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第24巻「パルバンの戦い」

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32.顔

 五分後、フルートたちは、パルバンの事情に詳しいという人物に合うために、番号を名前にする兄妹の案内で地下のトンネルを進んでいました。

 トンネルは高さが一メートルほどしかなかったので、一行は身をかがめながら進みましたが、やがて天井は徐々に高くなっていき、一番奥にたどり着いたところで、ようやく頭がぶつからなくなりました。全員が、やれやれ、と背を伸ばします。

 トンネルはどこからともなく射す光で明るくなっていましたが、突き当たりだけは薄暗がりの中に沈んでいました。ごつごつした岩壁になっていて、扉のようなものは見当たりません。緑の毛皮を着た兄はそこへ呼びかけました。

「おぉい、五万五千四百七十一、ちょっと起きてくれよ! あんたにお客さんだぞ!」

 けれども、突き当たりには誰も現れません。

 妹のほうも言いました。

「起きなさいってば、五万五千四百七十一! 『向こう』から来た人間たちなのよ!」

 それでも誰も姿を現しません。

 フルートたちは心配になってきて顔を見合わせました。五万五千四百七十一という人はフルートたちに会いたくないのでしょうか? それとも具合が悪くて寝込んででもいるのでしょうか……?

 すると、突き当たりから急に声がしました。

「誰が尋ねてきただと、五万五千五百五十五に五万五千五百五十六? 『向こう』の人間と聞こえた気がするが、わしの聞き間違いか?」

「本当に『向こう』の人間だよ!」

「あんたからパルバンの話を聞きたいんだってさ!」

 と兄妹が口々に言いますが、フルートたちにはまだ相手が見えていませんでした。声は歳をとった男性のようなのですが……。

 

 そのとき、レオンが、うわっ! と飛び上がりました。突き当たりを指さして言います。

「ま、まさか、あなたが五万五千四百七十一なのか――!?」

 フルートたちはレオンの反応に驚き、奥へ目をこらしましたが、やはり彼らには誰の姿も見えませんでした。壁にくぼみやせり出した岩が見えるだけです。

 ところが、ポポロが、きゃぁっ! と悲鳴を上げました。フルートに飛びつき、岩壁を指さして言います。

「そこ――そこよ! 生きているんだわ!」

 すると、ポチとビーラーも叫びました。

「ワン、この壁!?」

「動いてしゃべっているぞ!?」

 それを聞いて、フルートたちもようやく声の主を見極めることができました。トンネルの突き当たりの壁そのものが、岩でできた大きな顔になっていたのです。目に当たる場所に飛び出た二つの岩が、ぎりぎりと音を立てながら上下に開き、岩の目玉がぎょろりとフルートたちを見ます。

 一行がびっくりして何も言えずにいると、岩壁の下の方に開いた穴がゆっくり動いて声を発しました。

「確かに『向こう』の人間のようだな。最近は見かけなかったが。わしからパルバンの話を聞きたいだと? 何故そんなものを聞きたいんだ?」

 すると、フルートたちに代わって兄の青年が答えました。

「彼らはパルバンに入っていきたいって言うんだよ。無理だって止めているのに、聞かなくてさ」

「パルバンにだと? それはまた何故?」

 と顔はまた言いました。岩に刻まれている顔ですが、話す内容はまともだったので、フルートは思い切って答えました。

「そこにデビルドラゴンの宝があるはずだからです。ぼくたちはずっとそれを探し続けてきました。敵より先にそれを見つけ出さないと、世界がデビルドラゴンに破壊されてしまうんです!」

 とたんに岩の顔は黙り込んでしまいました。

 代わりに、緑の毛皮を着た兄妹が尋ねてきます。

「デビルドラゴン? それってなんだ?」

「パルバンにそんなものはいないわよ?」

 フルートは懸命に話し続けました。

「闇の竜のことです。ぼくたちはデビルドラゴンと呼んでいます。奴は向こうの世界に復活して、また世界を破滅に追い込もうとしているんです。それを防ぐために、ぼくたちは――」

 

