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第24巻「パルバンの戦い」

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58.三の風

 「三の風だ、早く隠れろ!」

 という青年の声に、一行はあわてふためきました。

 パルバンで最も恐ろしいのは三の風だ、と彼らは岩の顔から聞かされてきたのですが、荒れ地には彼ら全員が身を隠せる場所などなかったのです。

「何をぐずぐずしてるんだ! 地面に潜るんだよ!」

 と青年はまた言うと両手を下へ向けました。魔法で地下に隠れようとしたのです。ところが魔法が発動しなかったので、パニックに陥りました。

「うわぁぁ、も、もうダメだぁ! 三の風に吹かれるぞ! おしまいだぁ!!」

「落ち着いて、五さん! みんな、ぼくの周りに集まって!」

 とフルートは言うと、胸のペンダントに呼びかけました。

「頼む! みんなを守ってくれ!」

 全員はフルートの周りに身を寄せ、自分たちを包む金の光が濃くなっていくのを見ました。その向こうから鉛色の煙を巻き上げて三の風が迫ってきます。煙の中に無数の光が稲妻のようにひらめくのが見えました。地鳴りのような音や、何かを引き裂くばりばりという音も聞こえてきます。

 レオンは青ざめながら言いました。

「あれは魔法同士が衝突して発生した大嵐だ。ものすごい力だぞ。まだ離れているのに息が詰まりそうだ……」

 ペルラも同じ圧力を三の風から感じていました。顔を苦しそうに歪めて、押し寄せてくる力に必死に耐えています。

「フルート、守りの光が!」

 とポポロが指さしました。彼らを包んでいる金の光が、迫ってくる三の風に押されるように、へしゃげて薄くなり始めていたのです。

「みんな、ぼくの後ろに回れ!」

 とフルートは叫んで、迫る風の前に飛び出しました。風に押されてどんどんへこんでいく金の光へ、がんばれ! みんなを守ってくれ! と念じ続けます。

 すると、金の光がまた強まりました。迫る風を追い返すように、ぐんと広がって一行を光の球で包み直します。

 

 鉛色の煙が目の前まで迫ってきました。それは荒れ狂いながら移動してくる灰色の雲でした。奥から湧き上がり、ふくれ、ねじれ、絡みつき、押しのけ合い、こちらへ突き進んできます。

 けれども、今度は金の光も負けませんでした。光の球の表面は風にあおられて砕け、ぱりぱりと乾いた音をたてますが、しっかりと一行を包み続けています。

「聖守護石の力のほうが勝っている」

 とレオンは言って、フルートを見つめ直しました。金の石の力の源は、フルートの皆を守りたいという想いです。彼はどれほど強くみんなを守りたいと思っているんだろう……と改めて考えてしまいます。

 ところが、次の瞬間ポポロが悲鳴を上げました。

「風が入ってきた!」

 輝く金の光の中に、灰色の風が入り込んできたのです。あっという間に周囲は灰色に変わって何も見えなくなり、ごうごうと荒れ狂う風の音に閉ざされてしまいます。

 風にあおられて全員は悲鳴を上げました。下から上へ吹き上げながら進んでくる強風です。誰もが吹き飛ばされそうになります。フルートもはおっていたマントをあおられてよろめきます。

 すると、その体を押さえるように、何かが絡みつきました。風は正面から吹きつけてきますが、フルートはびくとも動かなくなります。

 そのうちに三の風は通り過ぎていきました。濃い煙のようだった灰色の雲が流れていって薄くなり、やがて風の音も遠ざかっていきます。

 

 周囲が明るくなって、あたりがまた見えるようになったので、フルートはほっとしながら振り向き、目を丸くしました。

 そこには仲間たちがひとかたまりになっていました。ポポロ、メール、レオン、ペルラ、緑の毛皮の青年、ポチ、ルル、ビーラー、シィ……仲間たちは全員揃っています。全員の周囲にはロープが回されていて、ゼンがロープの端をがっちり握っていました。彼らが風に吹き飛ばされなかったのは、ゼンのおかげだったのです。

