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第24巻「パルバンの戦い」

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第19章 開戦準備

61.開戦準備

 「エスタ城の弟と連絡がとれました! テト国との国境から侵入した敵の飛竜部隊は、エスタ国内の空を西に向かって進軍中だそうです! 二百頭近い飛竜の大軍という知らせも入っております!」

 ロムド王の執務室でそう報告しているのは、四ヶ月ほど前からロムド城に駐留している、エスタ国の魔法使いのトーラでした。黒い長衣を着込んだ青年で、エスタ城のほうには双子の弟のケーラがいます。二つの国の間には遙かな距離がありますが、双子の彼らは心話で瞬時に連絡を取り合うことができるのです。

 王の執務室には、ロムド王とトーラの他に、リーンズ宰相と白の魔法使いとキース、そして丸テーブルに向かって座ったユギルがいました。

 ユギルが占盤を見つめながら言います。

「やはり敵の姿は占盤に現れておりません。闇の力で自分たちの居場所を隠しているのでございます。二百頭もの飛竜を隠せる闇魔法使いは、セイロス以外にはありえません」

 ロムド王は厳しい顔で報告を聞いていました。

「赤の魔法使いが砦から伝えてきた通りだな。敵が目ざしているのはどこだ。エスタ城があるカルティーナか? それともこのディーラか?」

 王に尋ねられて、ユギルがまた言いました。

「敵の姿は見えませんが、敵によって戦が引き起こされれば、それは占盤に現れます。カルティーナに戦の兆候はございません。セイロスの飛竜部隊はまっすぐこのロムド城を目ざしてくるものと存じます」

 すると、白の魔法使いが言いました。

「先ほど、敵の来襲を知らせるために、部下たちを東部の領主たちの元へ飛ばせました。陛下がすべての領主に軍備をご命令になっていたので、敵がやってきてもすぐに応戦できる状況です」

 ところが、キースが首をかしげました。

「そう言うけれど、敵は飛竜に乗って空を飛んでくるんだろう? それに対して、領主たちの兵士はみんな地上にいる。空と地上じゃ全然戦いにならないじゃないか」

 彼の頭の中には、飛竜に乗った大軍がロムド東部の街や村の上を飛び過ぎていく様子が浮かんでいました。領主の兵士たちは空に向かって矢を射かけますが、空の高い場所を飛ぶ飛竜には届かず、敵は悠々とロムド城へ飛び去っていく――そんな光景です。

 それに首を振って見せたのはリーンズ宰相でした。

「確かに、空を移動していく飛竜には、地上からの攻撃は届かないかもしれません。ですが、飛竜も生き物ですし乗り手の兵士も人間です。赤の魔法使い殿の報告によれば、この飛竜たちはこれまでの飛竜よりずっと長く飛べるそうですが、それでも、休息もとらずに何十時間も空を飛び続けることは不可能です。いつかは必ず地上に降りるのですから、そのときならば地上の兵士にも攻撃が可能になります」

「なるほどね」

 とキースは言って、人差し指の先で自分の頬をかきました。端整な顔立ちをしていても、どこかひょうきんな雰囲気がある闇の王子です。

 

 すると、ユギルがまた占盤を見ながら話し出しました。

「東部の領地のあちこちに、戦の予兆が現れ始めております。予兆は東からこのロムド城まで一直線上に出ておりますので、敵の進軍ルートに間違いないと存じます」

「つまり、そこで飛竜部隊は地上に降りるというのだな。だが、敵がこちらへ向かい続けているということは、領主たちの軍勢では進軍を止めきれないということか」

 とロムド王は言いました。厳しい表情がいっそう厳しくなっています。

「魔法軍団が出動しましょう。我々であれば、空を飛行中の敵に攻撃することもできます」

 と白の魔法使いが言うと、ユギルは頭を振りました。

「それは得策ではございません。これは戦闘なので、占いの結果は刻一刻と変わってまいりますが、どのような状況になったとしても、最終的に敵がディーラへ押し寄せるのは間違いなさそうでございます。魔法軍団にはディーラを堅く守っていただきたく存じます」

 不吉な予言に、女神官は思わず拳を握りました。サータマンの飛竜部隊が闇の石を身につけてディーラを襲撃したのは、今から一年半前の、赤いドワーフの戦いのときのことです。あの激戦が再び繰り返されようとしています。

 リーンズ宰相がまた言いました。

「ディーラで戦闘が起きるとユギル殿が占われたので、ゴーラントス卿には都と周辺の住人に避難を呼びかけてもらっております。前回サータマン軍が襲撃してきたときと同様、都の周囲の住人は都の貴族の屋敷やこの城内に避難させますが、今回はそれに加えて家畜の避難も指示してあります」

