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第24巻「パルバンの戦い」

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34.衝撃

 竜の宝が持ち出されてパルバンにはもうない、と岩の顔から聞かされて、フルートたちは仰天しました。全員がいっせいに顔へ駆け寄ります。

「竜の宝がもうないって、どういうことさ!?」

「持ち出されたって、いったい誰によ!?」

「ワン、いつの話です!?」

 メールとルルとポチが口々に尋ねる横で、ペルラやゼンは文句を言います。

「そんな大事な話、どうしてもっと早くしないのよ!?」

「そうだぜ! 真っ先に言うことだろうが!」

 すると、ビーラーが主人を見上げました。

「もしかして、それって――」

 レオンは真剣な顔でうなずき返しました。

「闇大陸やパルバンは普通の人間が来られる場所じゃない。ぼくたちより先にセイロスがここに来て、竜の宝を奪っていったのかもしれない」

「そんな……!」

 とポポロは真っ青になり、シィも小さな体を震わせます。

 

 フルートも青ざめていましたが、同時にあることを思い出していました。確かめるように、岩の顔に言います。

「ぼくたちを案内してきた五万五千五百五十五さんが、ここに来る前に話していました。自分たちはパルバンに近づく者を追い返すことが決まりだったけれど、その決まりが変わったから、もう追い返さなくて良くなったんだって――。それは、パルバンから竜の宝がなくなったからだったんですか?」

「そうだ」

 非常に重大なことのはずなのに、岩の顔の返事は簡潔です。

 一行はまた口々にわめきました。

「どうしてそんなに平気でいるのよ!?」

「そうさ! あんたたちは竜の宝をずっと番してきたんだろ!? なんで取り戻そうとしないのさ!?」

「ワン、いったいいつ奪われたんですか!?」

「誰のしわざなんだよ!?」

 けれども、一行がどんなに騒いでも、顔は答えようとしません。

 レオンは短い銀髪をかきむしりました。

「だめだ、彼は竜の宝のことをフルートにしか話せないんだ。フルート、早く彼に聞いてくれ!」

 そこで、フルートはまた顔に尋ねました。

「竜の宝が奪われたのは、いつのことですか? 何者に、どこへ持ち去られたんでしょう?」

「いつのことなのか、正確にはわからない。わしも他の者も、パルバンに入って竜の宝の様子を見ることはできないからな。だが、二人の人間が『向こう』からここに入り込んで去って行った後、パルバンから吹いてくる三の風が変化した。それで、わしたちはパルバンから宝が奪い取られたとわかったのだ」

「それはどのくらい前のことですか……!? 何週間前!? それとも何ヶ月か前のことですか!?」

 とフルートも声が大きくなってきました。二人の人間と聞かされて、セイロスとギーを連想したからです。

 岩の顔は岩のまぶたを半分閉じて、思い出すような表情になりました。

「おまえたちの時の単位は、わしたちにはわからないが、まだ二百夜はたっていないはずだ」

 二百夜? といぶかしがる一同に、レオンが言いました。

「この大陸では日が沈まないから、一日二日とは数えないで、夜の回数で日数を数えるんだろう。要するに二百日ってことだから、半年くらい前ってことになる」

 

 フルートは思わず頭を抱えていました。あまりに衝撃が大きくて混乱しますが、それでも必死で考え、尋ね続けます。

「あなたたちはパルバンの番人でしたよね? 竜の宝を奪われたときに、取り返そうとしなかったんですか? そのときに、その人たちを見たりしていないんですか?」

 すると、岩の顔は半分閉じていたまぶたをさらに閉じました。うっすら開いただけの目で、遠い何かを見るような表情になります。

「わしたちの役目はパルバンに入ろうとする者を追い返すことだけだ。いざ彼らがパルバンに入ってしまえば、そこから先はもうわしたちの守備範囲ではない。奪われた竜の宝を取り戻すことも、わしたちの役目ではない。そういう決まりで始めたことだ」

 そんな、と一同はあきれました。

「それでも番人なの!? ずいぶんと無責任じゃない!」

 とペルラは憤りましたが、岩の顔は何も聞こえないように、フルートひとりに向かって語り続けていました。

「正直なことを言えばな、金の石の勇者、パルバンから竜の宝がなくなって、わしはほっとしたのだよ。わしたちは本当に長い間パルバンの番を続けてきた。その間に五万五千人あまりが番人になり、大部分が生涯を終えて消えていった。番人の入れ替わりのサイクルは短い。なんのためにパルバンを守るのか、どのような決まりになっているのか、覚えている者がいなくなるかもしれないという危惧から、わしはここで岩となった。そう。わしも大昔には他の番人と同じように人間の体を持っていたのだよ。それから長い長い時間が過ぎた。わしは――わしたちは長く生きすぎた。そろそろこの役目から解放されてもいい頃だ、と思っていたところに、何者かがやってきて竜の宝を持ち去った。わしたちは今はもうパルバンの番人ではない。まだパルバンの近くで暮らし、大陸を見回っているが、侵入者を追い返す必要はなくなった。そうなっても、わしはもう人間に戻ることができんが、若い者たちは新しい未来を生きることができる。すべては、竜の宝が持ち去られたおかげだ。だから、宝にパルバンに戻ってきてほしいとは思わんのだよ、わしは」

