その夜、フルートたちは緑の一族のトンネルに宿泊しました。
「夜になった地上は危険だから、ここで朝を待つように」
と岩の顔に言われたからです。
トンネルの中には無数の横穴があり、横穴の奥は部屋になっていました。空いていれば自由に使っていい、という許可ももらったので、適当な部屋を見つけて全員で入り込みます。
そこはずいぶん前に誰かが使っていた部屋のようでした。岩の床に草を編んだマットが敷かれ、片隅には干し草を積んだベッドがあります。布団替わりの毛皮は、まるで誰かが起き出していったように半分めくれたままになっているし、壁の岩棚には何かを書きつけた木の皮がペン替わりの枝と一緒に載っていますが、どれもすっかり古びて変色していました。きっと昔の番人の部屋で、あるときから急に使われなくなって、そのまま放置されたのでしょう。トンネルにはこんな空き部屋が無数にあるようでした。
パルバンの番人たちから衝撃的な事実をいくつも聞かされた一行は、部屋の中で情報の整理や確認をしていました。
「ワン、二千年前の光と闇の戦いで、セイロスは捕まって世界の果てに幽閉されたけど、光の陣営の人たちはセイロスがいつかまた宝を取り戻しに来るんじゃないか、って心配したんですね。だから、一部の魔法使いが大陸に残って、パルバンの番人になったんだ」
とポチが経過を簡単にまとめると、ルルとビーラーが忌まわしそうに言いました。
「禁じられた魔法を使って、自分たちを複製してね!」
「どうして彼らには罰が下らなかったんだろう? 人の複製は禁忌中の禁忌のはずなのに!」
「ここは天空の国じゃなくて闇大陸だからだよ。人の複製を禁止しているのは、天空の国のルールだ」
とレオンが答えました。場所が違えばルールも変わるということです。
「だが、それにしてもひでえ話だぜ。番人はどんどん死んでいくから、どんどん複製していったんだろう? 人間が使い捨てみたいじゃねえか」
とゼンが舌打ちすると、ポポロが答えました。
「だから、あの岩の人は、それを終わりにしたかったのよ。竜の宝が盗まれてしまったのは、あの人たちのせいじゃないけれど、それを積極的に取り戻そうとも思わなかったんだわ。竜の宝がなくなれば、あの人たちはもうパルバンの番をする必要がなくなるから」
すると、メールも言いました。
「あたい、五万五千五百五十六が新人たちに話してるのを聞いたんだけどさ、昔は地上はもっとものすごいところだったらしいよ。光の魔法と闇の魔法が数え切れないほど激突したから、戦争が終わった後も、ずっと大陸は荒れていたんだって。恐ろしい怪物は山ほどいたし、大地震は起きるし、火山はしょっちゅう噴火するし――。でも、パルバンの番人たちが、少しずつそれを直していったんだってさ」
「だから闇大陸は意外と普通だったのね。もっと荒れ果てたものすごい場所だと思ってたから、不思議だったんだけど」
「あの人たちが魔法で直してきたのね」
とペルラとシィは納得します。
フルートは岩の部屋の中で片膝を抱えて座っていましたが、考えながら口を開きました。
「パルバンの番人たちは二千年もの間ずっと竜の宝を守ってきたし、大陸を直していくのだって、気が遠くなるような地道な作業だったはずだ。竜の宝を奪われたからといって、あの人たちを責めることはできない――。ただ、本当に、誰が宝を奪っていったかが問題なんだ」
「誰がって、セイロスのしわざなんじゃないのか? パルバンに入り込んで宝を奪うなんて、普通の奴にはとてもできないことだぞ」
とレオンが意外そうに聞き返すと、フルートはさらに考え込みながら答えました。
