トンネルの奥の部屋で、ペルラとレオンは二人きりでいました。ペルラは岩壁にもたれて座り、レオンは草のマットの床に寝転んで目をつぶっています。どちらも何も言わないので、部屋の中は静かです。
やがてペルラは自分の膝を抱えました。反対側の壁を見つめて何かを考え込んでいましたが、そのうちに、ふぅ、と小さな溜息を洩らします。なんとなくせつなそうな表情をしています。
すると、レオンが言いました。
「フルートはポポロから心変わりしたりしないぞ。あきらめたほうがいい」
ペルラは驚き、レオンが目をつぶったままでいるのを見てとまどいました。次の瞬間、かっと赤くなります。天空の国の魔法使いは目を閉じていても周囲の様子が見えるのだと気がついたのです。
「なによそれ! 失礼なこと言わないで!」
かみつくような調子で言い返すと、レオンは目を開けました。相変わらず寝ころんだままで言います。
「君はフルートが好きなんだろう? でも、彼はポポロと恋人同士だ。絶対に心変わりしたりしないから、早くあきらめたほうがいいって言ってるんだ」
ペルラはますます真っ赤になりました。本音を言い当てられた恥ずかしさと怒りで、すぐには声も出ません。
レオンは身を起こすと、ペルラと同じように床に座りました。彼女の反対側の壁にもたれかかると、諭すように言い続けます。
「彼らを見ていればわかるだろう? あの二人の心の絆は強固だ。普段からべたべたするようなことはないけど、お互いに相手を深く信頼している。どんなに君がフルートに想いを寄せたって、彼は応えてくれないさ」
ペルラは怒りのあまり目に涙を浮かべました。いくら本当のことでも、それをこんなふうにあからさまに言われてはプライドが傷つきます。レオンをにらみつけ、ふと以前彼がポポロに見せた態度を思い出して、意地悪く言い返しました。
「そんなこと言ってるけど、あなたこそポポロが好きなんじゃないの!? ポポロに横恋慕(よこれんぼ)してるんでしょう!?」
ところが、レオンは、ふん、と鼻で笑いました。
「そんなもの」
と言って、また床に寝転がってしまいます。
その様子にペルラは驚きました。急にぴんと来て言います。
「じゃあ、ひょっとして横恋慕の相手はフルート──」
レオンは真っ赤になってまた跳ね起きました。
「冗談じゃない! ぼくは女の子のほうが好きだ!」
「なんだ。じゃあ、やっぱりポポロが好きなんじゃないの」
とペルラが拍子抜けすると、レオンは顔を歪めてペルラをにらみ返し、すぐに目をそらしました。大きな溜息をついてから、低い声で言います。
「そうさ、ぼくはポポロが好きだ。でも、横恋慕なんかしていない。君と同じで、全然勝ち目がないからな」
彼があまりあっさり認めたので、ペルラはまた目を丸くしました。
「なによ、そんな素直に。調子狂うわね……。あたしと同じだっていうなら、なんであんなことを言うのよ。失礼じゃない」
「ごめん」
とレオンが素直に謝ったので、ペルラはますます面食らいました。ぽかんとする彼女に、レオンは話し続けます。
「君が一緒に行かなかったのは、フルートとポポロが二人でいるのを見たくなかったからだろう? 別のグループに加わったって、やっぱり彼らが気になるし」
「だから、あなたもここに残ったの?」
「そうさ。ポポロはフルートが行くところに当然のようについていくし、フルートもそれを当然だと思ってる。誰かが入り込む隙なんか全然ないんだからな」
それを聞いて、ペルラも思わず溜息をつきました。
「そうなのよね……。こう見えても、あたしは東の大海では母上に次ぐ美人だって言われてるのよ。なのに、そのあたしが一生懸命アタックしても、フルートったら全然気がつかないんだもの。鈍感なだけじゃないわ。ポポロ以外の女の子は全然目に入っていないのよ」
「だろうね。ポポロだって、ぼくを完全に友だちとしか見ていないよ」
レオンとペルラはそんなふうに話し合うと、顔を見合わせ、やがてどちらからともなく吹きだしてしまいました。向かい合った壁にもたれたまま、声をあげて笑います。二人の笑い声は乾いていました。
「やだもう……馬鹿みたいね、あたしたち」
