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第24巻「パルバンの戦い」

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49.大将戦・1

 「来る! 来る――!」

 砦の宿舎の屋上で、灰鼠が声をあげました。

 セイロスがまっしぐらにこちらへ向かってくるのがわかったのです。彼が姉と一緒に撃ち出した炎を軽くかわして、砦へ急降下してきます。

「もう一度よ! あいつを撃ち落とすの!」

 と銀鼠が杖を掲げました。セイロスめがけてまた炎を送りだそうとします。

 すると、屋上にかがみ込んでいた赤の魔法使いが二人へ言いました。

「ワ、ニ、ロ!」

「た、隊長の魔法に同調しろって言うんですか……?」

 と灰鼠はとまどいました。彼らが使うグルの魔法と赤の魔法使いが使うムヴアの術は体系が異なるので、一緒に攻撃したことはなかったのです。

 けれども、銀鼠は即座に言いました。

「隊長のおっしゃるとおりにするのよ! 早く!」

 そこで二人は杖を空にかざし、先端を合わせました。その先から巨大な炎が生まれてきます。

「デ、ケ!」

 赤の魔法使いが叫ぶと、砦から発する赤い光が急に強まりました。銀鼠たちが発した炎が光に巻き込まれ、巨大な渦になって空へほとばしっていきます。

 

「うわっ!?」

 ギーは自分たちに向かって炎の渦が飛んでくるのを見て声をあげました。セイロスとギーの馬も空中でのけぞって後足立ちになります。かわそうにも、炎が巨大すぎて、とてもよけられません。

「くだらん!」

 とセイロスはどなりました。彼の周囲に薄い霧のようなものが現れて彼を包みます。

 霧はギーとギーの馬にも押し寄せました。とたんにあたりがひやりと肌寒くなります。冷たい空気が彼らを包み込んだのです。

 砦から飛んできた炎の渦は彼らを呑み込みましたが、冷たい空気の中まで入り込むことはできませんでした。じきに炎の渦は通り過ぎてしまいます。

 

「あいつら、無傷だ!」

 と灰鼠はまた叫びました。自分たちの攻撃はセイロスに効くはずなのに、難なくかわされてしまったのです。

「自分たちの周りに空気の塊を呼んで、火を弾き飛ばしたのよ! なんて奴……!」

 と銀鼠は歯ぎしりします。

「ド!」

 と赤の魔法使いがまた言いました。もう一度攻撃するぞ、と言ったのです。再び炎の渦が空を駆けますが、やはりセイロスとギーを呑み込むことはできませんでした。炎が虚空を遠ざかっていきます。

 すると、炎が空中で向きを変えました。赤の魔法使いのしわざではありません。セイロスとギーの足元をうなりながら通り過ぎて、砦へ戻ってきます。

「あいつ、火を返してきた!」

 と灰鼠は言って杖を掲げました。もう一度向きを変えてセイロスを攻撃しようとしますが、炎は言うことを聞きませんでした。彼らが立つ宿舎にまともに降り注ぎます。

 見守っていた兵士たちは驚いて声をあげました。セイロスが操る炎は、火の魔法使いの姉弟より強力だったのです。

 赤の魔法使いと銀鼠、灰鼠はすぐに無事な姿で現れましたが、屋上に激突した炎は飛び散って、宿舎に燃え移っていました。たちまち方々で火の手が上がります。

「宿舎が燃えるぞ!」

 と兵士たちは叫びました。彼らの大切な拠り所を燃やされては大変なのですが、セイロスがまた攻撃してきたので、近づくことができません。今度は黒い光の魔弾が宿舎を直撃して、屋上を破壊します。

 

「モート、セ!」

 と赤の魔法使いは言うと、とんと屋上を蹴りました。火を消せ、と銀鼠たちに命じたのです。自分は空へ飛び上がっていきます。

 そこへ空飛ぶ馬に乗ったセイロスが舞い降りてきました。赤の魔法使いが飛び上がってくるのを見て、にやりと笑います。

「貴様がここの大将だったか、ムヴアの魔法使い。だが、誰であろうと私の行く手を邪魔することは許さん。消えろ!」

 セイロスの体から大きな魔弾が飛び出しました。彼は呪文や動作なしで、全身のどこからでも魔弾を撃ち出すことができます。

「アウルラ、タレ!」

 と赤の魔法使いはハシバミの杖を掲げました。ムヴアの術で光を呼び寄せて魔弾にぶつけます。

 とたんに空中で大爆発が起きました。火花が散り、爆風が周囲に広がります。

「こざかしい。その程度の光で私を防げるとでも思っているか」

 とセイロスがまた魔弾を撃ち出しました。再び光と闇の弾がぶつかり合って爆発します。ただ、それはセイロスより赤の魔法使いに近い場所でした。セイロスの言う通り、ムヴアの術で呼び出した光は魔弾に力負けしていたのです。広がった爆風に赤の魔法使いがまともにさらされます。

