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第24巻「パルバンの戦い」

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29.五万五千五百五十五

 一行が登ってきた山は、地上に噴き出した溶岩が冷えて固まってできたものでした。ごつごつした岩肌が続き、いたるところに大小の岩の塊がせり出しています。

 突然彼らに話しかけてきた怪物は、そんな岩塊の一つに立っていました。全身緑の毛むくじゃらで二本の角も生えていますが、手に槍を持っていて、人のことばを話します。

 フルートとゼンは思わず武器に手を伸ばし、犬たちはうなりながら牙をむきました。メールやペルラも反射的に身構えます。

 

 ところが、レオンとポポロは怪物を見つめてから言いました。

「君は怪物じゃないな!」

「人間なのね。さっきの人たちの仲間なの……?」

 すると、緑の怪物は自分の頭に手を伸ばしました。とたんに角の生えた頭がずるりと後ろへ落ちたので、ペルラやシィは思わず悲鳴を上げ、すぐに真っ赤になりました。怪物の頭の下から人間の頭が現れたからです。長い灰色の髪をしていて、顔は灰色のひげにおおわれています。

「なんだ。毛皮を脱いでも似たような顔じゃねえか」

 とゼンは遠慮なく言ってから、弓矢を構えてみせました。

「てめえも俺たちを攻撃しようってのか? それならこっちだって反撃するぞ」

 緑の毛皮を着た灰色の男は、ちょっと首をかしげると、自分の槍を見ました。

「ああ、これか。心配するな、これは狩猟用だ。犬の肉はまずいから、おまえらには投げんさ」

「やだ、なんてこと言うのよ!」

 とルルは背中の毛を逆立てて叫びましたが、男は平気な顔でひょいひょいと岩場を下りてきました。フルートたちがいる大岩の陰まで来ると、ざっと見回して言います。

「仮面たちに襲われたんだろう? あの連中は図体はでかいんだが、頭が悪くてな。もうよそ者を追っ払わなくて良くなったのに、今でもよそ者を見ると出動するんだ。馬鹿は困るよな、まったく」

 そんな話をする男は、どう見ても大人なのですが、背丈はゼンの肩にやっと届く程度しかありませんでした。一般的なドワーフくらいの身長ですが、毛皮を着ていてもほっそりして見えるくらい細身なので、ドワーフにはあまり似ていません。

 

 フルートは一歩前に進み出ると、仲間たちを背後にかばいながら、男に尋ねました。

「あなたは誰ですか? さっきぼくたちを襲った人たちは誰だったんでしょう? 何故、ぼくたちは襲われたんでしょうか?」

 相手がいろいろ知っていそうだと察して矢継ぎ早に尋ねると、男は目を丸くしてから言いました。

「そんなことを聞いてくるからには、おまえらは『向こう』から来たのか。へぇぇ。言い伝えには聞いていたが、実際に見たのは初めてだぞ」

「向こう?」

 とビーラーが首をひねったので、レオンが言いました。

「ぼくたちが来た外の世界をそう呼んでいるんだろう。確かに、結界のつなぎ目の向こう側にあるからな」

「だから、おまえは誰なんだよ? 俺たちの敵じゃねえのか?」

 とゼンが不機嫌そうに繰り返しました。フルートはもう武器を手放していますが、ゼンはまだ弓矢を構えたままです。

「敵じゃぁない。だからそれをしまってくれよ」

 と男が毛むくじゃらな手を振ると、いきなりゼンの弓から弦がはじけて外れ、矢も自分から矢筒に飛び込んでしまいました。

「魔法!」

 と一同は驚きました。光る星は飛び散りませんでしたが、まぎれもなく魔法の仕業です。

 緑の毛皮の男は、ふふん、と笑いました。

「魔法が珍しいのか? ますます向こうの人間だな。おまえらを襲ったのは、仮面の一族の連中さ。悪い奴らじゃないんだが、さっきも言ったとおり、頭の中身がちぃとな。決まりが変わったのにまだ覚えられなくて、よそ者を見ると追い出しにかかるんだ。で、俺は緑の五万五千五百五十五。五が並んでるから覚えやすいだろう? 俺は決まりの変更を覚えているから、おまえらの敵じゃないよ」

「五万五千五百五十五?」

 と一同はまた驚きました。五がたくさん並んでいるその数字をどう考えたらいいのかわからなくて、とまどってしまいます。

「え、えぇと……その数字は何かの番号ですか?」

 とフルートが聞き返すと、男はまた、ふふん、と笑いました。

「何を言ってる。もちろん俺が生まれた番号に決まってるだろうが。俺の番号で俺の名前。俺の次の五万五千五百五十六は俺の双子の妹だぞ」

「え、じゃあ、あんたたちは数字でお互いに呼び合ってるのかい!?」

 とメールが聞き返しましたが、男のほうは、それがどうした? という顔をするだけでした。どうやら、この闇大陸では、人が数字を名前にするのが普通のことのようです。

 

 ポチは首をかしげました。

「ワン、生まれた番号っていうけれど、いつから数え始めた番号ですか? あなたたちは五万人以上もいるんですか?」

 大勢の人間が住んでいるにしては、闇大陸は人の気配がしない場所です。湖の底に大昔の集落は沈んでいましたが、これまで通って来た場所に、人の手が加わった痕のようなものはありませんでした。どこにそんなに大勢が住む町があるんだろう、とポチは考えたのです。

 緑の毛皮の男は両手を広げました。

「まさか。緑の一族は俺を含めて八人だけだ。いつから数え始めたかって? そりゃもちろん『昔』からだよ。昔は昔だ。何年前だなんて聞かれたって、なんのことだかわからんよ」

 要領を得ない答えに、フルートたちは顔を見合わせてしまいました。ゼンなどは、わけがわからなくなって頭を抱えています。

 すると、レオンが思いついたように言いました。

「ひょっとすると、この闇大陸が結界の中に封じ込められてから生まれた人間の数ってことなんじゃないのか? どう見ても彼は魔法使いだ。しかも闇大陸で発動する魔法が使えている。二千年前の戦いの後で、この大陸に残った魔法使いの末裔(まつえい)――子孫なんじゃないのか?」

 それを聞いて、フルートたちは改めて緑の男を見つめました。灰色の長い髪に灰色のひげ、瞳の色は薄い青です。彼らより年上なのは確かですが、何歳くらいなのかは、ちょっと見当がつきません。

 すると、男はにやっと笑って、角がついた怪物の頭をすっぽりかぶってしまいました。

「そんなに見るなよ。恥ずかしくなるじゃないか」

 怪物の頭には目玉の穴が開いていて、薄青い目がそこからのぞいていました。目を細めてにやにやしながら一行を眺めています。

 フルートは少しの間考え込み、男から聞いたことを頭の中で整理しました。ひとつ、まだよくわからないことがあったので尋ねます。

「さっき、あなたは決まりの変更を覚えているとか覚えていないとか言っていましたよね? さっきの人たちは決まりの変更を覚えていなかったから、ぼくたちを襲ったんだって――。その決まりってどんなものだったんですか?」

 うん? と男は首をかしげました。なんでそんなつまらないことを聞くんだ、というように両手を広げて答えます。

「もちろん、パルバンに近づく奴は追い返すって決まりさ。俺たちはパルバンの番人だからな」

 これまで必死に目ざしてきた場所をあっさり聞かされて、フルートたちは思わずあっけにとられてしまいました――。

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