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第24巻「パルバンの戦い」

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37.野営地

 場所は変わって、ここはエスタ国とテト国の国境の山の中。

 テトのアキリー女王から「国境まで戻ったほうがいい」と進言されたオリバンの部隊は、王都マヴィカレから引き返して、ここまでやってきていました。

 普段ならば時たま旅人が通るだけの峠道に、今は大勢の兵士があふれていました。道の両脇には兵士たちのテントが林立し、テントを張る場所が見つけられなかった兵士は、風当たりの弱い岩の間にマントにくるまって座り込んでいます。決して居心地の良い場所ではありませんが、ここがオリバンたちの当座の駐屯地でした。

 そんな駐屯地の中を、セシルは険しい斜面を上ったり下りたりしながら見回っていました。兵たちの様子を確かめながら、部隊長やロムドの領主たちに声をかけていきます。

「部下たちはどうだ? 山の気候で体調を崩している者はいないか?」

「そちらの部隊の調子はどうだ? テントが不足しているが、野宿で大丈夫か?」

「オーヤ侯爵、あなたやあなたの兵たちに何か不足しているものはあるだろうか? テトの女王が物資の提供を申し出てくださっている。必要なものがあれば届けてもらえるのだが」

 オリバンも毎日幾度となく見回りに来ますが、兵士たちはこのセシルの見回りのほうを特に心待ちにしていました。絶世の美女がやってくるだけでも嬉しい上に、彼女の声かけが実に気配りに富んでいたからです。彼女から「大丈夫か?」と声をかけられると、誰もが姿勢を正して答えました。

「無論、大丈夫です、妃殿下!」

「ご心配には及びません! 気候はまだ秋口! 野宿にはもってこいの気候です!」

 気難しいことで有名な領主も、セシルには笑顔で返事をしました。

「お心配りに感謝いたします、妃殿下。我々はまだ一度も戦闘を行っていないので、今のところ不足のものはありませんが、必要なものが出てきたらリストを届けさせていただきます」

「わかった。今日は天気がいい。こんな日の夜は冷え込むから、卿も体調にはくれぐれも気をつけて」

 セシルに優しいことばをかけられて、領主はいっそう相好を崩します。

 白い鎧兜に濃い緑のマントをはおった彼女は、部隊に降臨した麗しい戦女神でした。居心地の良くない駐屯地であっても、兵士たちの士気は決して低くありません。

 

 そこへオリバンが斜面を登ってやって来ました。こちらはいぶし銀の鎧兜に濃い緑のマントをはおった、見るからに堂々とした姿です。

「セシル、私と一緒に来い」

 とオリバンに呼ばれてセシルは駆けつけました。

「どこへ行くんだ?」

「エスタ国の辺境部隊がこの峠に到着した。会って話したい人物がいるのだ」

「エスタの辺境部隊?」

 そんなところに誰が、と不思議がるセシルに、オリバンは斜面を下りながら話し続けました。

「彼らも一度マヴィカレまで駆けつけたのだが、アキリー女王に国境まで戻るよう言われて引き返してきたらしい。私は直接会ったことがないが、フルートたちと縁深い人物がそこにいるのだ」

「フルートたちと? いったい誰なんだ?」

「オーダという男だ。二人の軍師の戦いの際には、東の戦場でキースや青の魔法使いとも協力して戦ったらしい。キースが以前話していたのを覚えていないか?」

「ああ、そういえば。風の魔剣を持って白いライオンを連れた傭兵がいた、と言っていたな。その彼か――」

 

 すると、出し抜けに割れ鐘のような声が響きました。

「おう、そうだそうだ! それが俺だ!」

 いきなりのことにオリバンとセシルは驚き、目の前の岩陰からライオンがぬっと頭を出したので、反射的に武器に手をかけました。獣が真っ白い色をしているのに気がついて、また驚きます。

「白いライオンだと!? では貴殿は――」

 とオリバンが言うと、岩陰から大柄な男も姿を現しました。下から登ってきたのです。全身黒い鎧兜で身を包み、腰には大剣を下げています。

「そうだ、今あんたたちに噂されていた男だよ。黒い鎧のオーダってのが俺の通り名だ。こっちは俺の相棒の吹雪。キースが俺の話をしていたって? なんて言っていた? エスタの辺境部隊には、腕の立つ男前の傭兵がいると言ってただろう?」

