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第24巻「パルバンの戦い」

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62.侵入

 「どぉしてボクを呼んでくれなかったのさぁ!? 峠の砦を破壊したんだから、ついでに幽霊よけの魔法も解除してくれれば良かったのにぃ! ボクはとうとう砦に入れずじまいだったじゃないかぁ!」

 空の上を風に逆らうように飛びながら、ランジュールは盛大な不満を並べ立てていました。文句を言っている相手は、空飛ぶ馬に乗ったセイロスです。

「ボクは砦に幽霊専門の魔法使いのお嬢ちゃんがいるんじゃないかと思ったんだよねぇ! でも、実際にいたのは赤の魔法使いくんとグル教のお姉さんとお兄さんだけだったんだろぉ? それなら、魔法さえ解除してもらえば、ボクだって平気だったんだからぁ! それなのにボクを仲間はずれにして、勝手に砦を潰して勝手に出発してさぁ! 仲間に対してひどすぎると思わないのぉ!?」

 ランジュールの文句は止まりません。

 

 テト国とエスタ国の国境の砦を壊滅させた後、彼らはエスタ国に侵入してまっすぐ西へ向かい、まもなくエスタ国の国境も越えようとしていました。行く手の空には夕暮れの気配が漂い始めていますが、セイロスも彼に従う飛竜部隊も、空飛ぶ速度をゆるめようとはしません。ひたすら西にあるロムド城を目ざしています。

 ランジュールの文句がいつまでも続くので、セイロスの横を飛んでいたギーが、うるさそうに言い返しました。

「いいかげん黙れ。おまえはただの幽霊だろう。砦に来たって、できることは何もなかったのに、どうして文句を言うんだ?」

「ちょぉっとぉ、それってどぉいう意味ぃ!? ボクが役立たずだとでも言いたいのぉ!? ボクがいなかったら、この立派な飛竜部隊も作れなかったくせにさぁ! だいたいなぁにぃ!? 砦で飛竜を十頭も墜落させたり逃がしたりして! ボクがいないと飛竜の扱いも満足にできないんだからぁ!」

 ランジュールがますます腹を立てて金切り声になったので、さすがのセイロスも口を開きました。

「あの砦には見るべきものなどなかった。ロムドの魔法使いたちは駐屯していたが、軍隊もろとも私が焼き払ったからな。あんな場所にかかずらっていては、時間の無駄になるだけだ」

 それを聞いてランジュールは少し機嫌を直しました。

「まぁねぇ。あそこから強そうな魔獣の気配はしなかったから、収穫はなかったと思うけどさぁ。でもねぇ、ホントにロムドの魔法使いたちを倒したのぉ? 赤の魔法使いって、ロムドの四大魔法使いのひとりなんだよぉ? いくらセイロスくんでも、倒すのには苦労させられると思うんだけどなぁ」

「私の力を疑うというのか?」

 と今度はセイロスのほうがランジュールをねめつけました。絶対のプライドを鋭い眼光に込めています。

 幽霊は肩をすくめました。

「四大魔法使いは手ごわいよ、って言ってるんだけどなぁ。でも、ま、いいや。セイロスくんがそぉ言うなら信用することにするからさぁ」

 実際にはあまり信用していない口ぶりでそう言うと、ランジュールは彼らから離れていきました。後ろに続く飛竜部隊の様子を確認に行きます。

 すると、ギーがセイロスに馬を並べました。

「砦にはロムドの皇太子もいたんだろう? 皇太子も倒したことは、あいつに教えないのか?」

 セイロスはつまらなそうな表情になりました。

「ランジュールは皇太子に固執している。教えれば必ず確認に戻るから、それだけ時間の無駄になる。それに、奴に皇太子の魂を渡せば、奴は死者の国へ飛んでいくかもしれんからな。奴にはまだ働いてもらわねばならん」

「あんな奴はさっさと死者の国へ行けばいいんだ。そのうち絶対によくないことが起きるぞ」

 とギーはまたランジュールへの文句を言い始めましたが、セイロスはそれを無視して飛び続けました。彼の今回の目的は、ロムド王を倒してロムド国を中心にした同盟を解体させることです。そのためには一刻も早くロムド城に到達して、一気に攻撃することが不可欠だったのです。

 

 すると、そこへランジュールが戻ってきました。

「そぉろそろ下に降りたほぉがいいんじゃなぁいぃ? 飛竜たちが、飛び疲れたしお腹もすいた、って言ってるよ。休ませて餌をやらないとぉ」

 セイロスはたちまち不機嫌になりました。

「また休憩するというのか? 二時間前に休んだばかりではないか。見ろ。あそこの二つの山の向こうにロムド国がある。可能な限り速く飛んで、ロムドの王都を一気に襲撃するのだ」

「まぁたそんな無茶を言うぅ」

 とランジュールは天を振り仰ぎました。

「飛竜ってのはねぇ、こまめに休ませて餌を食べさせないと、すぐに飛べなくなっちゃうんだよぉ。ボクが訓練したから、確かに飛距離は伸びたけど、それでもそろそろ限界だからねぇ。地上に降ろして餌をあげないとさぁ」

