空飛ぶ馬に乗ったセイロスが突然目の前に現れたので、オーダは仰天しました。コウモリに似た馬の翼が触れそうなほど接近しています。
「うがぁおっ!?」
オーダは意味不明な声をあげながら頭を下げました。とたんに魔弾がかすめるように飛び過ぎ、後ろの岩壁に激突します。
ガンガンカンガン……
飛び散った岩のかけらがオーダの鎧に当たって騒々しい音をたてました。かけらが当たった吹雪もうなり声を上げます。
「おいおい、冗談じゃないぞ! どうして俺なんかを狙うんだ!? 大将はあっちだぞ!」
とオーダが文句を言うと、セイロスが冷ややかに答えました。
「貴様が持っているのは風の魔剣だ。我々の進軍を邪魔するものは排除する」
言うのと同時にまた魔弾が飛んできました。オーダがいる場所を直撃します。
オーダは吹雪と共に岩棚から身を躍らせました。切り立った岩壁ですが、すぐ下の岩棚で体が止まります。その真上で今まで立っていた岩棚が粉々になりました。岩のかけらが雨のように降ってきたので、オーダは吹雪におおいかぶさってかばいます。
そこへまたセイロスが舞い降りてきました。まだ伏せているオーダめがけて魔弾を撃ち出します。
すると、吹雪がいきなり脚を踏ん張って立ち上がり、上にいたオーダを勢いよく跳ね飛ばしました。オーダは岩棚の奥に転がり、魔弾は吹雪だけを貫きます。
ガォォン……!
白いライオンは悲鳴を上げました。前脚が力を失い、大きな体が崩れるように倒れていきます。
「吹雪!」
オーダは跳ね起きると、ライオンを抱きしめました。ずしりとすさまじい重量が腕にのしかかってきて、体が前のめりになります。
そこはもう岩棚の端でした。バランスを崩したオーダは吹雪と一緒に岩棚から飛び出し、急な斜面を滑り落ちていきました。今度は途中で受け止めてくれるような岩棚はありません。
すると、空中に赤の魔法使いが現れました。
「レ!」
とオーダたちに杖を振ると、落ちる速度が緩やかになります。
ところが、オーダたちが完全に止まる前に、またセイロスが襲ってきました。
「貴様が一番邪魔なのだ、ムヴアの魔法使い」
そう言うなり、今度は赤の魔法使いへ特大の魔弾を発射します。
赤の魔法使いはとっさに光を呼んで受け止めましたが、光と闇が間近で激突したので、反動で跳ね飛ばされてしまいました。山の岩壁にたたきつけられます。
「死ね、ムヴアの魔法使い!」
突進してきたセイロスの手には大剣が握られていました。赤の魔法使いの上に振り下ろされます――。
「隊長!!」
と銀鼠と灰鼠は悲鳴を上げました。
飛んでいきたくても、彼らは空間を移動する魔法が使えません。大慌てで宿舎の上から飛び降りると、山に向かって駆け出します。
その目の前で、赤の魔法使いの体が岩壁から離れ、小石のように落ちていきました。途中で斜面にぶつかると、大きく跳ね返ってまた落ちていきます。
先に落ちていったオーダと吹雪の姿はもう見当たりません。
「赤の魔法使い! オーダ!」
とオリバンたちも叫びました。
「急げ、管狐!」
セシルにせかされて大狐が山に駆け上がろうとします。
ところが、今度はその前にセイロスが現れました。青空の中から馬と共に飛びだしてくると、いきなり切りつけてきます。
剣を握っていたオリバンは、とっさにそれを受け止めました。二本の剣が、がぎん! とぶつかり合って離れていきます。
管狐は立ち止まって向きを変えました。
セイロスも馬の頭を巡らせて向かってきました。再び切りつけてきます。
がぃん!
