東の空から接近して急降下を始めた飛竜部隊を、オリバンとセシルは砦の石垣から見ていました。その周囲では味方の弓矢部隊が空の敵へ弓を引き絞っています。
飛竜は砦にどんどん接近していました。竜の背に乗った兵士の姿や顔もはっきり見えるようになってきています。
「敵はどんな様子だ?」
とオリバンは河童に尋ねました。頭に皿をのせた魔法使いは、人間よりずっと視力が良いのです。
河童は大きな目玉をぐりっと動かして空をにらむと、すぐに報告を始めました。
「敵は飛竜の首ねっこさ鞍を置いで、そこさまたがってるだよ。革の鎧こ着て革の兜もかぶってるだが、兜の縁さは布が巻いてあるだ。武器は持ってねえみてえだな」
相変わらず河童のことばは訛りがきついのですが、オリバンやセシルには言っていることがだいぶ聞き取れるようになっていました。「首根っこさ」「そこさ」と言うときの「さ」が「に」のことばに当たると気がついてからは、なおさら理解しやすくなっています。
セシルが言いました。
「革の兜の縁に布を巻くのはサータマン式だ。イシアードの旗を掲げていても、陰にはきっとサータマンがいるぞ」
「予想通りだな。セイロスもいるに違いない」
とオリバンも空をにらみます。
「敵接近! 攻撃範囲に突入!」
と石垣の上の兵士から声が上がりました。飛竜が矢の届く距離まで近づいたのです。
「射撃開始!」
と弓矢部隊の隊長がどなり、攻撃開始の角笛が吹き鳴らされました。引き絞られていた矢が、音をたてていっせいに放たれます。
ところが、飛竜めがけて飛んでいった矢は、すべて地上に落ちてしまいました。竜に命中したのに跳ね返されてしまったのです。
セシルは驚きました。
「飛竜は皮膚が薄いから、矢が当たれば突き刺さるはずだぞ!?」
けれども、やはり矢は飛竜の体に弾かれていました。矢が刺さって悲鳴を上げる竜はいません。
「連中はえらく頑丈そうな皮膚をしてるだよ。矢は効かねえんでねえが?」
と河童が心配しました。その間にも竜は迫ってきます。
オリバンがどなりました。
「竜の体がだめなら乗り手を狙え! あるいは竜の目を試せ! 矢が効く場所を探すんだ!」
その声を河童が周囲へ広げました。おう! と弓矢兵たちから返事があって、矢が乗り手や竜の頭へ飛び始めます。
すると、乗り手の敵兵は竜の首の上に伏せ、体を竜の胴の上に伸ばしました。そうすると、地上からは竜の腹のほうが見えるだけになります。竜の体を盾にして身を守り始めたのです。
「こんな飛び方はサータマンはしないぞ! どういうことだ!?」
とセシルはまた驚きました。彼女が知っている飛竜部隊と戦い方が違ったのです。
「以前より腕を上げたということのようだな」
とオリバンはうなります――。
「始まったようだぞ、セイロス」
前方で飛竜が次々と降下を始めたのを見て、ギーが言いました。
セイロスは、ああ、とそっけなく返事をしただけでしたが、ランジュールは得意そうに空中で宙返りしました。
「うふふ、いよいよ始まったねぇ。砦から矢が飛んできてるのが見えるだろぉ? でも、飛竜くんたちには刺さらないんだよねぇ。ボクが一生懸命鍛えて、皮膚を丈夫にしてあげたからさぁ。飛竜くんたちは自前の鎧を着てるよぉなものなんだよぉ」
「だが、乗り手はそうはいかない。みんな、たいした防具を着てないんだからな。乗り手を狙われたら一大事だぞ」
とギーが心配すると、セイロスが答えました。
「兵たちには、矢の一斉攻撃が始まったら竜の体の上に伏せるように指示してある。そのために竜の鐙(あぶみ)にも改良を施した」
へぇ、とランジュールは面白そうな顔をしました。
「鐙って言えば、セイロスくんはそれを知らなくて、勇者くんたちにさんざんな目に遭わされたコトがあったよねぇ? こぉんなところで仇を取るってわけかぁ」
前方では急降下した飛竜が砦のすぐ上まで到達していました。キェェェ、ギェ、キェェ、と騒々しい声が聞こえてきます。