 けれども、セイロスは譲りませんでした。

「我々はロムド国に入る。間もなく日も落ちる。休憩はそれからだ」

「まったくもぉ、セイロスくんはぁ。急がば回れって諺(ことわざ)、聞いたことがないのぉ? 日が暮れて周りが見えなくなったら、どぉやって飛竜の餌を探すってのさ。お腹がすいた飛竜が兵隊さんを食べちゃったって知らないよぉ?」

 ランジュールはかなり大きな声で話していたので、話の内容は風に乗って飛竜部隊にも届いていました。空腹になった飛竜が背中の兵士を襲うかもしれないという話に、たちまち兵士たちがざわめき始めます。

 ギーはあわててセイロスに言いました。

「部下たちが動揺しているぞ。早めに休憩したほうがいい」

 セイロスは舌打ちしましたが、本当に飛竜部隊の兵士たちが不安そうにしているのを見て、行く手を示しました。

「あの山の間を越えてロムド国に入ったら休憩を取る。そこまでしっかり飛び続けろ」

 それで部隊もまた落ち着きを取り戻しました。風を切りながら前進を続けます。

 不機嫌な顔のまま先頭を行くセイロスに、ランジュールはまた肩をすくめました。すぃっと上空へ離れると、飛び続ける部隊を見下ろして腕組みします。

「セイロスくんはデビルドラゴンだから、飲み食いしなくても休憩しなくても全然平気なんだよねぇ。セイロスくんの言う通りにしていたら、飛竜を全部潰されかねないから、気をつけなくちゃなぁ」

 飛竜たちは最後の力を振り絞るようにして、西へ、ロムド国へと飛び続けています――。

 

 やがて、国境を越えた部隊は、地上へ降下していきました。疲れ果てた飛竜たちが高く飛べなくなっていたのです。

 飛竜に合わせて高度を下げながら、セイロスは地上を見渡し、眼下に街道と畑を見つけて言いました。

「村があるな。牧場を探せ」

「牧場、ありました!」

 とすぐに兵士のひとりが行く手を指さしました。麦刈りの終わった畑が黒々と広がる中、薄緑色の地面が見えていたのです。そこに牛の群れを見つけて、セイロスは命じました。

「あそこで休憩! 飛竜に餌をやれ!」

 もちろん餌になるのは牧場の牛たちです。竜たちは地上すれすれを飛びながら牛を追い立て、長い首と牙で牛に襲いかかリました。牧場はたちまち牛の悲鳴と飛竜の鳴き声でいっぱいになります。

 一方、竜の背中から下りた兵士たちも、それぞれに携帯した水を飲み食料を口にして休憩を始めました。竜は食事が終わるまで飛ぼうとしないので、その間は兵士たちも休憩することができるのです。

 夕映えに染まり出した空を見上げて、おしゃべりも始まります。

「今日はここで終わりにならないのかな。もうすぐ夜なのに」

「この先に館や小さな町も見えたから、きっと食い物や酒があるぞ。そこへ行けたらいいんだがなぁ」

「だめだめ。俺たちの大将がそんな寄り道をするもんか」

「そうだな。とにかく脇目もふらず一直線だからな。イシアードを出発してから、ずっとその調子だ。なんでそんなに急ぐんだか」

「あぁあ、たまにはうまい飯をゆっくり食いたいよなぁ」

 飛竜部隊のイシアード兵たちは、セイロスと知り合ってまだ間もないこともあって、そんな愚痴を言い合っていました。周囲に広がっているのが、牧場と畑と森というのどかな景色だったので、緊張感もあまりなかったのです。

 

 ところが、そんな兵士のひとりがいきなり短い悲鳴を上げて、ばったりと倒れました。

 その背中に矢が突き立っていたので、部隊はたちまち大騒ぎになります。

「敵だ!」

「敵襲だぞ!」

 うろたえる兵士たちに向かって、また矢が飛んできました。牧場で牛を襲っている飛竜にも何十本という矢が飛んでいきます。

「敵だと!?」

 とセイロスは驚いて振り向き、兵士がばたばたと倒れていく様子を見ました。飛竜部隊の兵士たちは軽装だったので、矢を防ぐことができなかったのです。

 すると、近くの森から角笛が響き、革の鎧を着た兵士たちが弓矢を構えて飛び出してきました。金属の鎧兜をつけた歩兵や、馬にまたがった騎馬兵もぞろぞろと現れます。総勢百名近い軍勢です。

 ひときわ立派な鎧兜を着けた人物が、馬の上からどなってきました。

「わしはここの領主のゴレイだ! わしの領地で強奪を行うとは不届き千万! しかも、貴様たちは陛下がおわすディーラへ攻め上ろうとしていると聞く! そのような真似はさせんぞ! ここで草葉の露と散れ!」

 ここはもうロムド国内でした。領主の軍勢が、舞い降りる飛竜部隊を見つけて駆けつけてきたのです。

「行け! 連中を決してディーラへ行かせるな!」

 領主の号令と共に大量の矢がまた飛び、歩兵が雄叫びを上げて駆けだしました。その手には槍や剣が握られています。

 血のように赤く染まる夕空の下、ロムドと飛竜部隊の戦いが始まっていました――。

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