一方、飛竜部隊の大部分は、戦闘が始まってから後方で待機していました。飛竜は二百頭ほどいますが、その全部が峠に殺到すれば、山間の狭い空間で身動きが取れなくなるからです。空中で旋回しながら、行く手の様子を見守ります。
空飛ぶ馬に乗ったセイロスとギーも、幽霊のランジュールと一緒に空に留まって、戦況を見つめていました。
攻撃命令を受けた飛竜が砦に降りていき、じきにまた舞い上がると、両脇の山へ飛んでは砦に戻ることを始めたので、セイロスが言います。
「岩落としに移ったか。案外抵抗が大きいようだな」
「第一部隊の飛竜は二十頭もいるんだ。敵はすぐに穴だらけだよ」
とギーは気楽に答えましたが、いきなり峠がぼうっと光り出したので、全員が驚きました。光は赤く輝きながら砦全体を包み込みます。
「あれは魔法だ。だが、光の魔法の波動ではない。中庸(ちゅうよう)の魔法使いが敵の中にいるな」
とセイロスが言ったので、ランジュールは伸び上がりました。
「え、なになに? 敵に魔法使いがいるのぉ? それってまずいよぉ。飛竜部隊は魔法には全然強くないんだからさぁ」
「第一部隊が岩攻撃をやめてしまったぞ」
とギーも言いました。飛竜が山へ飛ばなくなったのです。
「魔法で岩を防がれたのだ。ここはテト国とエスタ国の国境の峠だ。魔法使いを送り込んだのはどちらの国だ」
とセイロスは言いました。思いがけない抵抗に不機嫌な顔ですが、声にはまだ余裕があります。
すると、飛竜から砦へ、ぱらぱらと小さなものが落ち始めました。小石のようにも見えますが、目をこらすと火がついているのが見えます。
へぇ、とランジュールは言いました。
「火袋攻撃ってサータマンの飛竜部隊の得意技だったよねぇ。それをイシアード軍も使うようになったってわけかぁ」
「この手の攻撃は過去にはごく普通の戦法だったのだ。空飛ぶ獣や仲間から地上の敵へ、様々なものを落としたものだ。引火性の強い油をまいて火をつけ、敵を一気に焼き払ったこともある。この時代はあの時代より魔法使いが減っているし、空からの攻撃にも弱くなっている。飛竜は非常に優秀な戦力だ」
とセイロスは答え、砦から火の手が上がるのを待ちました。火袋は雨のように砦へ落ちていきます。
ところが、そこへ砦から火柱が飛び出してきました。炎の蛇のように空に駆け上がってきます。
とたんに、飛竜から降る火袋が破裂を始めました。地上に落ちなければ燃え上がらないはずの袋が、空中で炎の塊になってしまいます。
「なんだ!?」
「なにさ、あれぇ!?」
ギーやランジュールが驚いている間に、炎の塊は炎の蛇に吸い込まれていきました。蛇は尖った耳と鼻面の狐に形を変えると、空を駆け巡りました。飛竜が追い立てられ、四方八方へ散ってきます――。
「狐の王!!」
とセイロスはどなり、額に青筋をたてて身震いしました。砦を守っている者たちの正体を知ったのです。
ランジュールも言いました。
「あれってグル神の仲間のアーラーン神だよねぇ? ってことは、あそこにいるのはグルの魔法使いのお二人さんってことぉ? ロムドの魔法使いが出張ってきてたんだぁ」
「なに!? あそこにロムド軍がいるのか!?」
とギーは聞き返しました。彼は先の戦いで火狐のアーラーンを見てはいなかったのです。
「そうらしい。とすると、あの赤い光もロムドの魔法使いのしわざか。我々の襲撃を予測して待ち構えていたな。……サータマン王め、しくじったな」
とセイロスは舌打ちしました。
サータマン王は、先だって装備の要求のためにサータマン城を訪れたセイロスに、「ロムドの一番占者の母親を見つけた。奴はボーチェナの貧民街の出身だ。母親をロムド城へ送り込んで奴の化けの皮をひんむいてやるぞ」と話していたのです。
その作戦がうまくいっていれば、ロムドの一番占者は王の信頼を失って、占者の地位から追放されるはずでした。卑しい出自の人間が国王の側近になることなど、一般的にありえなかったからです。
ところが、ロムド軍はこうして先回りをして、セイロスたちの行く手に立ちふさがっています。サータマン王の姑息な作戦が失敗したに違いない、とセイロスが考えたのは当然のことでした。実際にロムド城でユギルが妨害されていたことも、生みの母と再会して決着をつけたことも、まして、ロムド王がユギルの出自を承知で雇い上げていたことも、セイロスには知るよしもないことでした――。
いつの間にか峠の上空から炎の狐は消えていましたが、相変わらず飛竜部隊は不安定な動きをしていました。強い風にあおられているのです。バランスを崩した竜から、乗り手が落ちていきます。
「あぁぁ、飛竜くんたちが逃げてくよぉ!? ボクがせっかく鍛えた飛竜くんなのにぃ!」
とランジュールは嘆きました。
「連中が山の上から矢を撃ってきたぞ!」
とギーも言いました。
攻撃に向かった第一部隊は、すでに数が半分に減ってしまっています。
「くだらん!」
とセイロスは吐き捨て、怒りにまた身震いしました。
「私はこの世界の王だ! 何ものであっても、私の進む道を妨害することは許さん!」
それは彼にとって絶対的な真実でした。
セイロスは空飛ぶ馬の腹を蹴ると、峠へ疾走を始めました――。