 大騒ぎをしていた一行は、いつの間にか黙り込んでいました。顔が話し終わっても、もう誰も何も言うことができません。

 初期の時代からの番人だったこの人物は、二千年もの間、ここでずっとパルバンと他の仲間たちを見守ってきたのです。自分の体を大地の岩に置きかえて――。

 

 すると、そこへ青年と女性が戻ってきました。緑の毛皮を着たあの兄妹です。フルートたちを見て、あれれ、という表情になります。

「なんだ、まだ話し込んでいたのか。長話だなぁ」

「あたしたち、もう新しい仲間を作ってきちゃったわよ。ほら、こっちが五万五千六百十二で、こっちが五万五千六百十三ね」

「仲間を作ってきた?」

 奇妙な言い回しを聞きとがめたフルートたちは、兄妹の後ろから顔をのぞかせた男女を見てまた驚きました。歳の頃は兄妹より少し若いのですが、どちらも灰色の髪に浅黒い肌をしていて、男は兄と、女は妹と、瓜二つの顔をしていたのです。ただ、こちらの二人は毛皮ではなく、白い布の服を着ていました。フルートたちよりずっと大人なのですが、まるで子どものような無邪気な表情で岩の顔やフルートたちを眺めています。

 その様子にレオンが言いました。

「まさか――あなたたちは本当に彼らを『作って』きたのか!? もしかして、複製の魔法か!?」

 それを聞いて、ポポロは息を呑みました。

「嘘! その魔法は禁忌中の禁忌じゃないの!」

「人間を複製するのは、どんな魔法使いでも御法度(ごはっと)なんだぞ!」

 とルルとビーラーが非難します。

 すると、緑の毛皮を着た兄が、きょとんとした顔で言いました。

「なんだ、おまえたちがいる『向こう』じゃ、人間を魔法で増やせないのか? そりゃ大変だな。あっという間に全滅するんじゃないのか?」

「元々『向こう』の人間は魔法がほとんど使えないんだから、しょうがないじゃない。でも、一からしか人間を作れないなんて、本当に不便そうね」

 と妹のほうも言ったので、一行は返事に窮します。

 

 フルートは岩の顔を振り向いて尋ねました。

「ひょっとして、あなたたちは最初はひとりか二人だったんじゃないですか? それを魔法で増やして増やして……数が足りなくなったら、また増やして、五万五千人もの番人を作ってきた……そういうことなんですか?」

「その通りだ、金の石の勇者。緑の一族の総祖はひとりきり。緑の一と呼ばれている男だ。そこから全ての緑の一族がうまれてきた。男からは女も複製することができるのだ」

 それを聞いてレオンは頭を振りました。

「だからみんな似ていたんだな。元が同じひとりの人間だったから。とすると、ぼくたちを襲った仮面の一族って連中は――」

「連中は俺たちとは髪の色も顔つきも違うぞ。総祖が違うからな。だから、連中は俺たちより頭が今ひとつなんだ」

 と兄が答えました。彼は新しく仲間になった二人の兄でもあるのです。

 すると、白い服を着た男女が、岩の顔の前に出て行きました。しげしげと眺めてから言います。

「あなたが五万五千四百七十一? 本当に石でできているんだ。面白いな」

「あたしたち、生まれてきたのはいいけど、何をしたらいいのかわからないの。これから何をすればいいのかしら?」

「まずは、外を出歩いても湖で溺れないように、狩りをしてモジャーレンの毛皮を手に入れることだな。狩りのしかたは五万五千五百五十五に聞くといい。それから地上の手入れだ。わしたちはパルバンの番をする必要がなくなった。これからは、今まで以上に地上を整えて暮らしやすくしていくことが役目だ」

「わかった!」

「わかったわ!」

 と目を輝かせた二人に、緑の毛皮を着た兄と姉が言いました。

「外はもう夜になったから、狩りは明日だ。まず槍を選ぼう」

「夜の間に三の風が吹くと地上が荒れるのよ。それを直していくのがあたしたちの役目よ。呪文を教えてあげる」

 兄姉に手招きされて、弟妹はついていきました。四人でトンネルの向こうへ行ってしまいます。

 そんな若い仲間たちを、顔は岩の目を細めて見送っていました――。

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