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第24巻「パルバンの戦い」

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第12章 知り合い

38.復帰

 オリバンとセシルが駐屯地でオーダと出会っていた頃、ロムド城の執務室ではロムド王がゴーリスからの報告を聞いていました。

「……以上が赤の魔法使い殿から白の魔法使い殿へ伝えられた内容でございます。オリバン殿下とセシル様は、軍勢と共に引き続きテト国とエスタ国の国境付近の山中で待機中。近くにはエスタ国の辺境部隊も駐屯中なので、二万を超す部隊が国境付近で警備しています」

 とゴーリスは話しました。黒ずくめの服に大剣を腰に下げた彼は、大貴族というより剣士と呼びたい風情です。

 ふむ、とロムド王が考え込むと、傍らからリーンズ宰相が尋ねてきました。

「殿下たちは食料にお困りではないでしょうか? 国境の山中で駐屯を始めてから、すでにひと月以上が過ぎております。物資不足は部隊全体の不和の元になるでしょう」

 いかにも宰相らしい心配でしたが、ゴーリスは首を振りました。

「その点は心配ありません。テト国とエスタ国の両方から、充分な食料が毎日馬車で届いているそうです。労働者も登ってきて、国境付近に砦を完成させたので、居心地は格段に良くなったようです。この後、ワルラ将軍が率いる正規軍も到着する予定ですが、彼らが合流する余裕は充分にあるそうです」

「そうか」

 とロムド王は言いましたが、考えるような表情はそのままでした。

「特にテト国からそれだけの援助があるからには、サータマン側にまだ大きな動きが見られないということであろう。サータマンとの戦闘にまだ力を裂かずにすむから、オリバンたちを支援する余裕があるのだ……。ユギルが激戦の予言をしてからふた月余りが過ぎるというのに、サータマンがまだ動きださないというのは、どうも解せぬな」

 すると、リーンズ宰相が言いました。

「アリアン様からの報告によると、サータマン国はまた強力な闇の力で隠されて、透視ができなくなったようです。セイロスのしわざに違いないので、アリアン様もそれ以上は深入りはできずにいます。敵がその奥で戦闘の準備を整えている可能性は高いでしょう」

「ザカラス経由でサータマンの近くまで行ったトウガリ殿からも、先日サータマン国王が剣や鎧兜といった品々を大量に買い上げたようだ、と報告が入っております。また、駿馬も買い集めているようです。サータマンが準備を進めているのは間違いないと思われます」

 とゴーリスも言ったので、ロムド王はまた考え込んでしまいます――。

 

 すると、執務室の入り口がノックされて、扉の外から声がしました。

「陛下、わたくしでございます。失礼してもよろしゅうございましょうか」

「ユギル!」

「ユギル殿!」

 室内の人々は声をあげ、ゴーリスが扉を開けに飛んでいきました。

 廊下から執務室に入ってきたのは、確かにロムド城の一番占者でした。灰色の長衣に輝く長い銀髪はいつもどおりですが、以前倒れたときと違って、顔つきはもうしっかりしていました。疲れてやつれた影がすっかり消えていたのです。ロムド王と側近たちへ深々と頭を下げます。

「長らく職務から離れて、皆様に大変なご迷惑をおかけいたしました。本当に申しわけございません。先ほど鳩羽の魔法使い殿から床(とこ)を離れて良いと許可をいただいたので、ようやく復帰がかないました」

 その声にも張りが戻っていたので、王は笑顔になりました。

「元気になったのであれば、それで良い。ラヴィア夫人もさぞ安心するであろう」

「ラヴィア夫人は毎日使いをよこして、ユギル殿の容態をお聞きになっていたのですよ。ユギル殿が回復されたと聞けば、お喜びになります」

 と宰相も言います。

 ユギルはうなずきました。

「後ほど先生のお屋敷を訪ねて、直接お礼を申し上げるつもりでおります。ただ、今はまず現状を確認するほうが先でございます。鳩羽殿はわたくしの体調を心配して、敵味方の動きについて何も教えてくださいませんでした。今はどのような状況なのでございましょう」