「どうして家畜まで?」

 とキースはまた聞き返しました。一刻も早く人が避難しなくてはならない状況なのに、手間がかかる家畜まで避難させようとする意味がわかりません。

 それに答えたのはロムド王でした。

「敵の飛竜に餌を与えないためだ。飛竜は体を軽く保つために、鳥と同じように食いだめをしておくことができない。行く先々で餌を補給しなくては飛び続けられないのだ」

「前回の戦いでは、都の周辺の牧場の牛や羊が、敵の飛竜にずいぶん食い荒らされました。農民はそれを覚えているので、今回は率先して家畜の避難を行っています。そのため、家畜と共に森や家畜小屋に避難している農民も少なくありません」

 とリーンズ宰相も言います。

 なるほど、とキースはまた頬をかきました。ロムド王は領民を避難させるだけでなく、敵を兵糧攻めにすることも考えているのです。

 

 すると、白の魔法使いが言いました。

「ワルラ将軍がここにいらっしゃらないことは本当に残念です。将軍がいらっしゃれば、地上に降りた飛竜部隊に強力な攻撃をしてくださったでしょう。将軍は戦闘がテトで起きるものと思って、正規軍と共にテトへ向かっておいででした。軍に同行している部下を通じて現況をお知らせしたので、急ぎ引き返しておいでですが、都に到着するまでにはかなりの時間がかかると思われます」

「それはやむを得ないことだ。ここで共に戦ってほしい人物は他にも大勢いるが、我々は今いる人員、今ある兵力で戦うしかない」

 とロムド王は答えました。暗にオリバンたちやフルートたちのことも言っています。

 とたんに、一同の脳裏をユギルの予言がよぎっていきました。

 勇者たちがいないために戦は敗れる。けれども、勇者たちがいないために戦は救われる……。

 ユギルは以前、この執務室で彼らにそう告げたのです。

 その予言の意味が知りたくて、彼らはユギルを見ましたが、銀髪の占者は視線を占盤に向けて、また占いに没頭していました。不可解な予言の解説はしてくれません――。

 

 キースはロムド王たちに一礼しました。

「それじゃぼくはアリアンに敵の進軍ルートを知らせてきます。向こうにはセイロスがいるから、直接透視すると捕まる危険がありますが、遠目になら偵察することができるでしょう」

「うむ。アリアンをよろしく頼むぞ」

 とロムド王は答えました。キースがアリアンの護衛役につくことを知っているのです。

 キースが退出したのに続いて、白の魔法使いも言いました。

「それでは私も青や深緑と共に、都の防衛の準備に取りかかります。陛下や宰相殿も早く安全な場所に避難してくださいますように」

「この執務室がわしたちの居場所だ。城は魔法軍団によって守られている。世界中にここ以上に安全な場所はない」

 と王が即答したので、女神官はちょっと苦笑しました。

「それでも、念のためということはございます。前回の襲撃の後、部下たちと城の地下室を強化して、避難所に改造いたしました。ここが危険な状況になったら、すぐに地下室へ避難なさってください」

「わかった。だが、その前にそこへ避難するのは周辺の領民たちだな。リーンズ、レイーヌ侍女長へ避難してきた民を地下室へ案内するように伝えるのだ」

「承知いたしました。王妃様やメーレーン王女様にも、地下室へ避難するようお伝えいたしましょう」

 とリーンズ宰相は言って執務室から出て行きました。白の魔法使いも後を追うように姿を消していきます。

 一方、エスタ国の魔法使いのトーラは、ひどく驚いた顔をしていました。おそるおそるロムド王に尋ねます。

「し、失礼ながら、今、宰相殿は、王妃や王女を領民と同じ場所へ避難させると言われたのでしょうか……? 高貴な方々と卑しい民を一緒にされるというのですか? まさか!」

 魔法使いの青年があまり意外そうな顔をしているので、王はつい微笑しました。

「格式を重んじるエスタではありえないことであるか? だが、ここはロムドだ。前回サータマンの飛竜部隊に都が襲撃されたときにも、王妃と王女は民と共に大広間にいて、怯える民を力づけていたのだ。今回も王妃たちは喜んで民と共に避難するだろう」

 それを聞いて、青年はますますぽかんとしました。ロムド王も言ったとおり、身分や格式を非常に大切にするエスタ国では、まず考えられないことだったのです。

 

 そのとき、ユギルがふいに占盤から顔を上げました。

「強い予兆が現れました。間もなくロムド国の東端で戦闘が始まります。セイロス軍が我が国へ侵入いたします」

 この世ならざる場所から響くような声で、占者は激戦の開始を王に告げていました――。

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