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第24巻「パルバンの戦い」

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26.胸騒ぎ

 ロムド城でユギルが過労で倒れてから一週間後、ロムド国からの援軍を率いたオリバンとセシルは、テト国の王都マヴィカレに到着しました。ロムド城を出発してからは三週間が過ぎています。

 オリバンはロムド国内だけでなく、通過してきたエスタ国でも味方を増やしてきたので、援軍は一万五千を越す大軍勢にふくれあがっていました。さすがにそんな大人数が都に入れなかったので、兵たちはマヴィカレの南を流れるテト川の岸辺に駐屯し、オリバンとセシルだけが魔法使いたちを連れてテト城を訪問しました。

 

 テト川の中州にある城に入ると、オリバンたちはすぐに大広間に案内されました。ふくよかなアキリー女王が玉座から歓迎のことばを述べます。

「よう来てくれた、オリバン、セシル。六王会議以来だから、四ヶ月ぶりじゃな。元気そうで何よりじゃ」

「アキリー女王こそ、お元気そうでなによりだ」

 とオリバンは応えましたが、それだけで挨拶を終わろうとしたので、セシルがあわてて続けました。

「このたびは陛下より我々の軍へ多大な歓迎とご支援をいただき、心から感謝しております。ここまでの道のりを急いで越えてきたために、兵たちも幾分疲れておりましたが、陛下がさっそく食料や酒を差し入れてくださったので、兵たちは気力体力ともに回復しつつあります。戦闘には万全の状態で臨むことができるでしょう」

「あなたたちは我がテト国を守るためにはるばる駆けつけてくれた友軍じゃ。このくらいのことは感謝の印として当然であろう。とはいえ、オリバンとセシルは相変わらず仲むつまじい。息が合っていて、実に良いコンビじゃな」

 とアキリー女王は言って笑いました。悠然と構えていた女王が、笑ったとたん、ぐっと砕けた親しい雰囲気に変わります。アキリー女王とオリバンたちは賢者たちの戦い以来の友人なのです。

 オリバンやセシルも笑顔になりました。

「我々が到着する前にサータマンが侵攻することが気がかりだったのだ。間に合って本当に良かった」

 とオリバンは言いました。飾ることがない、ぶっきらぼうな言い方ですが、それだけに本心からそう思っていることが伝わります。

 女王はまたほほえみました。

「まことに感謝する。サータマンとの国境には見張りを大勢立てているが、今のところ敵に大きな動きはないようじゃ」

 それを聞いて、後ろに控えていた魔法使いたちも安堵したようにうなずき合いました。黒い肌に猫の瞳の赤の魔法使い、グル教の信者である銀鼠・灰鼠の姉弟、青緑の長衣を着た河童という顔ぶれです。

 

 すると、アキリー女王は改めて一同を眺めて言いました。

「やはりフルートたちは一緒ではないのじゃな。ロムド国からオリバンとセシルが兵と共に来ると聞かされてはおったが、勇者の一行も同行しているのではないかと考えておったのじゃ。フルートたちはどうしたのじゃ? どこかで作戦を実行中なのか?」

 オリバンたちはとっさに返事ができませんでした。大広間にはテト国の家臣たちが大勢控えていたからです。それは……とことばを濁していると、女王のほうでも察して家臣たちに言いました。

「わらわとオリバンたちだけで話がある。そなたたちは下がれ」

「陛下お一人では不用心でございます」

 と大臣のモッラが心配しましたが、女王は笑い飛ばしました。

「オリバンとセシルに、ロムド城の魔法使いまでが揃っているのだぞ。これでどんな危険が起きると言うのじゃ。早う下がって、歓迎の宴の準備にかかれ」

 そう命じて、全員を退席させてしまいます。相手に有無を言わせず従わせるあたりは、さすがに女王です。

 広間に女王とオリバンたちだけが残り、入り口の扉も閉められると、女王は玉座からぐっと身を乗り出しました。

「それで? フルートたちは今どこにいるのじゃ? あなたたちと別行動を取って、どのような作戦でセイロスを迎撃するつもりじゃ?」

 そんなふうに尋ねられて、ロムドからの一行は弱ってしまいました。

 オリバンが渋い顔で言います。

「彼らが今どこにいるのかは、我々にもわからんのだ。一月前にミコン山脈でサータマン軍を撃退して、ロムド城に戻ってきたのだが、誰も気づかないうちにまた出発して、今も戻ってきていないのだ」

「誰にも告げずに城を出た? セイロスの動きを察して、阻止するためにいち早く動き出したということか?」

「それもわからない。我々はユギルが東から敵が来ると占ったので、それを元に敵の進路を読んで、ここに駆けつけてきたのだ。フルートたちが同じ判断をしたのかどうかはわからん」

 ふむ、と女王は玉座の肘掛けに寄りかかりました。考えながら言います。

「金の石の勇者の一行を、我々常人の基準で考えるわけにはいかぬ。彼らは世界全てを闇から守る、特別な存在であるのだから――。とはいえ、フルートたちがどこで何をしているかは、やはり気になるところじゃ。ロムド城の一番占者にも彼らの行き先はわからぬのか?」