剣と剣がまた噛み合って離れました。セイロスの剣は黒い大剣、オリバンが使っているのは闇を砕く聖なる剣です。
セイロスが三度目に斬りかかってくると、管狐はそれをかわして高く飛びました。セイロスより高い位置からオリバンが切りつけます。
ところが、剣が命中したと見えた瞬間、セイロスがまた姿を消しました。オリバンの剣が空振りします。
「卑怯者! 貴様は逃げ回ることばかりしかできんのか!?」
とオリバンはどなりました。歯ぎしりしながら兜の面おおいを引き上げ、空に敵を探します。
すると、その顔にひやりとした手が押し当てられました。セイロスがオリバンのすぐ目の前に現れていたのです。オリバンの顔に手を当てて薄笑いをします。
「誰が逃げ回っているというのだ、愚か者め。貴様たちだけならば、全滅させることなど他愛もない」
それは言外にフルートたちのことを指していました。金の石の勇者の一行がいなければ、おまえたちなど敵ではない。セイロスはそう言っているのです。
「オリバン、よけろ!」
セシルが叫びながらレイピアを抜きました。セイロスに切りつけようとして、とたんに動きを止めます。
その腹には黒い大剣が突き刺さっていました。セイロスが左手をオリバンに押し当てたまま、右手の剣でセシルを刺したのです。セシルは鎧を着ていたのに、大剣は紙のように貫いてしまっています。
「妃殿下ぁっ!」
河童が悲鳴のように叫びました。光の魔法を繰り出してセシルを助けようとしたので、セイロスの注意が一瞬そちらに向きます。
すると、セシルはぎりっと歯を食いしばりました。口の端から血が流れ出しますが、かまわずレイピアを突き出します。狙った先はセイロスの乗った馬でした。首を刺された馬は、いなないてのけぞり、セイロスの手がオリバンから離れます。
オリバンは剣を振り、セイロスをさらに退けました。前のめりに崩れていく婚約者を後ろから抱きとめます。
「セシル! セシル、しっかりしろ!!」
けれども、彼女はもう返事ができませんでした。白い鎧の隙間から血があふれ出し、抱きしめたオリバンの手を濡らしていきます。
「くだらん」
とセイロスはまた言いました。
「雑魚がいくら抵抗したところで、竜の進軍を止めることはできないのだ。手下もろとも消えろ、ロムドの皇太子。要(かなめ)の国も世界も、すべて私の支配を待っているのだ」
セイロスの馬の傷はもう消えていました。セイロスが治したのです。
けれども、オリバンは血にまみれた手でまた剣を握り直しました。セイロスをにらみつけて言います。
「世界は貴様を待ってなどいない! 闇の妄想に取り憑かれた過去の亡霊め! さっさと黄泉の門をくぐれ!」
「妃殿下! 妃殿下ぁ……!」
オリバンに代わって河童がセシルを抱きしめていました。泣きながらセシルを呼び続けますが、彼女の顔はどんどん青ざめていきます。
セイロスから魔弾が飛び出しました。オリバンたちを乗せた管狐へまっすぐ飛んできます。
「はっ!」
オリバンは気合いを込めて聖なる剣を振り下ろしました。リーン、と涼やかな音が響き、真っ二つになった魔弾が霧散していきます。
「こしゃくな」
セイロスがまた魔弾を撃ち出そうとすると、背後から炎が飛んできました。
山を駆け上ってきた銀鼠と灰鼠の姉弟が、セイロスめがけて攻撃を始めたのです。同時にオリバンたちへ叫びます。
「殿下、お逃げください!」
「この場はぼくたちに任せて、早く――!」
彼らの隊長の赤の魔法使いは、セイロスに切られて墜落した後、行方がわからなくなっていました。隊長を探したいのは山々でしたが、二人は未来の主君の救出を優先したのです。
すると、セイロスがまた姿を消しました。次に現れたのは、彼らのはるか頭上の空間でした。
「貴様たちに時間をかけている余裕はない。まとめて片づけてやる」
とたんに青空の中から黒い稲妻が降ってきました。巨大な黒竜のように空から駆け下り、山の斜面にいた管狐と銀鼠、灰鼠を直撃します。狐の背に乗っていたオリバン、セシル、河童も稲妻に呑み込まれます。
どぅん……ずずずずん!!!
地響きを立てて斜面が砕け、無数の岩が飛び散りました。息を呑んで見守っていた砦の兵士たちへ岩が降り注いでいったので、兵士たちは逃げまどいます。
「やったな、セイロス! 砦の大将をやっつけた!」
とギーが空の上から降りてきました。満面の笑顔です。
ふん、とセイロスは言いました。
「こんな連中は私の敵ではない。数が多くて少々手間取っただけだ。ギー、第一部隊と第二部隊にもう一度岩落としをさせろ。砦を壊滅して先へ進むぞ」
「わかった」
ギーはすぐに空に駆け上がりした。峠の上空や手前で待機していた飛竜部隊へ、セイロスの命令を伝えます。
ほどなく飛竜の群れがまたやって来て、岩をつかんでは上空から落とす攻撃を始めました。逃げ惑う兵士めがけて落とすので、陣営はますます混乱していきます。砦を飛び出して逃げ出す兵士も少なからずいましたが、飛竜は後を追って襲いかかりました。峠に轟音と悲鳴と血の臭いが充ちていきます。
セイロスはその光景を眺めてから、黒い稲妻を落とした痕へ目を戻しました。地面には深い穴がうがたれ、無数の岩が飛び散っています。稲妻の直撃を受けたオリバンたちは、こっぱ微塵になったのか、どこにも姿が見当たりません。
――ここにランジュールがいれば、オリバンたちを探しに降りていったのに違いありませんでした。彼の目的はオリバンとフルートを殺して、その魂を手に入れることだからです。
けれども、ランジュールは戦場のずっと手前で足留めを食って、のんびり観戦を決め込んでいました。セイロスも、わざわざ地上へ降りてオリバンたちの死体を探すようなことはしません。彼の心はすでにロムド城に向かっています。
やがて峠にセイロスの命令が響きました。
「敵の砦は壊滅した! 飛竜部隊、前進だ!」
灰色の空飛ぶ馬が先頭を駆け出しました。背中に乗るセイロスの鎧は、いっそう黒さを増したようでした。その後ろにギーの馬が続き、さらにその後ろに兵士を乗せた飛竜たちが従っていきます。
飛竜たちが飛び越えていく下には、岩の雨に打ち砕かれた砦がありました。宿舎は穴だらけになって無残に潰れ、周囲の石垣も半分以上崩れてしまっています。そのいたるところに何千という死体が倒れていました。砦の周囲にも兵士の死体が折り重なっています。生きて動いている人影は見当たりません。血に染まった砦に、砂埃が白い煙のように漂っているだけです。
血みどろの戦場を後に、セイロスの飛竜部隊は峠を越えていきました――。