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第24巻「パルバンの戦い」

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第10章 マド

31.マド

 結局フルートたちの一行は場所が入れ替わる二の風を二度ほど経験して、オレンジ色の草が風になびく草原に出ました。

「よぅ、着いた着いた! 今日は割と楽に戻ってこられたな!」

 と毛皮の男は言って、さらにずんずん歩いて行きました。一面のオレンジの景色の中に、緑の怪物のような男はとても目立ちます。

 一行はきょろきょろしながら従っていきました。秋でもないのにオレンジ色に染まった草を物珍しく眺めたり、草原の彼方へ目を向けたりします。今は遠くには何も見えていませんが、二の風が吹いて場所が入れ替われば、草原の向こうに山や湖が現れるのかもしれません。

 すると、レオンが首をかしげました。

「ここに本当に彼らの家があるのかな? それらしいものが見当たらないんだが」

 ポポロも遠い目であたりを眺めていましたが、やはり不思議そうに言いました。

「見渡す限り、本当に草しかないのよ。魔法使いの目が届く限り、ずっとこんな感じなの。家らしいものは見えないわ」

 けれども、毛皮の男がためらいもなく進み続けていくので、フルートたちもそれについていきました。彼らの周囲ではざわざわと草が音を立てていました。草を揺らしているのは、ごく普通の風です。

 

 やがて、男はぴたりと足を止めると、一行を振り向いて言いました。

「さあ、ここが俺たちのマドだぞ」

 けれども、そこにはやはり家はありませんでした。ただ草が風に揺れているだけです。

「どこなんだ? 家なんてないじゃないか」

 とレオンは言いました。魔法で別空間に家を隠しているのでは、と考えていたのですが、そういうものも見当たらなかったのです。

 すると、男は笑いました。

「家じゃない、マドだ。ちゃんとあるだろう。そら、ここに」

 そう言って指さしたのは、足元の地面でした。えぇっ!? と一行が地面を見ると、草の中に何か丸いものが光っていました。丸い鏡か盾が地面に落ちているようにも見えましたが、よくよく見ると、それは丸い窓でした。薄い色がついたガラスがはまっていて、黒い窓枠には取っ手もついています。

「ワン、マドって本当に窓だったんですか!? でも、ここで暮らしているって――」

 とポチが驚いて言うと、男は窓を引き開けながら言いました。

「ああ、暮らしてるさ。見回りからうまくここに戻れたら、必ずここで寝るからな」

 けれども、その窓がとても小さかったので、フルートたちは面食らっていました。彼らの中で体が一番小さなシィでさえ、くぐり抜けるのは難しそうです。

 ところが、男は吸い込まれるように窓の中に消えていってしまいました。一行が驚いて窓に駆け寄ってのぞくと、男は中からこちらを見上げていました。窓の下が岩に囲まれた洞穴になっていたのです。男が一行へ手招きします。

「何をしてるんだ。早く入ってこい」

「入ってこいって言われたって……」

 と一行は困惑しました。どう頑張っても、こんな小さな窓をくぐることはできません。魔法の窓に違いなかったので、試しにレオンが呪文を使ってみましたが、やはり中には入れませんでした。

 

 すると、窓の下から声が聞こえてきました。

「五万五千五百五十五なの? どうかしたの?」

 女性の声です。

 男は背後を振り向きました。

「ああ、俺だよ。お客さんがマドに入れないんだ」

「お客さん?」

 と言いながら男を押しのけて窓の下にやって来たのは、同じような緑の毛皮を着た、若い女の人でした。フードは頭の後ろに押しやっているので、短い灰色の髪と浅黒い肌の顔がよく見えます。美人ではありませんが、不美人というわけでもありません。

 女性は男を振り向きました。

「誰、この人たち? 見たことないわね」

「『向こう』から来た人間だよ。パルバンのことを知りたいって言うから、五万五千四百七十一に会わせようと思って連れてきたんだが、入れないって言うんだよ」

 男が話していますが、窓が狭いので、フルートたちはその姿を見ることができません。

 女性はあきれたように肩をすくめました。

「『向こう』の人たちは魔法が使えないんでしょう? じゃあ、入れるわけないじゃない。相変わらず五万五千五百五十五は馬鹿ね」

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。魔法が使えなくたって、マドくらい入れるだろう」

「無理だってば。見なさいよ。みんなこのマドより大きい体をしてるじゃない――」

 とたんに、丸い窓が一気に広がりました。フルートたち全員の下から地面が消えます。

 一行は洞穴の中に落ち込みました。幸いあまり深くはありませんでしたが、それでも、どさどさと音を立てて折り重なってしまいます。

「あいたたた……」

「ちょっとゼン、重い! 重いったら!」

「ワン、ビーラー、苦しいですよ!」

「どいてよ、あなた。下敷きなんて失礼ね」

「きゃっ、ルルさん、ごめんなさい!」

「みんな、怪我はないか――!?」

 騒々しいやりとりをしながら、一行は体を起こしました。高さが一メートルほどしかない狭いトンネルだったので、犬たち以外はみんな座り込むしかありません。

 一方、彼らを案内してきた男と若い女性は立っていました。二人は背が低いので、その高さで充分だったのです。

 女性は珍しそうにじろじろと一行を眺めました。

「へぇ、あんたたちが『向こう』の住人なんだ。やっぱりちょっと変わってるね。ずいぶん背が高いんじゃないの?」

「でも、モジャーレンも仕留められないくらい非力なんだぞ。魔法も使えないしな」

 と男が言ったので、ゼンとレオンはむっとしました。多いに反論したいところでしたが、喧嘩になってはまずいので我慢します。

 

 すると、女性が急に男を指さしました。

「いやだ、五万五千五百五十五ったら! ずいぶんひげが伸びてるじゃない! 毛皮からはみ出してるわよ。剃りなさいよ!」

「おっと、いかん。そうだったのか? モジャーレンの毛皮に隙間があると、湖に落ちたときに溺れるからな」

 男が怪物のフードを脱いで、顔の前でぐるりと指を振ると、ひげはたちまち消えました。ついでに長かった灰色の髪も短くなります。後に現れたのは、浅黒い肌に薄青い目の青年の顔でした。意外なくらい若いうえに、隣にいる若い女性にそっくりです。

「ねえさぁ、もしかして、さっき言ってた双子の妹ってのが、この人?」

 とメールが尋ねると、男と女は、そっくりの顔でにやっと笑いました。

「そうだ」

「そういうことね。あたしは緑の五万五千五百五十六。あんたたちの番号はなんて言うの?」

 フルートたちはまた返事に詰まってしまいました。番号が名前になっている一族に、彼らの名前が通じるんだろうか、と考えてしまいます。

 すると、男が言いました。

「番号なんか聞くなよ。こんなに人数がいるんだから覚えきれないだろう。それより、五万五千四百七十一は起きてるか? こいつらが話をしたいって言ってるんだよ」

「いつもみたいに寝てるけど、起こせば起きると思うよ。でも、五万五千五百三はいなくなっちゃったから、そっちとはもう話せないわよ」

「いいさ。こいつらが用があるのは五万五千四百七十一なんだからな」

 番号、番号、番号の名前。

 誰が誰のことかわからなくなってきて、フルートたちは本当に目眩がしてきました――。

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