 女王から突っ込まれて、ロムドからの一行はますます困惑しました。

 オリバンが苦虫をかみつぶしたような顔で答えます。

「ユギルは無理がたたって伏せっている。回復に向かってはいるが、占いはもうしばらくできそうにない、と城から連絡があった」

 アキリー女王は目を見張りました。

「ユギル殿が占えなくなっているじゃと? それは……」

 と言うと、肘置きに寄りかかったまま、虚空を見据えてじっと考え込んでしまいます。

 銀鼠の魔法使いが溜息まじりにつぶやきました。

「ああ、ユギル様。あたしが城にいたら、毎日回復の呪文を唱えてさし上げるのに」

「やめといたほうがいいって。姉さんの回復呪文じゃ治療の邪魔になるよ」

 と灰鼠が言って、銀鼠に思いきりにらまれます――。

 

 やがてアキリー女王はまた口を開きました。

「オリバン、セシル、わらわはどうも胸騒ぎがしてならぬ。サータマン国内には、我が国から幾人も間者を送り込んであるが、侵攻を企んでいるにしては、まだそれらしい動きが見られぬのだ。逆に、こちらの動きもかなりの部分がサータマンに洩れていて、あなたたちが援軍を率いて駆けつけたことも、すでにサータマン王には伝わっているはずなのじゃが、それに対する反応もない。無論、油断させておいて一気に攻め込むという可能性もあるのだが、それにしてはフルートたちが姿を見せないのが解せぬ。彼らはいつも戦いの中心にいるはずなのに――。今回のこの戦い、ひょっとすると、戦場はこのテトではないかもしれぬぞ。サータマン軍がテトへ攻めてくると言ったのは、ユギル殿なのか?」

 女王から確認されて、ロムドからの一行は顔を見合わせてしまいました。

 セシルが答えます。

「ユギル殿は、東で大きな戦闘が起きる、と占っていました。サータマン軍がテト国を通過して、エスタの東の国々へ進軍すると予想したのは私です。他の進軍ルートがすべて防がれたり失敗したりしている以上、このルートしか考えられません」

 すると、女王はじっとセシルを見つめました。

「我々は人間であるから、あなたも人間の敵とは幾度となく戦ったのであろう。だが、セイロスは人間ではない。人間の基準は当てはまらぬのかもしれんぞ」

「それはどういう意味だ、女王?」

 とオリバンが聞き返しました。ただごとでないものを感じ取って、険しい顔つきになってきます。

「敵がテトに現れるとは限らない、という意味じゃ。そうなると、マヴィカレまで来たそなたたちは、敵に大きく先を越されることになる。今すぐエスタ国との国境まで戻るべきじゃ。その場所からならば、東での戦闘にも間に合うであろう」

 とアキリー女王は言いました。オリバンに負けないほど厳しい顔つきになっています。

「で、でもよ、万が一、本当に敵がテトに攻めてきたらどうするだ? おらたちがエスタとの国境まで戻っちまったら、テトを助けに来るのが遅れるだよ?」

 と河童が聞き返しました。そこまで黙ってやりとりを聞いていたのですが、口をはさまずにはいられなくなったのです。

「ダ。ワ、ベナイ。ケニ、ムーダ、ル」

 と赤の魔法使いも言い、銀鼠が通訳しました。

「私たちは他の魔法軍団の兵のように、瞬間的に飛ぶことができません。赤様は別ですが――。テトが襲撃されても、駆けつけるまでに時間がかかります」

 女王はきっぱりと首を振りました。

「それでもじゃ。ユギル殿にはとてもかなわぬが、わらわにも少しだけ先読みの力が備わっておる。先ほどからずっと胸騒ぎがしてやまぬのじゃ。東へ戻られよ。それでテトが敵に総攻撃されたとしたら、それはテトの運命。あなたたちが気に病むことではない」

 女王の考えが固いことを見取って、オリバンはうなずきました。セシルや魔法使いたちに言います。

「行くぞ。今夜のうちに出発してエスタ国との国境まで引き返す」

「今夜のうちに!?」

 とセシルは驚きましたが、オリバンは決心を変えませんでした。

「では失礼する、アキリー女王」

 と一礼すると、もう出口へ歩き出します。

「武運を祈るぞ」

 と女王は言って、広間から出て行く一行を見送りました。

 

 やがて大臣のモッラが大広間に戻ってきて、あたりをきょろきょろと見回しました。

「ロムド皇太子のご一行はどちらにいらっしゃるのでしょうか? 歓迎の宴の準備が整ったのですが」

「彼らはもう出発した」

 と女王は答え、驚いて面食らう大臣を放っておいて、ひとり言を言い続けました。

「フルート、そなたたちは今どこにいるのじゃ? セイロスの作戦を阻止しようとしているのか? それとも……」

 戦いの気配が濃くなりつつある外の世界と、フルートたちがいる闇大陸。二つの世界の間には、気の遠くなるような距離が横たわっているのでした。

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