「やった! やっと地上に出られたぁ!」
緑の草や低木におおわれた山の麓に歓声が響いて、メールが岩の間から飛び出してきました。そこに洞穴の出口があったのです。
メールに続いて出てきたゼンが、あきれたように言いました。
「ったく、出口が見えたとたん突進しやがって。そんなに洞窟が嫌だったのかよ? 地下は平気になったはずじゃなかったのか?」
メールはくるりと振り向いて下唇を突き出しました。
「もう平気さ。でも、この洞窟みたいに外に続いてるのかどうかわかんない狭い場所は、やっぱり苦手なんだよ!」
二人に続いて他の仲間たちも洞穴から出てきました。ペルラ、ポポロ、フルート、レオン、それに四匹の犬たちです。
降り注ぐ日の光をまぶしそうに見上げて、フルートが言いました。
「メールの言うとおりだよ。崖の上に出られて本当によかった。外に通じてるだろうとは思ったけれど、そこがまた絶壁になっていたらどうしようと考えていたんだ」
ほっとしたような声だったので、レオンは意外な顔をしました。
「なんだ、フルートも不安だったのか? 平気そうに進むから、道に自信があるんだとばかり思っていたぞ」
フルートは苦笑しました。
「これでもリーダーだからね。リーダーが心配そうにしていたら、みんな不安になるだろう? 今だから言うけど、途中でまた場所が入れ替わって地上に出られなくなるのも心配だったんだ。洞窟の中に閉じ込められるかもしれなかったからな」
とたんにメールは、ひゃぁ! とゼンに飛びつきました。洞窟の中を歩いているうちに、地面の中に生き埋めになるなんて、彼女には想像するのも恐ろしいことです。
ペルラとシィは洞窟から外に出たとたん、岩や地面に座り込んで動かなくなってしまいました。
その様子を見て、ポポロが言います。
「少し休みましょう、フルート。慣れないところを歩いて、みんな疲れてしまったわ」
「そうだな、ちょっと休憩しよう。ゼン、何か食べるものはあるか?」
「釣った魚は筏がひっくり返ったときに湖に落としちまったが、昨夜のハシバミの実ならまだ荷袋にあるぞ。ロムド城からもらってきた焼き菓子もまだ少し残ってる。水だけはたっぷりあるから、そいつで食事にしようぜ」
どんなときにも食料は食べ尽くさずに残しておく――それがゼンたちドワーフ猟師の決まりでした。水筒も湖で補充してきたのでいっぱいになっています。
全員はごつごつした岩に腰を下ろすと、配られた木の実や菓子を口に運び、水筒の水を飲みました。
「ワン、ウサギかウズラでもいれば捕まえてくるんだけどなぁ」
「どこかにいないかしら?」
とポチとルルが岩山へ目をこらしますが、獲物になりそうな動物の気配はしませんでした。ただ緑の草や木が風にさやさやと揺れているだけです。
すると、ビーラーが思い出したようにレオンを見ました。
「そういえば、レオンはさっき湖が崖に入れ替わるときに、風が来て入れ替わると言ったよな? あれはどういう意味だったんだ? 風なんてこうしてしょっちゅう吹いているのに」
ああ、とレオンは言いました。
「場所が入れ替わるときの予兆がわかったんだよ。特殊な風が吹いてくるんだ。みんなには普通の風のように感じられるかもしれないが、ぼくには風の色が違うのがはっきりわかる。ポポロにもわかるんじゃないのか?」
急に名指しされて、ポポロは目を丸くしました。
「ううん、あたしには色とは感じられないわ。ただ、それまでより涼しい風が吹いたときに入れ替わるみたいだとは思ってたけど……」
「そうだったっけ? あたいは気がつかなかったなぁ」
とメールは驚いています。
フルートは眉をひそめました。
「その風は同じ方角から吹いてくるかい? ひょっとしたらパルバンから吹く風なんじゃないかな?」
「いや、違うだろう。ぼくたちはパルバンに向かって進んでいるんだから、パルバンからの風ならいつも正面から吹いてくるはずだ。でも、場所が入れ替わるときの風は、方向がてんでばらばらなんだ」
とレオンが答えると、ポチも言いました。
「ワン、パルバンからの風は乾いてます。確かに涼しい風は何度か吹いてきたけど、乾燥した風じゃなかったですよ」
ふぅむ、と一同は考え込みました。
