山の岩陰から丸い岩が飛んで爆発したので、ポチとルルとビーラーは仰天しました。
山の麓に煙がものすごい勢いで広がっていました。麓に残っていたフルートたちは、煙に呑まれて見えなくなっています。
「レオン!」
「ポポロ!」
ビーラーとルルは岩山を駆け下っていきましたが、ポチは踏みとどまって山の上をにらみました。敵はまだそこに隠れているのです。一匹だけでまた斜面を駆け上がり、岩陰に飛び込んで行きます。
そこにはポポロが言っていたとおり、五人の人間がいました。がっしりとした体つきの男たちで、色鮮やかな模様を描いた仮面を顔につけ、赤い毛皮の服をコートのように着込んでいます。全員が山の麓を見ていたので、小犬が飛び込んできたことには気づいていません。
彼らは手に弓を持ち、腰には矢筒を下げていましたが、ひとりが弓ではなく丸い岩を持っていたので、ポチははっとしました。先ほど爆発した岩と同じものに違いありません。
男がそれをまた麓へ投げようとしたので、ポチは飛びかかりました。不意を突かれた男の腕に思い切りかみつきます。男はぎゃあっと悲鳴を上げました。丸い岩が、ごとりと足元に落ちます。
とたんに五人の男はいっせいに飛び上がりました。わけのわからないことばをてんでにわめきながら、大岩の陰から飛び出していきます。
ポチも素早く岩陰から逃げ出しました。次に何が起こるか予想がついたからです。別の岩陰に飛び込んで身を伏せると、先の大岩の後ろで、どぅん、と地響きと音がしました。山が激しく揺れて煙が吹き出し、岩の破片が飛び散ります。
「ワン、あれは魔法の道具みたいだな。とすると、あの人たちは魔法使いかしら?」
爆発の煙と破片の雨が収まるまで岩陰にじっとしながら、ポチはそんなことを考えました。闇大陸に人間がいたことは驚きでしたが、魔法使いならばそれも可能かもしれません。ただ、自分たちが狙われた理由がわかりませんでした。よそ者が闇大陸を侵略に来たとでも思ったのでしょうか? それとも、もっと別の理由があるのでしょうか……?
すると、まだ破片の雨が続いている中に、フルートの声が聞こえてきました。
「ポチ! ポチ、どこだ――!?」
ひどく心配そうな声です。ポチはびっくりして耳を立てると、あわてて岩陰から頭を出しました。
「ワン、フルート!?」
「ポチ!!」
歓声と共に岩陰にフルートが飛び込んできました。ポチをぎゅっと抱きしめて言います。
「よかった、無事だったね! 爆発に巻き込まれたかと思ったよ……!」
「ワン、フルートこそ。みんなも大丈夫ですか?」
「うん。金の石が守ってくれたからね。ポチは? どこか怪我はしてないかい?」
「ワン、大丈夫ですよ。下で待っててくれて良かったのに」
とポチは言いましたが、フルートが心配してここまで駆けつけてきてくれたのが嬉しくて、フルートの顔を何度もなめました。フルートのほうも、笑ってポチを抱きしめ直します。
その間に爆発は完全に収まり、麓からゼンたちも登ってきました。フルートがポチと一緒に出ていくと、安心したように笑ってから、先の大岩の陰をのぞき込みます。
そこにいた男たちはどこかへ逃げてしまいましたが、爆発でえぐれた山肌に、折れた矢が一本落ちていました。ゼンが手にとって眺めてから言います。
「見たことがねえ金属でできた矢尻だ。矢の出来もいいぞ。飛び方を見てわかってたけどな」
すると、レオンが矢尻に触れてから言いました。
「これは異鉄(いてつ)だ。魔法で鋳造された鉄だよ。水に濡れても錆びないんだ。地上には伝わっていない、天空の国の技術で作る金属なんだけれどな」
「さっきの炸裂岩もそうね。あれも天空の国でしか作られない、魔法の武器だわ」
とポポロも言ったので、フルートは考え込みました。
「この闇大陸には、天空の国の魔法を使う人たちが住んでいるっていうことか……。でも、どうして彼らはぼくたちを襲ったんだろう?」
フルートもポチと同じ疑問に首をかしげています。
そこへ大きく遅れてペルラとシィが到着しました。海の中で暮らして来た彼女やシィには、地上の山を登るのはとても大変なことだったのです。その場にしゃがみ込んで、ぜいぜいと息をしてから、いきなり顔を上げてどなります。
「ちょっと、どういうつもりよ! 危ないじゃない! 爆発が収まらないうちに山に登ったりして――!!」
彼女が叱っている相手はフルートでした。フルートが面食らっていると、顔を真っ赤にして、さらにどなります。
「さっきだってそうよ! あたしをかばって、矢が飛んでくる中に飛び出してきたりして! 当たったらどうするつもりだったのよ!? もっと身の安全を考えなさいよ!」
「でも、ぼくは魔法の鎧を着ているし、金の石だってあるから、あの程度はなんでも――」
とフルートは言いかけましたが、ペルラの金切り声にまたさえぎられてしまいました。
「金の石の勇者だって怪我はするし、死ぬことだってあるんでしょう!? あたしなんかのために死んでどうするのよ! あなたは世界を闇から救う勇者なのよ! よく考えなさいよ!」
ペルラが怒ってわめいているのは、結局のところ、フルートの身を心配していたからでした。
メールは従姉妹の肩をたたいて落ち着かせようとしました。
「大丈夫なんだよ、ペルラ。このくらいはフルートにはいつものことなんだからさ」
「まったくだ。このすっとこどっこいは、いつだって一番危険な場所に自分から飛び込んで行くからな。こんなのは序の口だ」
とゼンも賛同したので、ペルラは拗ねた顔になりました。口を結んでそっぽを向いてしまいます。
すると、フルートがペルラに言いました。
「不安にさせてごめんよ。でも、ありがとう。心配してくれて」
ペルラは驚いてフルートを振り向き、優しい笑顔に出会って、面食らった顔になりました。フルートがうなずくと、あわてたように視線をそらして、そのまま真っ赤になります――。
ところがそのとき、彼らの上のほうで突然声がしました。
「これは珍しい! おまえら、どこから来た!? ここで何をしている!?」
大人の男の声です。
驚いて見上げた一行は、岩の上を見て、もっと驚きました。
そこには、全身緑の毛でおおわれ、頭の横に二本の角を生やした怪物が立っていて、長い槍を片手に彼らを見下ろしていました――。