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第24巻「パルバンの戦い」

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第13章 来襲

42.見張り

 エスタ国とテト国の国境に、朝が訪れようとしていました。

 そこはミコン山脈の東端にあたる場所で、別の山脈との間の峠に、オリバンの部隊とエスタ軍の辺境部隊が共同で駐屯する砦(とりで)が建っていました。最初は峠道しかなかったので、兵士たちは野宿をしていたのですが、エスタ国とテト国から大勢の職人が押しかけてきて、たちまち建物を造ってしまったのです。周囲には敵の襲撃を防ぐ石垣も巡らしてありました。こちらはロムド軍とエスタ軍の兵士たちが造ったものです。

 石垣の上は哨戒路(しょうかいろ)になっていて、数人の兵士が常時、警戒に当たっていました。夜の間も見張り続け、今は空が明るくなってくる様子を見守っています。

 そこへ砦の中から別の兵士たちが上がってきました。

「時間だ。交代しよう」

「おお、ありがたい」

 と先の兵士たちは答えました。もう十一月の初旬なので、山の上はかなり冷え込んでいます。かじかんだ手をこすり合わせたり、寒さで赤くなった鼻先をこすったりしながら、見張りの角笛を引き渡して下りていきます。

「本当に寒くなってきたな」

「夜明けも遅くなってきてるしな」

 新しい見張りの兵士たちは、そんな話をしながら角笛を首にかけました。ちょうどそのとき東の山の陰から朝日が顔を出し始めたので、まぶしそうにそちらを眺めます。冷え切った空気を通ってきた光ですが、顔に当たると、ほのかなぬくもりに変わります。

 

 すると、ひとりの兵士が言いました。

「俺たちはいつまでここにいるんだろうな」

 彼らは故郷のロムドからテト国の都へ行き、そこからまた引き返して、この峠にやって来ました。駐屯を始めて三週間、故郷を出発してからはもうひと月半が過ぎています。

 仲間の兵士たちは肩をすくめました。

「それは大将のオリバン殿下がお決めになることだ」

「敵が攻めてくるかもしれないんだから、ひと月やふた月で撤収するようなことはないだろう」

「でも、敵はどこから来るっていうんだ? この峠の北側はエスタ国だし、南側はテト国だ。どちらも味方なんだから、敵なんて攻めてこないだろう?」

 と最初の兵士は言いました。まだ年若いので、明確な目的も作戦も示されないまま警戒を続けることに、疑問を持ち始めていたのです。

「俺たちは軍隊に所属する兵士だ。大将が撤収を命じるまで、ずっと持ち場を守ることが我々の任務なんだよ」

 と年かさの兵士が諫めましたが、若い兵士は納得しませんでした。

「それはわかってるけど、不思議じゃないか。襲撃してくるのはサータマン軍なんだろう? サータマン国はテト国の西にあるのに、どうして俺たちはこんなところにいなくちゃいけないんだ? ここはテト国の東だぞ」

「いや、サータマン軍はテト国を迂回して攻めてくるのかもしれない。テトの南側にはサータマンの息がかかった国がいくつもあるし、先日はエスタ国の東でもクアロー国がサータマン国に寝返ったからな。クアローはエスタとうちの連合軍に敗れたが、あんなふうに寝返る国が、また出てくるかもしれないぞ」

 と戦況に詳しい兵士が言ったので、若い兵士は聞き返しました。

「それなら、迂回してきた敵はどこから現れるんだ? そっちを特に警戒するから、教えてくれよ」

「俺はホルド国が怪しいとにらんでるよ。テト国の東隣にある国だ。そら、今太陽が顔を出した山の向こう側がもうホルド国さ」

 情報通の兵士が指さしたのにつられて、仲間たちはそちらへ目を向けました。顔を出したばかりの太陽が、険しい山肌と、その麓に広がる深い森を照らし出しています。

 しばらく目をこらして眺めてから、仲間たちは言いました。

「森の中を移動されたら、森から出てくるまで敵が見えないな」

「だが、テト国の東には国境の川があるはずだぞ。確かニータイ川とかいうはずだ。攻めてくるには川を越えなくちゃいけないだろう」

「もしかして、あの崖がその川か? ものすごい峡谷だぞ。あれを越えてこの峠に来るのは無理だろう」

「いや、どこかに橋がかかっているかもしれん……」

 

 兵士たちが見張りも忘れてそんな話をしているところへ、彼らの隊長が上がってきました。たちまち部下たちをどなり飛ばします。

「馬鹿もん! こんなところで何をくっちゃべっている!? さっさと見張りに立たんか!」

 兵士たちは蜘蛛の子を散らすように石垣の四方へ駆けていきました。運悪く一番近い場所が持ち場だった兵士は、びくびくしながら隊長の顔色をうかがいます。

 案の定、隊長の怒りはまだ収まっていませんでした。

「おまえらはそれでもロムド正規軍の兵士か!? 任務も忘れるような間抜け頭をつきあわせて、いったい何の相談をしていた!?」

 とこめかみに青筋をたてて迫ってきます。

 気の毒な兵士は怯えながら答えました。

「て、敵が現れる場所を、皆で考えていました――サ、サータマン軍がやってくるはずだから、テ、テトを迂回して東のホルド国から攻めてくるんじゃないかと――」

 なに? と隊長は言いました。部下たちが与太話ではなく、真面目に戦況を分析していたとわかって、少し機嫌が直ります。

「そんな話をしていたのか。だが、サータマン軍がエスタやロムドを攻めようと思ったら、ホルド国から一度テト国に入り、北上してこの峠を通る必要があるんだ。ホルド国の北西側は大森林で、軍隊が通れるような街道がないからだ。つまり、敵が現れるのは東ではなく南からということになる」

 と隊長は言って、明るくなった東の空から峠の南側へ指を動かしてみせました。峠に建った砦の南には、テト国に向かってくねくねとした下り道が延びています――。

 

 ところが、隊長は急にその指を東へ戻しました。銀色に光りながら昇ってくる太陽を指さし、目を細めてつぶやきます。

「なんだ?」

 部下の兵士は隊長の見る方角を眺めましたが、太陽がまぶしくてすぐには何もわかりませんでした。

「なんだ、あれは?」

 と隊長はまた繰り返しました。いぶかしそうな声です。

 そのとき、部下にも隊長が見ているものが見えました。ぎらぎらと輝く太陽の中に、黒い点のようなものがいくつも浮かんでいたのです。

「鳥ですか?」

 と尋ねると、隊長は険しい顔つきになりました。

「形が違う。だが、あれは以前にも見たことがある気がするぞ……?」

 そのとき、点のひとつが急に高度を下げて太陽から抜け出しました。鳥のように広げられた翼と長い首と尾が、白い夜明けの空にくっきりと映ります。

 とたんに隊長は割れ鐘のような声を上げました。

「敵襲! 角笛を鳴らせ! あれは――あれは――飛竜部隊だ!!」

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