 

 それを聞いて、王と側近たちの顔から笑みが消えました。

 ゴーリスが言います。

「そんなことを聞いてくるからには、まだ占いの力が回復していないんだな?」

「申しわけございません」

 とユギルは先よりもっと深く頭を下げると、うつむいたまま話し続けました。

「占いの力が失われたわけではないのでございます。ただ、どういうわけか、心がざわついて占いに集中することができません。ふた月も療養したので、体はすっかり回復して、以前より元気なほどなのですが、心のざわつきは以前より激しくなっているので、さらに占えなくなっております――。殿下やセシル様は今はどちらにおいでなのでしょうか? 戦況は? 敵は今、どこで何をしているのでございましょう?」

 話すうちに声が抑えきれない焦りを帯びてきました。顔を上げて王たちを見つめた目も、怖いほど真剣になっています。

 ロムド王は首を振りました。

「無理はならぬと言ったはずだぞ、ユギル。そなたは病み上がりだ。職務に復帰するにはまだ早すぎる」

「ご心配には及びませんよ、ユギル殿。状況に大きな変化はございません。どこでもまだ戦闘は始まっておりません」

 と宰相も安心させるように言います。

 すると、ユギルはゴーリスに尋ねました。

「勇者殿たちは? お戻りになられましたか?」

「まだだ」

 とゴーリスが正直に答えると、ユギルは唇をかみました。何もない空中をしばらく見据えてから、疲れたような溜息を洩らします。また占いをしようとして失敗したのです。

「ユギル!」

「無理はいけません、ユギル殿。本日はもう部屋にお戻りください」

 と王や宰相は心配しましたが、ゴーリスは首を振りました。

「ユギル殿を部屋に戻さないほうがいいだろう。わからないことと後れをとったことに焦って、きっとまた夜も寝ないで占いをしようとするに違いない。もし俺がユギル殿の立場だったら、俺もきっとそうする」

「ゴーラントス卿……」

 ユギルの顔に初めて微笑のようなものが浮かびました。心情を理解してもらえて、少しだけ安堵したのです。

 

 ところが、そこへまた扉がたたかれて、ひとりの家臣が入ってきました。うやうやしくお辞儀をしてから言います。

「ご歓談中にお邪魔をして申しわけありません。実は一番占者殿にお伺いしたいことがあるのでございますが」

「わたくしにですか?」

 とユギルは聞き返しました。

「ユギルは病床からやっと起き出したところだ。無理はさせられぬぞ」

 とロムド王が釘を刺すと、い、いえ、と家臣はあわてて首を振りました。

「占者殿に占っていただきたいことがあるのではございません。その――占者殿のお知り合いだと名乗る方が城を訪ねていらっしゃったのでございます。ただ、それがどうも、占者殿のお知り合いとおっしゃるにしてはその――らしくないというか――」

 王や側近へ知らせを運ぶ役目の家臣は、普段から礼儀を非常に重んじているのですが、このときの彼はそれを一時的に忘れてしまったようでした。困惑したように言いよどんでしまいます。

 ユギルは細い眉をひそめました。家臣の背後をじっと見つめて、尋ねてきた人物を知ろうとしますが、彼の占いの目は相変わらずざわめきに邪魔されて、真実を見通すことができませんでした。訪問者の象徴をおぼろに見極めることさえできません。

「ユギルの知り合いだと? どのような人物だ?」

「ユギル殿は占者として近隣に名をとどろかせていますから、時々、知人と偽って占ってもらおうとする不届き者が現れます。そのような人物ではないのですか?」

 と王と宰相が聞き返すと、家臣はさらにとまどってしまいました。

「そ、それはそうなのでございますが……そのような方は、曲がりなりにもそれらしい格好でおいでになるのが普通でして……ですが……」

 家臣は言いかけてことばをにごしました。何かを確かめようとするように、ユギルを見つめます。

 ゴーリスは尋ねました。

「その訪問者は男か? 女か?」

「女性でございます。占者殿の古い知り合いだとおっしゃっておいでです」

 と家臣は答えました――。

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