「ありがとう、ゼン」

 とフルートが言うと、ゼンはロープを束ねてしまいながら、にやっと笑い返しました。

「俺だけの力じゃねえよ。ポポロの魔法が効いてたんだ。そうでなきゃ、いくらなんでも全員は抑えられねえや」

「あの風には光や闇以外の魔法も作用しているから、聖守護石にも防ぎきれなかったんだな。聖守護石の守りの光は聖なる力だから」

 とレオンが分析すると、ペルラが聞き返しました。

「あら、でも、ポポロの魔法も聖なる力でしょう? なのにどうして彼女の魔法は効いているのよ?」

「ポポロの魔法は三の風より強力だったんだろう」

 とレオンが答えたので、ペルラはあきれたように肩をすくめてしまいます。

 

 フルートは仲間たちを見回しました。

「みんな大丈夫だったかい? 調子が悪い人はいないか?」

 一同は頭を振り返しました。三の風が吹きすぎるまでは窒息しそうな苦しさを感じたのですが、風が過ぎてしまえば、それも消えていました。

 フルートは、ほっとしました。

「よし、それじゃ出発だ」

 このパルバンの荒野に隠されたという竜の宝。その宝は今もまだパルバンにあるのか、岩の顔が言っていたように何者かに奪い去られてしまったのか、早くそれを確かめなくてはならなかったのです。

 ところが、歩き出してすぐに一行はまた立ち止まりました。青年がついてこなかったので、守りの光の外に出てしまったのです。フルートはあわてて駆け戻りました。

「どうしたんですか、五さん? 行きましょう」

 青年がそれに返事をしないので、メールとポポロも言いました。

「どうしたのさ? まだあのなんとか二十八って人を待ってるのかい?」

「あの人はもう怪物なのよ。悲しいけれど、元には戻せないわ……」

 けれども青年はやっぱり何も言いません。うつむいたまま立ちつくしています。

「こんなところでぐずぐずしてられねえんだ! 行こうぜ、五!」

 とゼンが青年を力ずくで歩かせようとすると、いきなりポチが背中の毛を逆立てて飛び出しました。ゼンと青年の間に割って入って叫びます。

「ワン、みんな下がって! この人は――」

 

 すると、青年がいきなりポチの背中を殴りつけました。

 ポチは、ギャン! と悲鳴を上げて吹き飛びました。ポチの背中に幾筋もの深い傷が走り、血しぶきが散ったので、仲間たちは悲鳴を上げます。

「ポチ!!?」

 けれども、彼らがいるのは金の石の光の中でした。ポチの傷はたちまちふさがり、ポチが着地したときには、もう跡形もなく治っていました。

 ポチはまた背中の毛を逆立てると、青年に向かって低く身構えました。

「みんな、五さんから離れて! 早く!」

 すると、青年が頭を上げました。いきなり空に向かって叫び始めます。

「イーェエーアェェーー!!!」

 フルートたちは思わず立ちすくんでしまいました。

 意味不明な叫び声を上げる青年は、両手に長い鋭い爪がありました。叫ぶ口には牙もあります。そして、顔中に目が何十と増えていました。ぎょろぎょろと動きながら空を見ています。

「これ、さっきの怪物と同じ――」

 と言いかけたペルラにレオンが答えました。

「三の風のせいだ! 彼はポポロが守りの魔法をかけたときに一緒にいなかった! 三の風を浴びて怪物になってしまったんだよ!」

「ィイーアェァエェーー!!!」

 と青年がまた叫びました。もう人の声ではありません。

 顔中に開いている目がいっせいに空からフルートたちへ向きました。飛びかかろうとする猫のように、ゆっくり背中が丸まっていきます。

「来るぞ! 逃げろ!」

 とフルートは叫ぶと、自分は皆の前に飛び出しました。怪物になった青年の前に立ちます。

「ィアァーー!!!」

 青年はまた声をあげると、フルートめがけて飛びかかり、牙の生えた口で喉元に食いついていきました――。

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