の床を突きます。

 それとまったく同じタイミングで、別の塔にいる女神官と武僧も杖を突きました。離れた場所にいても、互いの姿ははっきりと見えています。

 彼らは杖を握りしめると、同時に声をあげました。

「発動!!!」

 

 とたんに彼らの杖が光り出しました。

 長い樫の杖は深緑に、すんなりしたトネリコの杖は白に、こぶだらけのクルミの杖は青に染まり、輝き始めます。

 その光はすぐに杖から床に伝わって広がりました。杖を中心に床をそれぞれの色に染め、ますます明るくなっていきます。

 足元からの光に照らされながら、魔法使いたちは部屋の中央へ目を向けました。そこには台座があって、先端に丸い玉がついた金属の棒が立っています。御具と呼ばれる魔法の道具です。

「はっ!!!」

 三人の魔法使いが同時に気合いを込めると、光が動き出しました。床伝いに部屋の中央へ流れ、台座を這い上って御具に伝わっていきます。

 御具の先端が深緑、白、青に光り出すと、そこから真上に向かって光の柱が伸び始めました。まばゆく輝きながら塔の屋根を突き抜けていきます――。

 頭上に石造りの屋根があっても、彼らには魔法の行方がよく見えていました。三つの色の光は寄り添いながら上昇を続け、ディーラの都の上空に達すると四方八方へ広がっていきます。それは都を守る光の障壁でした。光の膜が地面まで達して半球を作り、都を街壁ごとすっぽり包み込んでしまいます。

 その様子を魔法軍団の魔法使いたちが感心して眺めていました。

「相変わらず隊長たちはすごい力だ。この大きな都を丸ごと守ってしまうんだからなぁ」

「いくら御具があったって、あたしたちにはとても無理よね」

「当たり前だ。御具に力を吸い取られてぶっ倒れるよ」

「息も合わせなくちゃいけないし」

「そのうえ隊長たちは障壁を張りながら攻撃魔法も使えるんだからな。本当に大したもんだよ」

 街壁の上、門の上、守りの塔、城の屋上、街の中……それぞれの持ち場で、魔法使い同士そんな話をしています。

 

 深緑の魔法使いは、守りの障壁がしっかり都を包んだのを見届けると、塔の窓を振り向きました。空はすでに明るくなってきていますが、一面鈍色(にびいろ)の雲でおおわれ、雲の縁が朝焼けに赤黒く染まって、なんとも不気味な雰囲気です。

 東の塔から同じ景色を眺めていた武僧が言いました。

「あの雲は東の国境付近まで続いてますな。かなり低い雲だ。敵があの上を飛んできたら地上からは見えないので、発見が遅れますぞ」

「それが敵の狙いじゃな。あの雲にはかすかに闇の気配がする。セイロスが魔法で雲を送り込んで、自分たちを見つけられないようにしているんじゃろう」

 と老人が応えると、南の塔から女神官が言いました。

「おまえの目で敵を見つけることはできないか、深緑? 二百頭もの飛竜に不意討ちをくらうわけにはいかないぞ」

「それはそうじゃが、連中はセイロスの力で姿を隠しとるからの。この雲は本物の雲だし、いくらわしの目でも見つけるのは困難じゃ」

 彼らがそんなやりとりをしているところへ、別の人物が割り込んできました。まだ若い男性の声です。

「忙しいところを申し訳ないけど、ぼくの声が聞こえるかな? 聞こえたら返事をしてほしいんだけれど」

「その声はキース。どうした?」

 と女神官が応えると、青年はほっとしたような声になりました。

「よかった、届いたね。光の魔法で障壁を張ったから、ぼくの声も防がれるんじゃないかと心配したんだ。今、ぼくは城内の自分の部屋にいるんだけどね――」

「一緒に防衛戦に参加する、とか言い出すのではないでしょうな? やってくるのはセイロスだし、戦場には光の魔法が乱れ飛びますからな。さすがに今回はキース殿たちを戦場に出すわけにはいきませんぞ」