 赤の魔法使いが手をかざして風を避けようとすると、その目と鼻の先にセイロスが舞い降りてきました。一瞬で間合いを詰めてきたのです。空飛ぶ馬の背から手を伸ばし、赤の魔法使いをつかまえようとします。

「その体に直接撃ち込んでやる。それで貴様も終わりだ」

 赤の魔法使いはとっさに飛びのきましたが、馬がばさりと羽ばたくと、再び距離が縮まりました。セイロスの手が赤の魔法使いの腕をつかみかけます。紫水晶の籠手の下からは、黒い鋭い爪がのぞいています――。

 

 ところが、次の瞬間、セイロスは馬ごと後ろへ飛びのきました。赤の魔法使いと彼の間を、何かがものすごい勢いで通り過ぎていったのです。

 それは銀に輝く剣でした。リーン、と鈴を振るような涼やかな音が響いて、セイロスの黒い爪が一本消えていきます。刃が指先をかすっていったのです。

 セイロスは剣の行き先を目で追って、青空の中に巨大な獣の影を見ました。それは灰色の大狐でした。背中に聖なる剣を握ったオリバンがまたがっています。

「貴様をこれ以上先へは行かせんぞ、セイロス!」

 とオリバンが言うと、セイロスは、ふんと鼻で笑いました。

「ここの大将は貴様だったか、ロムドの皇太子。それとも、フルートも隠れているのか?」

 オリバンは何も答えませんでした。ただ剣を握り直してセイロスを見据えます。

 彼を乗せた管狐はセイロスより高く飛び上がっていました。それが限界まで達して、また地上へ落ちていこうとしています。

「オリバン、攻撃するんだ!」

 と管狐の首に座ったセシルが言いました。その後ろには河童が座っていて、空中に放り出されないように必死で狐にしがみついています。

 落ちていく狐の上で、オリバンはまた剣を構えました。セイロスを狙って切りつけようとします。

 すると、セイロスのほうでも魔弾を撃ち出しました。オリバンの胸を貫こうとします。

 とたんに、光の壁が広がって魔弾を跳ね返しました。次の瞬間、光の壁はガラスのように砕けてしまいますが、オリバンは無傷です。

「よ、よし……うまくいっただ!」

 と河童がほっとした声を出しました。エルフの末裔の彼は、光の障壁でオリバンを守ったのです。

 オリバンはセイロスの上へ剣を振り下ろしました。聖なる刃がセイロスの頭を直撃します――。

 

 けれども、その瞬間、セイロスは馬と共に姿を消しました。

 空振りしたオリバンは、管狐や仲間たちと共に地上へ落ちていきました。管狐は高く飛び上がれますが、空中に留まることはできないのです。

「どこだ!? どこへ行った……!?」

 オリバンがセイロスを探していると、地上から声がしました。

「殿下、下です!!」

 それは砦に残っていた銀鼠と灰鼠でした。かろうじて火事を免れた宿舎の上から、空の戦闘を見上げています。

 オリバンはとっさに下を眺め、管狐の真下から馬に乗ったセイロスが駆け上がってくるのを見ました。さらに魔弾が飛び出してきます。

「ダメだぁ――!」

 河童が叫びました。光の障壁が間に合わなかったのです。魔弾が管狐を直撃しそうになります。

 けれども、寸前でそれは爆発して火花と爆風に変わりました。赤の魔法使いが管狐の横に現れて、光を呼ぶ呪文を唱えたからです。爆風が管狐とセイロスに同時に襲いかかります。

 セイロスは再び姿を消しました。

 管狐も爆風をかいくぐって砦の中に下り立ちましたが、セイロスを見失ってしまって空を見回しました。空の高い場所にはギーを乗せた空飛ぶ馬がいますが、セイロスは見当たりません。

 すると、セシルとオリバンの間から、河童が上を指さしました。

「いた! あそこだで!」

 河童が示したのは、砦の背後にそびえる岩山の中腹でした。黒い鎧を着たオーダが、白いライオンの吹雪と共に立っています。

 セイロスが姿を現したのは、そのオーダのすぐ目の前でした――。

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