地下の洞窟の入り口で、フルートは岩に囲まれた小さな空間に立って、頭上のマドを眺めていました。
ガラスがはまった丸窓の向こうには、夜明けが訪れているようでした。空が刻一刻と明るくなり、たなびく雲が赤く輝き出しています。
すると奥の洞窟からゼンが出てきました。
フルートと並んで立つと、一緒にマドを見上げながら言います。
「朝だな。天気は良さそうだ。もっとも、ここの天気がパルバンの天気と同じとは限らねえけどな」
彼らはいよいよ今日、パルバンに踏み込もうとしているのです。
ところが、フルートが、うん……と生返事をしたので、ゼンは友人を見ました。
「なんだ、パルバンのことを考えてたんじゃねえのか? 何を考えてたんだよ?」
フルートもゼンを見ました。
「パルバンのことも考えていたけど、それは実際に行ってみないとわからないことばかりだからな。今は向こうの世界のことを考えていたんだ。セイロスがまたどこかで戦いを起こしていないだろうか、とか、ロムド城のみんなは大丈夫かな、とか……」
フルートが心配そうな顔をしていたので、ゼンは肩をすくめました。
「俺たちがロムド城を出てきてから、まだたったの三日だぞ。セイロスだってミコンの麓で大負けしたばかりだ。それで何が起きるっていうんだよ?」
うん……とフルートはまた言いました。口では同意しても、気がかりそうに、またマドの向こうの空を見上げてしまいます。
そこへ洞窟の奥からポチとルルが駆けてきました。フルートたちの足元まで来ると、ワンワンほえて言います。
「ワン、こんなところにいた! 目を覚ましたらフルートとゼンがいないから、みんなが心配してますよ」
「こんなところで二人で何を話してたのよ?」
「別に。俺もたった今きたとこだ」
とゼンが返事をしているところへ、今度は奥からポポロとメール、レオンとペルラとビーラーとシィまでがやって来ました。一行が勢揃いしたので、広くもない入り口の岩屋は満員になってしまいます。
「やだもう! いつの間にかいなくなっているんだもの、心配したじゃない!」
「二人ともここで何やってんのさ!?」
「外の様子が気になるのか?」
仲間たちから口々に聞かれて、フルートは苦笑しました。
「ただ外の様子を確かめていただけだよ。みんなを起こしちゃって悪かったね」
「ううん。もう夜明けだもの。起きなくちゃいけない時間だったわ……」
とポポロが言ったとき、さぁっとマドに光が当たりました。ガラスが白っぽく反射して、その向こうの空がみるみる青くなっていきます。
ポポロは、あっ、と小さな声をあげると、両手を前に突き出しました。降ってくる日の光を受け止めるように手をかざして、そのまま目を閉じます。
それを見てフルートが言いました。
「魔法が回復したんだね?」
ポポロは目を開け、うん、と嬉しそうにうなずき返しました。夜が明けたので、彼女の魔力がまた復活してきたのです。
すると、レオンがフルートに言いました。
「ポポロの魔法はこの闇大陸でもしっかり力を発揮している。今日はいよいよパルバンに行くんだから、彼女の魔法の使いどころは外せないぞ」
「ポポロの今日の魔法はもう決めてある。ぼくたちを危険から守る魔法と、それを継続させる魔法だ」
とフルートが答えると、ポポロも言いました。
「岩の顔さんが、パルバンに吹く三の風について教えてくれたのよ。とにかく危険な風だし、いつ吹き始めるか、どこへ吹いていくかわからないから、常に自分たちを守っておくのが大事だって……。だから、あたしの魔法は終日みんなを守るために使うことにしたの。金の石とあたしの魔法で二重にみんなを守れば、きっとパルバンに入っても大丈夫だと思うわ」
そして、彼女は降り注ぐ朝日の中で右手を高くかざしました。守りの呪文を唱えます。
「レモーマオチタマカーナヨウホーマー!」
そこへ継続の呪文を続けます。
「ヨーセクゾイーケ!」
緑の星が指先から飛んで渦を巻き、仲間たちの上に降り注いでいきます……。
自分にまとわりついて、きらきらと消えていく緑の星を見ながら、レオンがつぶやきました。
「まったく。かっこいいよな、本当に」
うらやましさと憧れと苦笑いと賞賛と切なさ。そんなものが入り混じった声ですが、それを聞いたのはすぐそばにいたペルラだけでした。
「馬鹿ね」
と彼女のほうもつぶやくような声で言います――。
