テト国とエスタ国の国境の峠では、連合軍と飛竜部隊の戦闘が続いていました。
峠の砦の司令官はオリバン、副官はセシルです。赤の魔法使い、銀鼠と灰鼠、河童の四人の魔法使いが飛竜の攻撃を防ぎ、辺境部隊のオーダが魔剣で突風を起こして竜の乗り手を吹き飛ばしています。
風を避けようとした飛竜には、山の上から矢が降りそそいでいました。ロムド軍の弓矢兵が山頂近くまで登って攻撃しているのです。
「弓矢兵が敵の反撃を受けるんじゃないか!?」
とセシルが心配すると、オリバンが言いました。
「大丈夫だ。飛竜は矢から逃げ惑うだけだ。どうやら、あれ以上高く飛ぶことはできんらしい」
「ずない体だがら、高く飛ばんにだな」
と河童も言いましたが、オリバンたちには意味が取れませんでした。ずない? とセシルが聞き返すと、河童は頭をかきました。
「訛ってですまねぇな。大きな体だがら高く飛ばれねぇんだろう、って言っただよ」
うむ、とオリバンはうなずきました。
「だから連中はこの峠に来たのだな。この峠はこの付近では一番低い場所だ。連中としては、ここを越えるしか道がないのだろう」
「空に向かって開放しているように見えるが、我々は隘路(あいろ)で敵を防いでいるんだな」
とセシルも納得しました。そういう状況であれば、こちらにも勝機はあります。東の空にはまだ数え切れないほどの飛竜がいるのですが、峠が狭いので、一度に押し寄せてくることはできないのです。
「行けるぞ、このまま峠を守り切れ!」
とオリバンは軍全体に呼びかけると、今度は宿舎の屋上の魔法使いたちへ言いました。
「敵は力任せで突破を試みてくるぞ! 油断するな!」
「了解!!」
「チ!」
屋上から銀鼠、灰鼠と赤の魔法使いの返事が聞こえてきます。
すると、東の空の竜の群れから二つの影が抜けだし、こちらへ迫り始めました。
それを見つめた河童が声を上げます。
「来た、来ただよ! セイロスだ!」
迫ってくるのは竜ではなく、翼が生えた馬だったのです。片方の馬には紫に光る防具を着た人物が乗っています。
オリバンは腰の剣を握りしめました。
「やはりいたか」
と言いながら刀身をすらりと抜きます。愛用の大剣ではなく、闇のものを消滅させる力を持つ聖なる剣です。
セシルは腰で揺れる細い筒に呼びかけました。
「管狐」
たちまち筒から小狐たちが飛び出し、見上げるような灰色の大狐に変わります。
河童はその場で飛び跳ねると、まるで踊るように一回転しながら周囲へ手を振りました。
「そぉれ、紫のお札っこ! 砦を幽霊から守るだよ!」
その声に応えるように、砦を囲む石垣のあちこちで、ぼぅっ、ぼぅっ、と紫の光が湧き上がりました。石の壁に模様を描いた紙が貼り付けられていたのです。自らぼんやりした光を放って輝き始めます。
それを宿舎の屋上から見て、銀鼠が言いました。
「紫の護符が働き始めたわ。あの幽霊が近づいているのね」
「ランジュールって奴かい? だとすると、迫ってくるのはセイロスか」
と灰鼠も言って、空を飛んでくる影を見つめました。
赤の魔法使いは宿舎の屋上に両手を押し当てて、砦全体を守りの光で包んでいましたが、金の目で空をにらむと、すぐに歌をうたいはじめました。旋律にのって、砦を包む光がゆらめき、輝き具合を変えていきます――。
峠に向かって疾走するセイロスを、ギーとランジュールが追いかけていました。
セイロスたちが空飛ぶ馬で突進していくので、ランジュールは遅れ気味になっています。
「ちょっと、ちょっとぉ。そぉんなに急がなくたって、敵さんは逃げないってばぁ。あそこに砦があるんだからさぁ」
と呼びかけていると、いきなり彼の体がはじき飛ばされました。見えない壁にぶつかったように、後ろへ押し返されたのです。
ランジュールは空中に尻餅をつきましたが、セイロスは気づかずに前進していきました。ギーはちらりとランジュールを振り向きますが、やはり何も言わずに先へ行ってしまいます。
置いてきぼりをくらったランジュールは、あいたぁ、と腰をなでながら立ち上がりました。
「なにさ、これぇ? どぉしてボクだけが弾き返されちゃったのぉ?」
と両手を前に突き出して前進すると、あるところでまた手が弾き返されました。それ以上進むことができません。
むむぅ、とランジュールはうなりました。
「これって幽霊よけだよねぇ。しかも、この感触には覚えがあるなぁ。きっと、あの紫色のお嬢ちゃんのしわざだよぉ。やだなぁ。あのお嬢ちゃんも来てるのかしら。ボク、あの子は苦手なんだなぁ」
実際に砦を守っていたのは、紫の魔法使いが河童に託した幽霊よけの護符だったのですが、ランジュールはそんなふうに考えました。空中で腕組みして砦を見つめます。
「セイロスくんが行っちゃったねぇ。ボクはこれ以上先に行けないし、しょぉがないから、ここで観戦するしかないなぁ。まぁ、それもいいかもねぇ」
これが後々の戦況に影響を及ぼすのですが、このときには誰もそれを知りませんでした。
ランジュールは椅子に座るように空中に腰かけると、どこからか湯気の立つカップを取り出して、ゆうゆうとお茶を飲み始めました――。
「来た! セイロスです!」
東の空から急接近する空飛ぶ馬を見て、銀鼠が叫びました。
「ぼくたちの攻撃はセイロスに効く。やろう、姉さん!」
と灰鼠は言って杖を振りました。たちまち頭上に炎の渦が現れます。銀鼠も自分の杖を振ると、渦はますます大きくなり、ごぅっと音をたてて空へ飛んでいきました。セイロスの闇魔法では打ち消すことができない、グルの魔法です。
「よけろ、ギー、ランジュール!」
とセイロスは言って、ひらりと横へ飛びのきました。風のような動きです。
ギーも、おっとっと、とあわてて反対側へ飛びのきました。二人の間を炎が貫いていったので、馬が驚いていななきます。
炎が行った先を目で追って、セイロスはようやくランジュールがいないことに気がつきました。む、という表情をしますが、すぐに行く手へ目を戻します。敵の砦は目前だったので、ランジュールを気にしている暇などなかったのです。
砦は今も赤い光に包まれていました。それをにらんで、セイロスが言います。
「大地の力と共鳴している。ここにいるのはムヴアの魔法使いとグルの魔法使いか。光の波動がほとんど感じられないところをみると、光の魔法使いはいないな」
「どうするつもりだ、セイロス?」
とギーは尋ねました。セイロスのつぶやきは聞こえても、考えていることは半分も理解できていません。
「光の魔法使いがいないということは、連中の攻撃さえかわせば砦に侵入できるということだ。続け、ギー。魔法使いどもを蹴散らすぞ!」
セイロスに腹を蹴られて、空飛ぶ馬は、どかかっと空中で蹄を鳴らしました。いっそう速度を上げて駆けていきます。
セイロスがまっすぐ狙いを定めたのは、三人の魔法使いが砦を守っている宿舎の屋上でした――。