 すると、岩の顔がいきなりまた口を開きました。全然関係のないことを言い出します。

「五万五千五百三はどうしたんだ? 気配を感じないが」

「ああ、いなくなっちゃったのよ。たぶん湖に沈んだか、ヨルノモリで怪物に食われたんだと思うわ」

 と女性があっけらかんと答えたので、一行は驚いてしまいました。

「いなくなったんじゃなくて、死んだんだろうが」

 とゼンがうなるようにつぶやきます。

 答えを聞いた岩の顔のほうも、特に動じる様子はありませんでした。相変わらずゆったりした調子で兄妹へ言います。

「五万五千五百三がいなくなったのでは、緑の一族はわしを含めても七人になってしまった。少々数が減りすぎたな。新しく呼んでこい」

「次はもう五万五千六百十二だよ。何人連れてくればいい?」

 と青年が聞き返しました。

「とりあえず二人だな。男と女をひとりずつだ。行ってこい」

「わかった」

「じゃあね、あんたたち。五万五千四百七十一とゆっくり話なさいね」

 と兄妹は言って、足早にトンネルを引き返していきました。どこへ行ってしまったのか、すぐに足音も聞こえなくなってしまい、後には岩の顔とフルートたちだけが残ります。

 フルートたちが面食らっていると、岩の顔がまた言いました。

「ずいぶんひどい言い方をしている、と考えているだろう? 人間のことなのに物のような言い方をすると。だが、しかたないのだ。わしたちは危険な風が吹く外に出かけなくてはならんから、その中で命を落とす者は必ず出る。人数が少なくなりすぎればパルバンを守れないから、すぐに補充する必要があるのだ」

 やはり岩の顔の話はまともです。

「だから、あなたたちは番号が名前なんですね。パルバンの番人になった順番に、番号で呼ばれるんだ」

 とフルートは察して言いました。

「わしたちはパルバンの番人になるために生まれた種族なのだよ――」

 と顔は答え、少し黙り込んでから、すきま風のような音で笑いました。

「実を言えばな、わしは本当は五万五千四百七十一番目の番人ではない。わしの本当の番号は七番だ」

 七番! と一同はまた驚きました。これはまたずいぶんと小さな番号です。

「ワン、じゃあ、あなたは本当はものすごいお年寄りなんですね? 昔々、ここでパルバンの番を始めた頃からの人なんでしょう?」

 とポチが聞き返すと、岩の顔はまたすきま風の声で笑いました。

「そうだ。わしは本当に昔からパルバンを守ってきた。だが、今の若い者たちにはそれは教えない。適当に少し前の番号を名乗って、少しだけ年寄りのふりをしているのだ」

「どうしてさ?」

「何か意味があるの?」

 と今度はメールとルルが尋ねました。話が通じても、やっぱり疑問や謎が多い一族です。

「おまえたちが先ほど言ったとおり、パルバンには闇の竜の宝が隠されているからだ。若い者たちにそれを教えると、好奇心に駆られてパルバンに入り込んでしまう。パルバンは常に三の風が吹き荒れる危険な場所だから、番人のわしたちでも中に入ることはできないのだ」

「それで、今もあの二人を別の場所へ行かせたのか」

 とレオンは納得しました。岩の顔はパルバンの竜の宝の話を若い兄妹に聞かせたくなかったのです。

 

 岩の顔は改めて一同を見渡すと、フルートの胸元に目を留めました。

「やはり、それは聖守護石だったか。あのとき、砕けて消滅したとばかり思っていたが、小さくなっても残っていたのだな。そして、おまえが新しい金の石の勇者というわけか。先代も若かったが、それよりさらに若いな」

 一同は、はっとしました。ゼンとレオンが身を乗り出します。

「じいさん、セイロスのことを知ってるんだな!?」

「あなたは二千年前の光と闇の第二次戦争を見ていたのか!」

 岩の顔はまた風の音で笑いました。

「もう二千年も前のことになるのか? ああ、見ておったよ。セイロスが願い石に負けた瞬間も、奴が闇の竜になってよみがえってきた瞬間も、奴が捕らえられて世界の果てへ連れ去られていく瞬間も。だが、わしにも語れることと語れないことがある。わしに語れることならば、なんでも話して聞かせよう。何が聞きたい、新しい金の石の勇者?」

 そう言って、顔は岩の目でフルートをじっと見つめました――。

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