わしに語れることならば、なんでも話して聞かせよう、と岩の顔に言われて、フルートは急に胸がどきどきしてきました。ずっと探し続けてきた竜の宝を知る人が、今目の前にいて、何が聞きたい? とフルートに尋ねているのです。知りたいことの数々が一気に押し寄せてきて、すぐにはことばが出てきません。
「知りたいことだと? んなのは決まってらぁ! 竜の宝は――」
とゼンが代わりに言おうとすると、隣にいたレオンがさえぎりました。
「彼はフルートに言ってる。質問するのはフルートだ」
レオンは岩の顔から周囲へ魔法の波動が広がるのを感じていました。顔がこれから語ろうとしているのは、ごく限られた相手としかやりとりできない、特殊な内容なのです。フルートにしか質問することができない、とレオンは察したのでした。
フルートは深呼吸して気持ちを落ち着かせると、まず一番に知りたいことを尋ねました。
「竜の宝の正体は何なのですか? それが自分からセイロスの元を逃げ出し、自分の意思で光の陣営に加わったことまではわかっています。竜の宝というのは魔法の生き物ですか? それとも精霊か何かなのでしょうか?」
ほう、と岩の顔は感心したような声を出しました。
「新しい金の石の勇者はそこまで知っていたのか。あのときの記憶や記録は、新しい世界からすべて奪われたかと思っていたのに」
「契約の隙を突いて、猿の王と狐の王が教えてくれました」
とフルートは答えます。
岩の顔は大きな空洞のような口を横へ引き、両端を持ち上げて笑顔になりました。
「なるほど。おまえたちは世界を味方につけているらしい――。だがな、申し訳ないが、その質問には答えることができない。闇の竜はこの大陸にも呪いをかけていった。おまえたちに竜の宝の正体を知らせれば、わしはたちまち砕けて、ただの岩の塊になってしまうのだ」
ああ、と一同はがっかりしてしまいました。やはりここでも竜の宝の正体はわからないのです。
「ほんっとに頭にくる呪いだよね! ことごとく邪魔してさ!」
とメールが癇癪(かんしゃく)を起こしましたが、フルートはさほど気落ちしていませんでした。これに関してはおそらくそう言われるだろう、と予想していたのです。落ち着いた声で聞き返します。
「ぼくたちに正体を語ることはできなくても、ぼくたち自身がパルバンへ行って正体を確かめることはできますね? 真実を知りたければ自分の目で確かめるしかない、と今まで何度も言われてきました。つまり、そういうことなんですよね?」
「それはそうだ。闇の竜の呪いも、自ら真実を確かめに行く者まで止めることはできない――。だから、おまえたちはパルバンに行きたいと考えているわけか。まだ子どもなのに勇敢なことだ。勇敢すぎて無謀だ」
けれども、フルートはまったくひるみませんでした。穏やかだけれど、言いだしたら絶対に曲げなくなる、あの強い声で話し続けます。
「ぼくたちはそのためにこの闇大陸にやってきたんです。セイロスは二千年の時を超えて世界に復活してきました。セイロスのために世界各地で激戦が起きて、多くの人が傷ついたり死んだりしています。ただ、セイロスはまだ闇の竜の力を完全に使いこなせていません。竜の宝を取り戻していないからです。彼がここにやってきて竜の宝を取り戻す前に、ぼくたちの手で消滅させなくちゃいけないんです――」
そこまで話したところで、ふっとフルートは口をつぐみました。竜の宝の正体はまだわかりませんが、魔獣や精霊のような生きた存在のような気がします。それを消滅させると言うたびに、罪悪感のようなものに襲われてしまうのです。世界を救うためにはしかたのないことなのですが……。
岩の顔は少しの間、考えるように沈黙してから、おもむろにまた話し出しました。
「パルバンへ入ることは、二つの理由から勧めない。一つ目の理由は、パルバンが非常に危険だからだ。竜の宝を隠し守るために、パルバンにはあらゆる種類の大量の魔法がかけられた。その魔法の数は数十万を超すと言われているし、魔法同士が干渉を起こして危険な魔法に変わっている場所も数え切れないほどある。三の風というのは、そういう場所から発生してくる魔法の風だ。それにさらされて平気でいられる人間はいない。聖守護石を持つ金の石の勇者であっても不可能なのだ」
「何故、金の石の勇者でも無理だとわかるんですか?」
とフルートは即座に聞き返しました。
「初代の金の石の勇者も宝までたどり着けなかったからだ。彼は闇の竜の力を持っていたが、それでも途中で魔法に絡め取られて身動きが取れなくなった。そこを竜の王の力で世界の最果てへ飛ばされ、幽閉されたのだ」
すると、フルートは急に、にっこりと笑いました。自信に充ちた声になって言います。
「そのときのセイロスはもう金の石の勇者じゃありません。パルバンへやって来たのは、闇の竜とひとつになったセイロスです。パルバンがどんな場所であったとしても、金の石はきっとぼくらを守ってくれます。ぼくはそれを知ってるんです」
ところが、そう言ったとたん、フルートの胸の上で金の石がちかちかとまたたきました。まるで反論しているような光り方です。
「聖守護石は異論があるようだが?」
と石の顔が言いましたが、フルートはやっぱり少しも引きませんでした。今度はペンダントに向かって話しかけます。
「ぼくたちはパルバンに行かなくちゃいけない。ぼくだけじゃなく、ゼンもメールもポポロもレオンたちも、みんなが一緒なんだ。ぼくはパルバンの危険からみんなを守りたい。お願いだから、ぼくたちを守ってくれ。頼む」
すると、金の魔石は、ちかっと大きく光って、また普段通りの輝きに戻りました。その後はまったく反応しなくなります。
「金の石のヤツ、ふてくされやがった」
とゼンが言うと、メールは肩をすくめました。
「折れたんだよ。なにしろフルートは魔石より頑固なんだもん」
岩の顔も驚いたように金の石を見ていました。
「聖守護石を従わせてしまうだと? この世のなにものも、魔石に命じることはできないはずだが……」
「フルートは命令なんかしていません。ただお願いしているだけなんです」
とポポロが必死な顔で言い、ポチとルルが足元で、うんうんとうなずきます。
すると、それまで黙っていたレオンが、フルートをつつきました。
「もう一つの理由のほうも聞いてみてくれ。絶対にパルバンに行くとしたって、途中の危険はちゃんと把握しておくべきだからな」
そこでフルートはまた岩の顔に尋ねました。
「ぼくたちがパルバンに行かないほうがいい、もう一つの理由も聞かせてください。パルバンが危険な場所なのはわかりましたが、他にもまだ何かあるんですか?」
「ある。最初の理由より、もっと大きな理由だ」
と岩の顔は答え、目の前の一行を見回しました。いぶかしがる少年少女の中で、フルートだけは強い表情をしているのを見て、諭すように言い続けます。
「おまえたちはパルバンに行くことはできない。いや、行っても意味がないのだ。なにしろ、竜の宝はパルバンから持ち去られて、今はもうパルバンにないのだからな」
「――はぁ!?」
あまりに意外なことを聞かされて、一行は思わず叫び声を上げてしまいました。