うふふっ、とランジュールはまた笑いました。
「いよいよ敵の頭上だねぇ。さぁ、ボクの飛竜くんたち、敵にしっかり強さを見せつけよぉねぇ」
「おまえの飛竜じゃない。セイロスの飛竜だ」
とギーがまた言い返しました。やはり彼はランジュールが気に入らないようです――。
「来たぞ!」
とセシルが叫びました。
敵の飛竜が矢の雨をかいくぐってきたのです。砦の真上で向きを変えると、石垣の上で射撃している弓矢部隊へ向かってきます。
飛竜は前脚が退化していますが、代わりに蛇のように長い首と鋭い牙がありました。大きな口で弓兵に襲いかかります。
「うわぁっ!」
兵士のひとりが血しぶきとともに石垣から転げ落ちました。飛竜にかみつかれたのです。
それを皮切りに、飛竜が次々と舞い降りてきました。長い首を伸ばして襲いかかってきます。
兵士たちは必死で反撃しますが、矢や剣は硬い皮膚に跳ね返されてしまいました。オリバンの命令通り竜の目や乗り手を狙おうとすると、竜はたちまち舞い上がって遠ざかります。そこへ別の方向から新たな飛竜が襲いかかってくるので、反撃することができません。
すると、砦の中央から赤い光の弾が飛んできて、飛竜に激突しました。
ケーッ……!
竜は鳥のような声をあげて砦の中に落ちました。
光の弾を撃ち出したのは、宿舎の屋上に立つ赤の魔法使いでした。細いハシバミの杖を振り下ろすと、また光の弾が飛び出していきます。
弾は外れることなく飛竜にぶつかり、乗り手の敵兵もろとも竜を墜落させました。地上で待ち構えていた兵士たちは、わっと取り囲み、竜を殴りつけ、敵兵を捕虜にしました。頑丈な飛竜も、魔法で麻痺しているところを攻撃されては抵抗することができません。幾度も殴られ、切りつけられるうちに、ぐんにゃりしてしまいます。
そこへ銀鼠と灰鼠の姉弟もようやく駆けつけてきました。赤の魔法使いと並んで屋上に立つと、ナナカマドの杖を掲げて叫びます。
「アーラーンよ、力をお貸しください!」
「敵を空から打ち払いたまえ!」
たちまち二人の杖から大きな炎が飛び出し、二頭の飛竜を火だるまにしました。竜はそれでも飛んで逃げようとしましたが、砦の外に出たところで力尽きて落ちました。燃えながら山の斜面を転がり落ちていきます。
オリバンは宿舎の上の魔法使いたちへ言いました。
「いいぞ! そのまま降りてくる敵を撃ち落とせ!」
「はい!!」
銀鼠、灰鼠の姉弟は同時に返事をしましたが、赤の魔法使いは別のことを言いました。
「コ、ナイ! タ、ロ!」
「隊長が、ここは危険だから下に降りたほうがいい、って殿下たちに言ってるだ。おらもそう思うだよ」
と河童は言いましたが、オリバンとセシルはきっぱり首を振りました。
「下へ降りては状況がよく見えん。私はここに留まるぞ」
「私もここにいる! それより飛竜部隊の落下攻撃に気をつけろ。飛竜は岩や火のついた油を落としてくるぞ!」
セシルが言うとおり、飛竜部隊は次の戦法に移っていました。下まで降りると魔法に撃墜されるので、近くの山肌から適当な岩をつかみ上げると、上空から砦へ落とし始めたのです。
高い場所から落とされた岩は、地上に着く頃にはかなりのスピードと破壊力を持つようになります。宿舎の屋根に穴を空け、地面にめり込んで砂煙を上げるので、兵士たちは岩から逃げ惑いました。砦の周囲は山だらけなので、岩はいくらでもあります。やむことなく続く岩の雨に、陣営が乱れ始めます。
オリバンの上にも岩が降ってきました。とっさにオリバンがよけようとすると、別の岩を避けようとした兵士とぶつかり、二人もつれながら倒れてしまいます。その上に岩が落ちていったので、セシルが悲鳴を上げます。
すると、岩が見えない手に払いのけられて、何メートルも吹き飛びました。そのまま砦の外へ落ちてしまいます。
オリバンたちは跳ね起き、そばに立つ小柄な人物を見ました。それは小さな両手を上げた河童でした――。