とペルラは言うと、青い長い髪をかきあげました。先ほどまでのとげとげしさが消えて、ぐっと柔らかな表情になっています。ちょうど、崖から落ちそうになったシィをレオンに助けてもらったときのようです。
レオンのほうも穏やかな顔つきになっていました。立てた膝に頬杖をつくと、ペルラに話しかけます。
「君は一度フルートをあきらめたはずじゃないのか? ぼくは天空城の泉で君を見たことがあったけれど、フルートとポポロの間に入り込めないから、好きになるのをやめたように見えたんだけれどな」
ペルラは苦笑しました。
「あなたってホントに失礼ね。そんなこと面と向かって言わないでほしいんだけど。でも、そうよね。一度はあきらめたはずだったんだけど。会ってみたら、やっぱり好きだったの。自分でも馬鹿だと思うんだけど、こればっかりはどうしようもないのよね」
「そうだな」
とレオンがしみじみとうなずきます。
すると、ペルラが身を乗り出してきました。
「ねえ、あなたはいつからポポロが好きだったの? 同じ天空の民なんでしょう? もしかしてポポロの幼なじみで、フルートが現れる前から好きだったりしたの?」
なんだかんだ言っても、女の子はやっぱり恋の話が大好きです。
レオンは思わず肩をすくめました。
「ぼくがポポロと出会ったのはフルートより後さ。ぼくが通う学校に彼女が転校してきたんだ。最初はとにかく気に入らなくてね、意地悪ばっかりしていたよ」
「あら、どうして? もしかして、気になる子ほどいじめたくなるっていう男の子の心理?」
「いや、本気で嫌いだった――。彼女の魔力は天空の国でもずば抜けて強力で、たった十一歳で天空王様から貴族に選ばれてしまったからな。ぼくとポポロは同い年だ。そのせいで、父上は何かにつけてぼくと彼女を比較するようになったんだ。『ポポロはもう貴族になっているんだぞ。おまえもしっかりしろ』とか『一日も早くすごい魔法使いになってポポロを追い越せ』なんて毎日言われていたら、腹も立つし嫌いにもなるさ」
ペルラは目を丸くしました。
「それってひどい話ね……。でも、それじゃどうして? 何がきっかけでポポロを好きになったりしたのよ?」
すると、レオンは急に微笑するような表情になりました。ペルラを見ながら聞き返します。
「君は好きな人のために高い場所から飛び降りることができるかい? そこから落ちれば絶対に助からないとわかっている、高い高い城壁の上から、好きな人を助けたいって気持ちだけでさ」
ペルラはますます目を見張りました。
「それは何? たとえ話?」
「いや、本当の話さ。今言ったとおりのことを、ポポロは実際にやったんだよ。願い石に願いを語って光になろうとしたフルートを止めるためにね――。ぼくはそれを泉を通じて見た。目を疑ったよ。彼女はそのとき魔法が使えなくなっていた。フルートだって、そんな高い場所から落ちてくる彼女を受け止められるはずはなかった。彼はただの人間なんだからな。それなのに彼女は飛び降りた。死ぬつもりなんかじゃない。フルートが必ず受け止めてくれると信じて飛んだんだ。そして、本当にフルートは戻ってきて彼女を受け止めた。彼女は命がけの信頼でフルートを引き留めたんだ――。それを見たとき、ぼくはフルートがものすごくうらやましくなったよ。こんなすごい女の子を自分のものにしてるなんて、と悔しくなった。悔しかったけれど、フルートもとんでもない奴だからな。やっぱり、ぼくはどうしたってかなわない。だから、あきらめようとするんだけど、やっぱりあきらめきれない。さっき君が言ったとおりさ。我ながら女々しいと思うんだけど、どうしようもないんだ」
ペルラはうなずきました。レオンの気持ちがそのまま自分の気持ちと重なったのです。
横恋慕なのはわかっています。どんなに想ったところで、相手にその気持ちが通じるはずがないこともわかりきっています。無駄なのに、かなわないのに、それでもやっぱり好きな気持ちはなくせないのです。
「ホントに、馬鹿みたいよね、あたしたち」
とペルラはまた言いました。
「まったくだな」
とレオンが答えます。
そして、二人は揃って溜息をつくと、自分の膝を抱え込みました――。