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第24巻「パルバンの戦い」

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64.休息

 「日没だ。これ以上進軍はできん。地上へ降りろ」

 セイロスの命令が部隊全体に伝わると、飛竜たちは次々と地上へ降りていきました。地上はもうすっかり暗くなっていたので、空に残ったほのかな夕映えを頼りに平地を見つけて着地します。

 幽霊のランジュールは飛竜たちの間を飛び回って呼びかけました。

「飛竜ちゃんたち、お疲れさまぁ。今夜はここにお泊まりするから、ゆっくり休んでいいからねぇ」

 すると、飛竜は地面に座り込み、長い首を体の横に回して目を閉じました。ランジュールが言うとおり、休み始めたのです。

 竜から下りたイシアード国の兵士たちは、なんとなく一カ所に集まっていきました。先ほどロムドの軍勢から攻撃されたばかりなので、用心する気持ちが働いています。

 集まった場所ではおしゃべりが始まりました。

「大将のあの攻撃はすごかったな。今まで、あんなものすごい攻撃は見たことがなかったぞ」

「ああ、本当にすごい魔法だ。何百人もの敵が一瞬で黒焦げだったからな」

「人間だけじゃない。離れた場所にあった町も全壊していたぞ」

「俺は、空にいるこっちまで一緒に黒焦げになるんじゃないかと、はらはらしていたよ」

「でも、大将は俺たちを魔法で守ってくれたじゃないか。大将は大した魔法使いだよな」

 兵士たちはセイロスの魔力のすさまじさに驚き感心していました。敵に回せばこれほど恐ろしい人物はいませんが、味方にすれば頼もしい限りです。敵地にいてもセイロスがいればきっと大丈夫だろう、という信頼が、兵士たちの間に生まれつつありました。

 そこへ部隊長がやってきて、セイロスの命令を伝えました。

「各自この場所で休め! 出発は明日の夜明け! 見張りは第一中隊から二時間交替だ!」

 うへぇい。

 兵士たちは返事をすると、それぞれに適当な場所で横になったり、二人一組で周囲に見張りに立ったりし始めました。食事は先ほどすませたばかりなので、ここでは休息するだけです。すぐに闇のあちこちから寝息が聞こえてきます。

 

「みんなおやすみなさぁい、ってわけだねぇ。今日も一日よく飛んだもんねぇ」

 と飛竜の見回りを終えたランジュールが、セイロスの元に戻ってきました。自分も空中で白い上着を脱ぎ、白い寝間着に着替えながら話し続けます。

「明日の朝になったら、飛竜たちにご飯を食べさせなくちゃダメだよぉ。まだ食事の途中だったのに、セイロスくんったら闇を爆発させて、牛も羊もみぃんな黒焦げにしちゃうんだからさぁ。明日の朝にはきっとまた腹ぺこになってるよぉ」

 セイロスは闇の中に立ったまま西の方角をにらんでいました。不機嫌な声で言います。

「時間がかかりすぎる。飛竜部隊はこの世で一番早く移動できる軍隊のはずだぞ」

「しょぉがないだろぉ? セイロスくんが黒い魔法で何もかも吹き飛ばしちゃったせいなんだからぁ。あそこでもうちょっと力を抑えて、軍隊だけを黒焦げにしていたら、飛竜は牧場でお腹いっぱい牛が食べられたし、兵隊さんたちも町で休めたんだよぉ。もし軍師のチャストくんが今も一緒だったら、きっとそんなふうにしたと思うけどぉ?」

 そんな話をしながら、ランジュールは頭に白い帽子をかぶり、脇に大きな枕を抱えると、空中で横になりました。とたんに宙にベッドが現れたので、首まで布団に潜り込みます。

 セイロスの横にいたギーが怒ってどなりました。

「勝手に寝るな! というか、貴様は幽霊だから寝る必要なんかないだろう!? それに、セイロスがすることに文句を言うんじゃない! セイロスは敵に反撃の隙をまったく与えずに、一瞬で吹き飛ばしてしまったんだぞ!」

 けれども、ランジュールはもう取り合おうとしませんでした。おやすみぃ、と言いながら手を振ると、すぐにわざとらしいいびきをかき始めます。

 

 セイロスはまだ腹を立てているギーに言いました。

「明日は早い。おまえももう休め」

 ギーはたちまち真顔になりました。

「俺がおまえより先に寝るわけにはいかない。見張りに立っていてやるから、まずおまえが休め、セイロス」

 相変わらずギーはセイロスに忠実です。

 けれども、セイロスはそっけなく言いました。

「私に休息は必要ない。それに考えたいことがあるのだ。おまえはもう休め」

 だが……とギーはまだ渋っていましたが、セイロスが腕組みして本当に考え事を始めたので、しかたなく休むことにしました。

「何かあったら起こしてくれよ。おまえが休みたくなったときにも声をかけてくれ」

 と言いながら地面に横になり、次の瞬間にはもういびきをかいていました。一日中空を疾走していく強行軍に、彼も実際にはすっかり疲れていたのです。

 ギーのいびきを背後に聞きながら、セイロスは組んでいた腕をほどき、自分の両手を眺めました。あたりは月明かりもない暗闇ですが、彼にはそんなものはなんでもありません。

 彼の手には黒い鋭い爪が伸びかけていました。手の甲から腕にかけてを守っている籠手(こて)も、星明かりを返して黒々と光っています。紫水晶で作られた防具なのですが、夜の闇を吸い込んだように、漆黒に変わっていたのです。

 ふん、とセイロスは鼻を鳴らすと、頭を上げて再び腕組みしました。その視線が向く先には、ロムド城が建つディーラがあります。

 やがてセイロスはつぶやきました。

「我々はロムド領内に侵入した。奴がいつ現れてもおかしくない状況になっているが、奴はまだ現れない。妙なことだ」

 セイロスが考えているのは、やはりフルートのことでした。金の石の勇者のフルートとその仲間たちは、彼の最大の障害なのです。

「奴はきっと何か企んでいる。奴の作戦を実行に移させるわけにはいかないのだ。その前にロムド城に到着して、一気に攻撃を開始しなくては――」

 

 そんなセイロスのひとりごとを、ランジュールは空中のベッドの中で聞いていました。そっと片目を開けてセイロスを見下ろし、こちらもひとりごとを言います。

「ふぅん。勇者くんがなかなか現れないから、セイロスくんは先を急いでるわけかぁ。ま、確かに、勇者くんがまだ出てこないのは不思議だけどねぇ。とっくにこっちを見つけて、飛んできていいはずなんだから。さぁて、勇者くんはどんな作戦を考えてるのかなぁ。ボクの飛竜たちとどっちが強いか、今度こそ勝負をつけなくちゃ。うふふ……おっと」

 つい笑い声が大きくなりそうになって、ランジュールは自分の口をふさぎました。布団に潜り直してつぶやき続けます。

「さぁ、寝よぉ寝よぉ。明日になったら、きっとまた激戦だよぉ。今度こそ、飛竜くんたちに大活躍させてあげなくちゃ。それまでおやすみなさい。良い夢をぉ」

 聞いている者など誰もいないのに、そんなことを言って、またぐうぐうといびきをかき始めます。

 セイロスはその音でちらりとランジュールを振り向くと、また、ふん、と視線を戻しました。

 行く手には丘と森が連なり、夜の中でしんと静まりかえっています。

 その行く手にフルートたちがいないことを、セイロスたちはまだ知りませんでした――。

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