 と武僧が先手を打って制止すると、肩をすくめた気配が返ってきました。

「そうじゃないよ。それくらいはわかってる。ぼくたちは闇のものだから、守りの外に出てセイロスに操られたら、君たちに攻撃してしまうからな。そうじゃなくて、アリアンが敵の姿を鏡で捕らえたんだよ。それを知らせようと思ってね」

 なんだって!? と魔法使いたちは驚きました。

 すぐに老人が言います。

「そうか、アリアンは闇の目くらましを見通すことができるからの――。じゃが、大丈夫か? セイロスに気づかれたら捕まるぞ」

「だから、ぼくがそばにいるんだよ。絶対にセイロスには手出しさせないさ」

 とキースは答え、少し間があってから、こんなことも言います。

「ああ、そうそう、そうだよ。おまえたちもいるもんな、ゾ、ヨ、グーリー。みんなでアリアンを守ってるから大丈夫だ。ちゃんとそう言ってるんだから、そんなに騒ぐなよ――」

 どうやら同じ部屋にはゴブリンの双子のゾとヨや、鷹に化けたグリフィンのグーリーもいて、自分だけがアリアンを守っているようなことを言ったキースに抗議しているようです。

 

「アリアンがセイロスの軍勢を見つけたと言うんだな? 今、連中はどのあたりだ。教えてくれ」

 と女神官はキースに尋ねました。

「ディーラの東南東の方角だよ。空が明るくなると同時に飛び立ったようだが、今はまた地上に降りて牧場を襲っている。飛竜の餌にするつもりなんだろう。どこの軍勢かわからないが、飛竜に気づいて迎撃しようとしている兵隊たちがいる」

「東部の領主の手勢ですな。どこの領主かわかりますか?」

 と武僧は聞き返しました。

「さすがにそこまではアリアンにも無理だよ。ただ、その軍勢はえんじ色に黄色い鳥が三羽飛んでいる旗を掲げているらしい」

「では、マガホール侯爵の軍だ。予想以上に深く入り込まれているな」

 と女神官が厳しい声になります。

「マガホール候の家来はせいぜい数十名のはずじゃ。とてもセイロスには抵抗できん。わしの部下を応援に行かせよう」

 と老人が提案しましたが、彼女は厳しい声のまま言いました。

「だめだ。我々魔法軍団はディーラを守るように、とユギル殿から言われているんだ。昨夜のような破壊魔法をセイロスがマガホールでも使わないことを祈ろう――」

 そこへまたキースが言いました。

「飛竜と兵士たちの交戦が始まった。セイロスは上空から見ているらしい。こちらに気づかれるかもしれないから、アリアンは一度離れるぞ。先回りして、セイロスの軍勢がやって来たらまた連絡するから」

「ありがとう。陛下やユギル殿にもこの報告を頼む」

「わかった」

 キースの声が答えて、それきり聞こえなくなりました。

 

 会話の場が再び自分たちだけになると、武僧が言いました。

「敵はいつごろディーラに到達するでしょうな? マガホール候の領地からここまでは、まだだいぶ距離はありますが」

「赤の報告によれば、セイロスの飛竜部隊は飛距離が格段に伸びているという。ひょっとすると、この後はここまで一気に飛んでくるかもしれないぞ」

 と女神官は真剣な顔で答えます。

「飛竜は厄介な敵じゃ。マガホール候の軍勢が一頭でも数を減らしてくれるとありがたいんじゃがな」

 と老人も言うと、都の要所に散っている自分の部下たちへ呼びかけました。

「セイロスの飛竜部隊が都の東南東から接近しとると連絡があった! まもなくこの都にやってくるぞ! 迎撃準備につくんじゃ!」

「了解!!!」

 都の各地から部下の魔法使いの返事がありました。

 南や東の塔でも、女神官や武僧が自分たちの部下に同様の命令を下しています。

 塔の最上階の部屋で、老人は杖を握ってつぶやきました。

「勝たんでいいから負けるな、というのが陛下の命令じゃからな。わしらの目が黒いうちは、連中には絶対にディーラに侵入させんぞ。やってくるのが闇の竜の権化のセイロスだとしてもな」

 厳しい目で敵が迫る方角をにらむ老人の顔を、昇ってきた朝日が雲の切れ間から赤く照らしていました。

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