そこへまた風が吹いてきたので、仲間たちは思わず飛び上がりましたが、レオンは落ち着き払って言いました。
「違う。これは普通の風だよ」
それを聞いて、仲間たちは、ほっとまた座り直します。
ゼンがフルートに言いました。
「よう、この先どうやって進む? 俺たちはこうして崖の上に出たけどよ、前進すればやっぱりさっきの崖に出くわすぞ。さっきから眺めていたんだが、崖はずっと続いてる。どこまで行けば崖が終わるのか、見当がつかねえぞ」
ゼンが言うとおり、彼らがいる岩山の麓はなだらかな斜面になっていて、二百メートルほど先で急に地面がなくなっていました。その先が崖なのです。崖の向こうは大きな谷になっていました。向こう岸も見えてはいますが、非常に遠くて、霧にぼんやりかすんでいます。
「花鳥で越えるには花が足りないなぁ。花を探さないと」
とメールが周囲を見回しました。草や木は風に揺れていますが、花はほとんど咲いていなかったのです。
「そうだな」
とフルートは言って、崖ではなく頭上を眺めました。太陽が輝いているように見えますが、それは空間のつなぎ目から洩れてくる外の光です。目を細めながら光の色を確かめます。
「まだ夕方には間があるみたいだ。できればもっと先に進みたいけれど……」
崖から対岸までは距離がありすぎるので、蔓草や木で橋をかけるのは不可能でした。ポチたちも風の犬に変身することができません。この際少し後戻りをしてでも花を探して、メールの花鳥に全員を乗せてもらうしかないだろうか、とフルートは考え続けます。
そのとき、ゼンが、はっと空を見上げました。
「危ねえ、よけろ!」
と跳ね起きます。
空には白い雲を背景に小さな黒い点がいくつも見えていました。とっさに魔法使いの目を使ったレオンとポポロも顔色を変えます。
「矢だ!」
「こっちに来るわ!」
「山の上から撃ち出してきやがった! 敵は上にいるぞ!」
とゼンはまたどなって、メールをぐいと引き寄せました。青い胸当てをつけた体でかばいます。
「ルル、ポチ!」
「ビーラー!」
ポポロとレオンは犬たちと駆け出しました。彼らには矢の軌道もはっきり見えたので、矢が落ちてこない場所へ逃げたのです。
ペルラも急いでシィを抱き上げましたが、それ以上どうすればいいのかわかりませんでした。彼女たちは歩き疲れて、食事をしながらうとうとしていたのです。「よけろ!」というゼンの声に目は覚めたのですが、何がどうなっているのかわからなくて、立ちつくしてしまいます。
すると、フルートが飛び出してきました。背後にペルラたちをかばって炎の剣を抜きます。
そのときにはもうフルートにも迫ってくる矢が見えていました。フルートは剣を斜め下に構えると、矢を見据えて思いきり切り上げました。とたんに、ぼっと音がして、剣先から大きな炎が生まれます。
炎は空を飛んで矢に命中しました。矢を焼き尽くして消えていきます。
ところが、安堵する間もなく、また山の上のほうから矢が飛んできました。先ほどよりたくさんの矢が、一行めがけて降ってきます。
「せぃっ!」
フルートは幾度も剣を振りました。炎の塊が続けざまに飛び出し、また矢を呑み込んで焼き尽くします。
フルートは息を切らしながら言いました。
「上にいるのは――何者なんだ!? どうして、ぼくたちを狙ってる――!?」
「上にいるのは人間だ!」
「五人いるわよ! みんな仮面をつけてる!」
とレオンとポポロが隠れていた敵を見つけました。山の中腹の大岩を指さします。
「ワン、ぼくが行きます!」
とポチが飛び出しました。敵が隠れる大岩目ざして斜面を駆け上がり始めます。そこにルルとビーラーも追いついてきて、三匹で岩山を登っていきます。
無理をするな! とフルートが言おうとしたとき、岩陰からまた何かが飛び出してきました。先ほどの矢よりも大きな丸い塊が、フルートたちに向かって落ちてきます。
「岩か?」
とゼンが目をこらしていると、レオンが叫びました。
「伏せろ、あれは炸裂岩だ──!」
その声が終わらないうちに、空中で本当に岩が炸裂しました。どぅっと激しい音を立てて、岩と煙が四方八方に広がります。
地上にいたフルートたちは、突然の爆発に呑み込まれてしまいました――。