「三の風だ、早く隠れろ!」
という青年の声に、一行はあわてふためきました。
パルバンで最も恐ろしいのは三の風だ、と彼らは岩の顔から聞かされてきたのですが、荒れ地には彼ら全員が身を隠せる場所などなかったのです。
「何をぐずぐずしてるんだ! 地面に潜るんだよ!」
と青年はまた言うと両手を下へ向けました。魔法で地下に隠れようとしたのです。ところが魔法が発動しなかったので、パニックに陥りました。
「うわぁぁ、も、もうダメだぁ! 三の風に吹かれるぞ! おしまいだぁ!!」
「落ち着いて、五さん! みんな、ぼくの周りに集まって!」
とフルートは言うと、胸のペンダントに呼びかけました。
「頼む! みんなを守ってくれ!」
全員はフルートの周りに身を寄せ、自分たちを包む金の光が濃くなっていくのを見ました。その向こうから鉛色の煙を巻き上げて三の風が迫ってきます。煙の中に無数の光が稲妻のようにひらめくのが見えました。地鳴りのような音や、何かを引き裂くばりばりという音も聞こえてきます。
レオンは青ざめながら言いました。
「あれは魔法同士が衝突して発生した大嵐だ。ものすごい力だぞ。まだ離れているのに息が詰まりそうだ……」
ペルラも同じ圧力を三の風から感じていました。顔を苦しそうに歪めて、押し寄せてくる力に必死に耐えています。
「フルート、守りの光が!」
とポポロが指さしました。彼らを包んでいる金の光が、迫ってくる三の風に押されるように、へしゃげて薄くなり始めていたのです。
「みんな、ぼくの後ろに回れ!」
とフルートは叫んで、迫る風の前に飛び出しました。風に押されてどんどんへこんでいく金の光へ、がんばれ! みんなを守ってくれ! と念じ続けます。
すると、金の光がまた強まりました。迫る風を追い返すように、ぐんと広がって一行を光の球で包み直します。
鉛色の煙が目の前まで迫ってきました。それは荒れ狂いながら移動してくる灰色の雲でした。奥から湧き上がり、ふくれ、ねじれ、絡みつき、押しのけ合い、こちらへ突き進んできます。
けれども、今度は金の光も負けませんでした。光の球の表面は風にあおられて砕け、ぱりぱりと乾いた音をたてますが、しっかりと一行を包み続けています。
「聖守護石の力のほうが勝っている」
とレオンは言って、フルートを見つめ直しました。金の石の力の源は、フルートの皆を守りたいという想いです。彼はどれほど強くみんなを守りたいと思っているんだろう……と改めて考えてしまいます。
ところが、次の瞬間ポポロが悲鳴を上げました。
「風が入ってきた!」
輝く金の光の中に、灰色の風が入り込んできたのです。あっという間に周囲は灰色に変わって何も見えなくなり、ごうごうと荒れ狂う風の音に閉ざされてしまいます。
風にあおられて全員は悲鳴を上げました。下から上へ吹き上げながら進んでくる強風です。誰もが吹き飛ばされそうになります。フルートもはおっていたマントをあおられてよろめきます。
すると、その体を押さえるように、何かが絡みつきました。風は正面から吹きつけてきますが、フルートはびくとも動かなくなります。
そのうちに三の風は通り過ぎていきました。濃い煙のようだった灰色の雲が流れていって薄くなり、やがて風の音も遠ざかっていきます。
周囲が明るくなって、あたりがまた見えるようになったので、フルートはほっとしながら振り向き、目を丸くしました。
そこには仲間たちがひとかたまりになっていました。ポポロ、メール、レオン、ペルラ、緑の毛皮の青年、ポチ、ルル、ビーラー、シィ……仲間たちは全員揃っています。全員の周囲にはロープが回されていて、ゼンがロープの端をがっちり握っていました。彼らが風に吹き飛ばされなかったのは、ゼンのおかげだったのです。
