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第24巻「パルバンの戦い」

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43.来襲

 夜明けの砦に角笛の音がいっせいに鳴り響いたとき、オリバンはもう目を覚まして支度を整えているところでした。角笛が繰り返し宿舎を震わせるので、兜を抱え剣をつかんで部屋の外へ飛び出します。

 すると、隣の部屋からもセシルが飛び出してきました。こちらももう身支度を整えて、白い鎧兜姿になっています。

「何事だろう!?」

 とセシルに尋ねられて、オリバンは言いました。

「敵襲だ! 南北どちらから来たのだ!?」

 サータマン軍が峠の南から攻めのぼってくると考えるのが筋なのですが、オリバンは、サータマン軍が大回りをしてエスタ国の東の国境から侵入してくる可能性も考えていました。そうなれば敵は峠の北側を通過していくことになります。まさか東の空に出現しているとは思いません。

 オリバンはセシルと宿舎の出口へ走りましたが、不意を突かれた兵士たちが右往左往していたので、とどろく声で命じました。

「全員装備を整えて配置につけ! あわてるな! いよいよ決戦のときが来ただけだ!」

 その一言に兵士たちはたちまち落ち着いていきました。

「そ、そうだ……!」

「いよいよ戦闘開始なんだ!」

「よし、敵に目にもの見せてやるぞ!」

 と鼓舞する声をあげる者も現れて、宿舎は秩序を取り戻しました。素早く装備を整えると、列をなして飛び出していきます。

 

 その間に、オリバンとセシルは宿舎の外に出ました。見張りが角笛を鳴らす石垣に駆け上がって、当直の隊長に尋ねます。

「敵はどこだ!?」

 すると、隊長は南でも北でもなく、東の空を指さしました。

「あちらです、殿下! 敵は飛竜で現れました!!」

 オリバンは衝撃を受けました。

「そんな馬鹿な! サータマンの飛竜部隊は昨年のロムド-サータマン戦で、ほとんど撃墜されたはずだぞ! ユラサイの裏竜仙境も竜子帝によって解体されたから、サータマンは飛竜を手に入れられなくなったはずだ!」

 セシルもメイ軍としてサータマンと戦ったときに、何度か飛竜部隊に遭遇していました。疑うように空を見ます。

「飛竜は飛行距離が短くて、連続では四、五キロ飛ぶのがやっとだ。遠くから飛んでくることはできない。本当に飛竜部隊なのか?」

 けれども、朝日を背に迫ってくる影は、今はもうはっきりとその形を見せていました。コウモリに似た巨大な翼を左右に広げ、バランスを取るように長い首と尾をさげた竜です。大きな後脚も見えますが、前脚はありません。それは間違いなく飛竜でした。首の付け根に乗り手を乗せて、明るくなった空の中をウンカの群れのように飛んできます。いったいどれほどの数なのか見当がつきません。

 

 すると、オリバンたちの前に赤の魔法使いが突然姿を現しました。赤いフードの下で猫の目を光らせながら言います。

「キノ、ベンデラ、イシアード! ク、イ!」

 彼が話すムヴア語はオリバンたちには理解できませんが、イシアードということばだけは聞き取ることができました。エスタ国の南東に隣接する国の名前です。

「イシアードだと!? あれはイシアードの飛竜部隊なのか!?」

 とオリバンが聞き返すと、石垣の下から新たに三人の魔法使いが駆け上がってきました。銀鼠、灰鼠の姉弟と、頭に皿をのせた河童です。

 先に到着した銀鼠と灰鼠が赤の魔法使いのことばを通訳しました。

「殿下、隊長は、やってくる敵がイシアードの旗を掲げている、と申しています!」

「ものすごい数がこっちに向かってやってくるそうです!」

「だが、イシアードに飛竜部隊があるなんて話は聞いたことがないぞ!」

 とセシルは言い返しました。何がどうなっているのかわからなくて、混乱しそうになっています。

 そこへ河童がようやく到着しました。体が小さくて足が短いので、石垣を上るのに時間がかかったのです。ぜいぜいあえぎながら空を振り仰ぎ、目をこらして言います。

「飛竜こは、ずっと先のほうを見てるだ。乗ってる連中も地上を全然見てねえ。きっと、ここを飛び越して先へ行くつもりだで――」

 河童は人間よりもずっと目が良かったのです。

 それを聞いてオリバンは即断しました。イシアード国は今のところ敵でも味方でもない国ですが、なんの断りもなく峠の砦を飛び越えていくこと自体が、敵のとる行動でした。サータマン側に寝返ったのに違いない、と断定して命じます。

