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第24巻「パルバンの戦い」

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63.焦土

 ロムド城の魔法軍団に所属する薄紅の魔法使いは、抜群のプロポーションに豊かな金髪の美女でした。愛の女神セリヌに仕えているだけあって、いかにも色っぽい女性なのですが、見かけによらず強力な魔法の使い手で、白の魔法使い直属の部下として活躍しています。

 今、彼女は命令を受けて、ロムド国東部の領主たちに敵の接近を知らせて回っていました。領主の館を訪ねては空間を越えて移動し、別の領主を訪ねてはまた遠く離れた領地へ跳んで、敵の来襲に備えるように呼びかけていきます。

 セイロスたちは飛竜で空を移動しているので、空にいる間は手が出せません。敵が地上に降りてきたときだけが攻撃のチャンスなので、監視を怠らず、降下してくる敵を見たら即座に出動するように、と領主たちへ伝えます。

 

 ところが、夕焼けが西の雲を染める頃、突然彼女の背後で激しい振動が湧き起こりました。つい先ほど知らせに回ったゴレイ候の領地の方角です。

 彼女は、ぎょっとそちらを振り向きました。魔法による振動だと直感したのです。振動を追いかけるように、すさまじい闇の気配が伝わってきます。

 すると、そこへ仲間の魔法使いが現れました。緑がかった黄色の長衣に太った腹回りの男で、呼び名を檸檬(れもん)の魔法使いといいます。薄紅の魔法使いと同様、白の部隊に所属していて、別ルートで東部の領主の元を回っていたのです。

「ものすごい闇の気配だぞ!! 何があったんだ!?」

 と檸檬の魔法使いは言いました。地声が大きいのがこの男の特徴です。

 薄紅の魔法使いは青ざめたまま丘の向こうを眺めました。

「来たのよ。セイロスだわ。でも、あの魔法の気配は――」

「ただごとじゃないな!! 行ってみよう!!」

 檸檬の魔法使いが跳んだので、薄紅の魔法使いも後を追いかけました。

 二人同時にゴレイ候の館の近くに現れ、そのままその場に立ちすくんでしまいます。

 

 つい先ほど、薄紅の魔法使いが知らせに訪れたとき、石壁に囲まれた街の中央にはゴレイ候の屋敷が建ち、その周囲にたくさんの家が集まっていました。

 畑や牧場は街の外にありますが、農家は石壁の内側に建てられていて、農夫たちは毎日街から農作業に出かけていました。この一帯では昔からエスタ国との戦闘が繰り返されたので、街を頑丈な防壁で囲んで、何事かあればすぐに住人が逃げ込めるようにしてあったのです。

 今でこそエスタ国は同盟国になって戦争も起きなくなりましたが、領主のゴレイ候は油断することなく私兵の訓練を続けていました。

 薄紅の魔法使いが敵の接近を知らせに行くと、ゴレイ候は即座に住人を街に呼び戻して門を閉ざし、自ら武装して兵と共に出撃していったのですが――。

 

 そこには、何もありませんでした。

 館も家も街を囲む石壁も、畑も牧場も、何も残っていません。

 西の空から届く夕日に照らされているのは、焼け焦げて黒くなった地面と、崩れて土台だけになった家や石壁、それに、石のように黒くなって転がる無数の死体でした。すっかり焼けてしまっているので、それが男だったのか女だったのか、大人だったのか子どもだったのか、見分けることもできません。

「ひどい、全滅だ!!」

 と檸檬の魔法使いは言いました。崩れた家の煉瓦(れんが)の下にもいくつも死体があるのを見て、顔をしかめます。敵が接近していると聞いて街に逃げ込んだ住人は、隠れていた家ごと焼き払われてしまったのです。

 薄紅の魔法使いは青ざめながら周囲を見回し、街の東側の郊外に別の死体の集団を見つけて跳びました。牧場や畑があった場所です。死体はやはり見分けもつかないほど焼け焦げていましたが、それでも真っ黒になった鎧や兜が残っていました。焦げた剣や盾なども落ちています。

 その中に、他のものより立派な鎧兜をつけた死体を見つけて、薄紅の魔法使いは唇をかみました。ゴレイ候の変わり果てた姿だったのです。

 候は右手に抜きはなった剣を握りしめたまま死んでいました。そのすぐ近くには黒焦げの馬の死体も倒れています。敵へ攻撃しようとして焼かれたのに違いありません。

 薄紅の魔法使いは深く頭を垂れました。彼女が信仰するセリヌ神へ死者の魂の安寧を祈ります。

 

 そこへまた檸檬の魔法使いがやってきました。さすがに低い声になって言います。

「これはきっと黒い魔法のしわざだぞ。闇の力を一気に爆発させて、この一帯を焼き払ったんだ。セイロスのしわざに違いない」

 薄紅の魔法使いは祈りを捧げ終えると、顔を上げて西を振り向きました。セイロスと飛竜部隊はそちらへ跳び去ったはずなのですが、森の向こうに沈んでいく夕日が見えるだけで、敵の姿はもう見当たりません。

「陛下や隊長たちに急いでお知らせしなくちゃ」

 と彼女は言いました。正直、セイロスにここまでの闇魔法が使えるとは想像していなかったのです。王都ディーラでこの魔法を使われたら、ディーラであっても敗れるかもしれません。

「急いで城に戻ろう!! セイロスたちが来る前に!!」

 と檸檬の魔法使いは言って姿を消しました。ロムド城へ跳んでいったのです。

 薄紅の魔法使いも後を追いかけようとして、もう一度、焼け焦げた大地を振り向きました。美しい顔を大きく歪めてつぶやきます。

「ごめんなさいね。守ってあげられなくて」

 と彼女は焦土になったゴレイ候の領地へつぶやきました。二粒の涙が頬を伝っていきます。

 薄紅の魔法使いもロムド城へ跳び去ると、あたりには誰もいなくなりました。

 ただ黒く焼けた大地が広がっているだけです。

 やがて日が落ち、空も暗くなって、痛ましい光景は夜に隠されていきました――。

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