「ぼくも最初はそう思った。二人の人間が奪っていったって聞かされたから、セイロスと副官のギーのことじゃないかと思ったんだけど、よく考えてみると腑に落ちない……。竜の宝がパルバンから奪われたのは、半年くらい前のことだ。でも、それはちょうどセイロスがこの世界に復活してきた頃のことなんだ。復活してすぐに宝を取り戻しに来たとも考えられるけど、それじゃあ、どうしてセイロスは闇の竜の力を完全に使えないんだろう? 妙だよな」
一同は驚き、ううん、とうなりました。
「パルバンには今もまだ守備の魔法がかけられたままだわ。セイロスは今だってそう簡単に入り込んだりできないはずよね……」
とポポロが言ったので、全員はいっそう首をひねってしまいます。
「ワン、とすると、竜の宝を奪ったのはセイロスじゃないってことですか? じゃあ、いったい誰のしわざなんですか?」
とポチが尋ねますが、誰も答えることはできませんでした。誰も――
ただ、フルートだけはいっそう考える顔になっていました。つぶやくように言います。
「宝がまだ奪われていないって可能性もある。竜の宝はまだパルバンにあるのかもしれない」
仲間たちはまた驚きました。
「じゃあ、あの岩野郎が俺たちをだましたのかよ!?」
「なんでそんなことするのさ!?」
「竜の宝を番するのが嫌になったからなの――!?」
いっせいに騒ぎ出した仲間を、フルートは手を振って抑えました。
「あの人は嘘を言ってるようには見えなかった。本当に竜の宝が奪われたと思っているんだろう。ただ、実際にそれを確かめたわけじゃないんだ。本当に竜の宝が奪われたかどうかは、パルバンに行ってみなくちゃわからないんだよ」
仲間たちは目を丸くしました。レオンが確かめるように聞き返します。
「パルバンに行くつもりなのか? 竜の宝はもうないかもしれないのに」
「ないかもしれないし、あるかもしれない。パルバンに行かなければ、それはわからない」
とフルートは答えました。あの揺らぐことのない声になっています。
ゼンは、にやりとしました。
「何を心配してんだよ、レオン? 俺たちは元々パルバンに行くつもりでここに来たんだぜ」
「そうそう! 出発はいつさ?」
「ワン、もちろん朝になったらですよ! 夜の間の危険が消えるわけだから!」
とメールやポチも身を乗り出してきます。
フルートは仲間たちを見回すと、はっきりした声で言いました。
「出発は明日の夜明けだ。それまでに、できるだけの準備をしておこう。ぼくはもう一度岩の顔のところに行って、パルバンまでの道のりや様子を聞いてくる」
「あたしも一緒に行くわ」
とポポロが腰を浮かせます。
「食料と水も補充しようぜ。やばそうな場所のものは口にできねえからな」
とゼンが荷袋をつかむと、メールも立ち上がりました。
「それなら五万五千五百五十五たちに頼もうよ。食料をわけてくれるかもしんないし、水を汲める場所も教えてもらえると思うよ」
けれども、ペルラは言いました。
「あたしは行かないわ。なんだか疲れちゃった。ここに残って休んでることにするわ」
すると、レオンも言いました。
「ぼくもだ。悪いけれど、ここで留守番させてもらうよ。君たちほどタフじゃないんでね」
「あら、あなたもここにいるの?」
とペルラは意外そうな顔をしましたが、レオンはさっさと床に寝転がりました。そのまま目を閉じてしまいます。
そこで他の仲間たちは二手に分かれてトンネルに出て行きました。フルートとポポロとポチは岩の顔に話を聞きに行くグループ、ゼンとメールとルルとビーラーとシィは食料や水を探すグループです。本当はシィはポチのグループに加わりたかったのですが、ルルからものすごい目でにらまれたので、あわててこちらのグループに来たのでした。
一行がトンネルを遠ざかっていくと、部屋の中は急に静かになりました。ここは地下の奥深い場所なので、地上の音も聞こえてきません。ペルラとレオンは静まりかえった部屋の中で二人きりになっていました――。