「赤、飛竜部隊の来襲を城へ伝えろ! 連中が目ざしているのは、エスタの都のカルティーナかロムドのディーラだ!」

 赤の魔法使いはうなずくと、空中に向かって呼びかけ始めました。

「シロ、アオ、シンリョク――!」

 オリバンは今度は石垣の下に集まった兵士たちに命じました。

「弓矢部隊は射撃準備! 敵を射落とすのだ!」

 はい! と地上から返事があって、弓矢を持った兵士がいっせいに石垣に駆け上がってきました。砦の外に出て背後の斜面に上っていく部隊もあります。何百という弓矢が空に向かって引き絞られます。

 それを見て、セシルが言いました。

「矢を放つ方向に気をつけろ! 矢が砦の中に落ちたら味方が怪我をするぞ!」

 はっ! と再び返事がありました。この砦の大将はオリバンですが、副官のセシルも兵士たちの心を完全につかんでいるのです。

 銀鼠は弟の灰鼠に言いました。

「あたしたちは魔法で攻撃するわよ。行きましょう」

「どこへ?」

「ここは人が多すぎるから、宿舎の屋上がいいわ」

 そう言うなり、銀鼠は赤い髪と灰色の長衣をひるがえして石垣から飛び降りました。地上から五メートル以上もある場所から猫のようにしなやかに着地すると、すぐに宿舎へ走り出します。

 灰鼠もその後を追って飛び降りて走り出しました。飛竜の大群はもうすぐそこまで迫っています。ぐずぐずしていたら通り過ぎてしまいます――。

 

 すると、ひとりごとのように話し続けていた赤の魔法使いが、オリバンとセシルを振り向いて言いました。

「キ、ナイ、ユギル、ル! レ、ミノ、キ!」

 今度は、ユギルということばだけが、オリバンたちに聞き取れます。

 そばに残っていた河童が通訳しました。

「ここさ来る敵が占いこさ映っでねえって、ユギル様が言ってるだ。きっと闇の敵だで」

「ユギル殿は元気になったんだな!」

「闇の敵ということはセイロスか!」

 セシルの歓声とオリバンのどなり声が重なりました。

「ワ、エニ、ク」

 と赤の魔法使いはまた言うと、姿を消してしまいました。彼も攻撃に加わりに行ったのです。次の瞬間には宿舎の屋上に現れ、空に向かってハシバミの杖を掲げます。

 敵の飛竜はもう目の前まで迫っていました。キーィ、と先頭の竜が鋭く鳴くと、その首の付け根に鞍を置いて座る人の姿が見えます。革製の防具で身を包んだ兵士でした。後ろを振り向いて何かを言っているようです。

「あいづら、おらたちがここにいるのを知んにがったんだな。どうするか聞いてるだよ」

 と河童は言って、オリバンとセシルににじり寄りました。赤の魔法使いも銀鼠灰鼠もこの場を離れてしまったので、二人を守れる魔法使いは彼しかいなかったのです。

「水っこがあればおらも最強なんだげんじょなぁ」

 とつぶやきますが、砦に彼が使えるような水はありません。

 キィィィ、とまた空で飛竜が鳴きました。先頭を飛ぶ数頭が明らかに高度を下げ始めます。

「来る!」

 とセシルは叫びました。飛竜は峠の砦を攻撃対象に決めたのです。

「戦闘開始! 全力で迎撃しろ!」

 オリバンが命じると、石垣の上で見張り兵が角笛を高く吹き鳴らしました――。

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