すると、そこへ今度は緑の怪物の毛皮を着た青年がやって来ました。五万五千五百五十五です。少年少女や犬たちが集まっているのを見て、声をかけてきます。
「よぉ、みんなもう出発するのか? 早いな。朝飯は食わないつもりか?」
「食うぜ! 外の天気を確かめていただけだ!」
とゼンは即座に返事をしました。これから何が待ち受けるかわからない外へ出て行くのですから、安全な場所でしっかり食事をしておくのは、非常に大切なことだったのです。
毛皮の青年は笑い声をたてました。
「朝飯を出してやるから、昨日おまえたちにわけてやった食料は減らすなよ――そら!」
五万五千五百五十五が床に指を向けると、そこから丸いテーブルがせり上がってきました。テーブルの上には木製の大皿が載っていて、ごく薄い丸パンのようなものが山積みになっています。
「お、これと同じもんを昨夜もわけてもらったよな」
とゼンが言うと、青年はにやりとしました。
「マナだ。俺たちの主食だよ。毎日、朝が来るとソウゲンの草の上に露のように降ってるんだ。そのままにしておくとすぐ腐って消えるから、五万五千五百五十六が時々集めにいって、魔法で保存しておくのさ。手に持って少し振ると柔らかくなるぞ」
そこで一同は丸い薄パンを手にとって振ってみました。本当に、パンがくにゃりと柔らかくなったので、さっそくかぶりつきます。
「あら、おいしい!」
「甘いわ……!」
「こういうの、前にもどこかで食べたことがあったよねぇ? もっと分厚かったけどさ」
「ロムド城で食った薄焼きの菓子だろう。だが、こっちのほうがもっと薄くてしなやかだな。何が材料なのか見当がつかねえが、焼き肉や果物を巻いて食ってもうまそうだ」
すると、ゼンの話を聞いて青年が言いました。
「肉ならあるぞ。出そうか」
とたんにテーブルに大きな焼き肉の塊も、どんと現れました。一行は特大の歓声を上げ、さっそくゼンが切り分け始めます――。
青年は彼らが食べる様子をのんびり眺めていましたが、やがてこんなことを言いだしました。
「なあ、おまえらはこれからパルバンに入ろうとしてるんだろう? 俺も一緒に連れていってくれないかな。俺はずっとパルバンの番人をしてきたが、パルバンは一度も見たことがないんだ」
えっ……と一行は驚きました。あわててフルートが言います。
「だめです、危険ですよ。パルバンで何が起きるかわからないんだから。それに、あなたにはやらなくちゃいけないことがあるじゃないですか。昨日生まれた新しい仲間に狩りを教えるんでしょう?」
「狩りなら五万五千五百五十六にだって教えられるさ」
と青年は言うと、ずいと身を乗り出してきました。
「それに、パルバンにはデビルドラゴンって奴の宝物があるんだろう? 俺はそれもまだ見たことがない。宝ってのはどんなものなのか、ぜに一目見てみたいんだよ。頼む、俺も連れていってくれよ」
一行は顔を見合わせてしまいました。若い者たちに竜の宝の話を聞かせるとパルバンに行きたがって危険だ、と岩の顔が話していたことを思い出します。岩の顔が心配していたとおりの状況になっているのです。
ところが、ゼンがフルートをつつきました。
「できるんなら、一緒に来てもらったほうがいいと思うぞ。外には場所が入れ替わるやっかいな風が吹いてるからな。出発しても、パルバンにたどりつくまでに、えらい時間がかかるかもしれねえ。わかってる奴にパルバンまで案内してもらったほうが断然いいんだ」
それを聞いて、フルートはますます悩みました。
パルバンが危険な場所なのは間違いありません。ポポロの魔法と金の石に守られても、何が起きるかわからないのです。そんなところに青年を巻き込みたくはないのですが、ゼンが言うとおり、道案内はぜひとも必要でした。フルートは一刻も早くパルバンに行って竜の宝の存在を確かめ、そこに宝があるなら始末をして、また外の世界に戻りたかったのです。
とうとうフルートは言いました。
「わかりました、一緒に行きましょう。パルバンまで道案内をお願いします」
青年は満面の笑顔になると、得意そうに毛皮の上から胸をたたきました。
「任せろ! 風を読みながらパルバンまで案内してやる! 湖に落ちるようなことには絶対させないさ!」
フルートはうなずきました。不安を拭うように、胸のペンダントを握りしめてつぶやきます。
「頼む、みんなを守ってくれ……」
けれども、手の中の魔石は静かに光っているだけで、なんの反応も示しませんでした。