 身長ではオリバンに少し負けますが、みるからに大きくて逞しい戦士です。確かに強そうですが、お世辞にも二枚目とは言えない顔をしています。

「いや、キースはそんなふうには話していなかったが」

 とオリバンが生真面目に答えると、オーダは目を丸くして、すぐに笑いだしました。

「なるほどな。キースから聞かされていたとおり、ロムドの皇太子様はえらく真面目な方だ。先に国境に到着していると聞いたんで、実物に会ってみたくてやってきたんだよ。忙しいところに押しかけて悪かったな」

「いや、こちらこそ貴殿を探しに行く手間が省けた。東部での戦いでは、キースたちを多いに助けてくれたそうだな。感謝する」

 大国の皇太子を相手に、オーダはいつもどおりの口調で話していますが、オリバンのほうもそんなことはまったく気にせず、自然に受け答えをしていました。オリバンは子どもの頃からロムドの辺境部隊を転々としてきたので、こんな感じの人物には慣れっこだったのです。粗野と言えば粗野ですが、飾り気がなくて率直な、実力主義の戦士たちです。

 セシルのほうは、これまでまったく知らなかった傭兵とオリバンが、旧来の知人のように話しているので、眉をひそめていました。傭兵だからといって差別する気持ちはありませんが、オリバンのように初対面の相手を即座に信用できるおおらかさもなかったのです。

 すると、吹雪がセシルにすり寄って来ました。甘えるように頭を彼女の手に何度もこすりつけてきます。仔猫のようなしぐさをするライオンが愛らしく思えて、セシルはたてがみをなでてやりました。吹雪が目を細めて咽を鳴らします。

 それを見てオーダは笑いました。

「こっちがあんたの奥さんか。魔獣使いだとキースから聞かされていたが、動物もなつくようだな。しかも、えらい別嬪(べっぴん)さんじゃないか」

「まだ結婚式はとりおこなっていないから、妻ではなく婚約者だがな。彼女はセシル。軍人としても非常に優秀な女性だ」

「そりゃそりゃ」

 お見それしました、と言うようにオーダは頭を下げました。吹雪が戻っていって、主人の足元に体をすり寄せます。

 それを見て、セシルもようやくオーダを信用する気持ちになりました。フルートたちの知り合いは本当に変わった人物が多い、と心の中でつぶやきます……。

 

 すると、オーダはおもむろに周囲を見回しました。峠に駐屯している部隊を見渡しながら言います。

「フルートたちが見当たらないようだな。一緒じゃなかったのか?」

 セシルは思わず、はっとしました。

 オリバンも渋い顔になって答えます。

「彼らはここには来ていない。別行動だ」

 ほぅ? とオーダは腕組みしました。

「二ヶ月前の戦闘でも、クアロー王の軍勢と俺たちエスタ軍の戦いは敵の陽動で、敵の本当の狙いはロムド西部からの進撃だったからな。今回の戦いも、実は敵の囮(おとり)というわけか?」

 とぼけているようでも、こと戦闘に関しては鋭い読みをします。

 オリバンは正直に答えました。

「それはまだわからん。ただ、ユギルが東で大きな戦闘が起きると予言したからには、きっと激戦が起きるだろう」

「ああ、あの、どえらく二枚目な占者の兄さんのことだな。ゴーラントス卿の別荘にフルートたちを送っていったときに、会ったことがある。あの占者の兄さんが言うなら、確かにそうなんだろうな。やれやれ、また派手な戦闘になるのか。国境の番をしながら昼寝しているほうが、俺は好きなんだがなぁ」

 とオーダはぼやいてから、ちらりと空へ目を向けました。親指を立ててそちらを示します。

「案外、あの連中は別の世界に行っちまってるんじゃないのか? あいつらはいつだってそうだ。子どもだと思って油断してると、とんでもない場所で戦ってくるんだからな」

 占者でもなければ軍師でもないはずなのに、やたらと真相に近い予想を口にするオーダでした――。

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