「ありがとう、ゼン」
とフルートが言うと、ゼンはロープを束ねてしまいながら、にやっと笑い返しました。
「俺だけの力じゃねえよ。ポポロの魔法が効いてたんだ。そうでなきゃ、いくらなんでも全員は抑えられねえや」
「あの風には光や闇以外の魔法も作用しているから、聖守護石にも防ぎきれなかったんだな。聖守護石の守りの光は聖なる力だから」
とレオンが分析すると、ペルラが聞き返しました。
「あら、でも、ポポロの魔法も聖なる力でしょう? なのにどうして彼女の魔法は効いているのよ?」
「ポポロの魔法は三の風より強力だったんだろう」
とレオンが答えたので、ペルラはあきれたように肩をすくめてしまいます。
フルートは仲間たちを見回しました。
「みんな大丈夫だったかい? 調子が悪い人はいないか?」
一同は頭を振り返しました。三の風が吹きすぎるまでは窒息しそうな苦しさを感じたのですが、風が過ぎてしまえば、それも消えていました。
フルートは、ほっとしました。
「よし、それじゃ出発だ」
このパルバンの荒野に隠されたという竜の宝。その宝は今もまだパルバンにあるのか、岩の顔が言っていたように何者かに奪い去られてしまったのか、早くそれを確かめなくてはならなかったのです。
ところが、歩き出してすぐに一行はまた立ち止まりました。青年がついてこなかったので、守りの光の外に出てしまったのです。フルートはあわてて駆け戻りました。
「どうしたんですか、五さん? 行きましょう」
青年がそれに返事をしないので、メールとポポロも言いました。
「どうしたのさ? まだあのなんとか二十八って人を待ってるのかい?」
「あの人はもう怪物なのよ。悲しいけれど、元には戻せないわ……」
けれども青年はやっぱり何も言いません。うつむいたまま立ちつくしています。
「こんなところでぐずぐずしてられねえんだ! 行こうぜ、五!」
とゼンが青年を力ずくで歩かせようとすると、いきなりポチが背中の毛を逆立てて飛び出しました。ゼンと青年の間に割って入って叫びます。
「ワン、みんな下がって! この人は――」
すると、青年がいきなりポチの背中を殴りつけました。
ポチは、ギャン! と悲鳴を上げて吹き飛びました。ポチの背中に幾筋もの深い傷が走り、血しぶきが散ったので、仲間たちは悲鳴を上げます。
「ポチ!!?」
けれども、彼らがいるのは金の石の光の中でした。ポチの傷はたちまちふさがり、ポチが着地したときには、もう跡形もなく治っていました。
ポチはまた背中の毛を逆立てると、青年に向かって低く身構えました。
「みんな、五さんから離れて! 早く!」
すると、青年が頭を上げました。いきなり空に向かって叫び始めます。
「イーェエーアェェーー!!!」
フルートたちは思わず立ちすくんでしまいました。
意味不明な叫び声を上げる青年は、両手に長い鋭い爪がありました。叫ぶ口には牙もあります。そして、顔中に目が何十と増えていました。ぎょろぎょろと動きながら空を見ています。
「これ、さっきの怪物と同じ――」
と言いかけたペルラにレオンが答えました。
「三の風のせいだ! 彼はポポロが守りの魔法をかけたときに一緒にいなかった! 三の風を浴びて怪物になってしまったんだよ!」
「ィイーアェァエェーー!!!」
と青年がまた叫びました。もう人の声ではありません。
顔中に開いている目がいっせいに空からフルートたちへ向きました。飛びかかろうとする猫のように、ゆっくり背中が丸まっていきます。
「来るぞ! 逃げろ!」
とフルートは叫ぶと、自分は皆の前に飛び出しました。怪物になった青年の前に立ちます。
「ィアァーー!!!」
青年はまた声をあげると、フルートめがけて飛びかかり、牙の生えた口で喉元に食いついていきました――。